この季節、エアコンは神!の第五話:魔王様、配下のセンスに凍てつく!
魔王城がある魔族の世界も梅雨の季節がやって来た。
「蒸し暑いぞ、ベルフェゴール! 何とかせよ!」
胸に「りーしぇ」と書かれた名札布が縫い付けられたスクール水着を着て、額に冷えピタを貼ったリーシェが玉座で団扇を扇ぎながら嘆いた。
「暑いのは拙者も同じでございます」
「そんな鎧を着ておるからじゃ。脱げば良いではないか?」
「この鎧は十二魔将筆頭の証! 脱ぐ訳にまいりません!」
「何じゃ? 脱ぐとすごいのか? お腹がボヨンと出てるとか?」
「そ、そんなことはございません! 筋骨隆々のY字体型でございますよ」
「この前、腹が苦しいと言っておったではないか」
「あ、あの時は、ちょっと食べ過ぎたものですから……。それはそうと、魔王様のその格好は何なんですか?」
「このスク水か? 読者へのサービスシーンに決まっておろう」
「マニアックすぎますぞ! 幼女のスク水姿で喜ぶような読者など……、それなりに、いそうですな」
「そうであろう? こういうところで読者に媚びを売って、アクセス数を増やそうという作者の見え透いた戦略のようじゃ」
「なるほど」
「しかし、そんなことはどうでも良いのじゃ。ベルフェゴール! この暑さ、何とかせよ!」
「何とかせよと言われましても」
「冷房じゃ! エアコンを買ってくるのじゃ!」
「そんなお金があるわけございません」
「備蓄があると言っておったではないか?」
「備蓄金は、将来の我らの生活の糧とすべきもの。いっときの快楽のために使うものではございません」
「快楽などではないわ! 命の危険が掛かっておるわい!」
「不死身の魔王様が言われても説得力がございません」
「……そうじゃ! そなたらの傘貼りの賃金は入って来ぬのか?」
「来週にならないと入りませんし、入ったとしてもエアコンを買えるような金額ではございませんよ」
「も~う! わらわは魔王じゃぞ! どこの世界に、汗をかきかき仕事をしている魔王がおるのじゃ? おかしいであろう?」
「魔王様がスク水を着ている時点でおかしいですが……。そうでございます!」
「何じゃ?」
「暑い日を乗り切るには、ホラー映画など見て、涼しくしましょうぞ」
「魔族がホラー映画を見るのか? そもそも、そなたらの顔を毎日見ていると、ホラー映画どころではないわ! しかし、効果はないし」
「……こうなれば仕方ありませぬ! 人族の世界で涼しい所を見つけ、そこを占拠しましょうぞ!」
「おお! ついに戦か?」
「いえ、ここは平和的に占拠いたします」
「ベルフェゴールよ」
「ははあ!」
「わらわと十二魔将全員の十三人で、フライドポテトを一つだけ頼んで、もう、かれこれ六時間になるが……」
「涼しいですなあ。それに、マックロナルドでは、水は只ですからなあ。魔王様! 冷たいお水のお代わりを入れてまいりましょうか?」
「い、いや、かまわぬ。店員たちの視線の方が水よりも冷たく感じるのじゃが?」
「それはようございました! さらに涼しさを感じられるなど」
「い、いや、涼しさを通り越して、痛く感じるのじゃが?」
「魔王様が人族の視線など気になさることなどございませんよ! その気になれば、こんな店の一つや二つ、魔王様の指先だけで消し去ることさえできるのですぞ」
「ま、まあ、それはそうじゃが、すこぶる居心地が悪いぞ」
「そうでございますか? では、残念ですが、そろそろ出ますか?」
「そうしようぞ」
マックロナルドから出ると、目の前にリサイクルショップが見えた。
「ベルフェゴールよ! あそこなら、格安のエアコンがあるかもしれぬぞ」
「確かめてみましょう。皆の者が一緒だと暑苦しいので、拙者と魔王様だけで入るゆえ、そなたらは先に魔王城に帰っておれ」
他の魔将どもを先に魔王城に帰らせて、リーシェとベルフェゴールがリサイクルショップに入ると、そこも冷房が効いていた。
「うむうむ。ここも涼しいの。ゆっくりと品定めができるというものじゃ」
店内に入ると、すぐにベルフェゴールの足が止まった。
「おお! これは『ガールフレンド(熟女)』の登場人物『くおえうえーーーーるえうおおおおお』の等身大フィギアではございませんか!」
「何じゃ? ベルフェゴールは、本当に、こういう熟女が好きなんじゃな?」
「この適度な皺! 適度な肌のたるみ! 適度な腹の出具合! どれをとっても最高でございますなあ」
「わらわは、そなたの趣味がよく分からぬわ」
「十万円か……」
「ベルフェゴール。もしや、備蓄に手を出そうと考えておるのではないだろうの?」
「け、けっして、そのようなことは!」
「手を出しても良いぞ。わらわは見なかったことにしてやろう」
「ま、魔王様……」
「その代わり、エアコンの購入とオージーコーナーのケーキを今後一年間食べ放題ということで手を打ってやろう! どうじゃ?」
「ぐおおおおおお!」
等身大フィギアを前に、リーシェの悪魔の囁きにもだえるベルフェゴールだったが、「ちょっと、すみません」と言って店員がやってくると、等身大フィギアの顔に「売約済み」の赤い札を貼り、去って行った。
「ベルフェゴール以外にも買う奴がいたとは……」
「ざ、残念でございます。というか、危ない危ない! 魔王様の悪魔の囁きに負けるところでしたぞ!」
「わらわは悪魔じゃから、悪魔の囁きには違いないがの」
「そこまでツッコミの材料を用意しなくても……、とりあえず、エアコンを見てみましょうぞ」
「そうじゃの。それで、ベルフェゴールよ。予算的に幾らぐらいなら買えそうなのじゃ?」
「そうでございますね。五千円までなら何とか」
「……そんなエアコンがあるのか?」
「おお! 魔王様! こちらをご覧くださいませ!」
「な、なんと!」
ベルフェゴールが指差す先には、「大特価! 心まで冷やします! 冷房用DVD!」とポップが書かれたDVDケースがあった。
「う~む、何となく中身は想像できるが、念のため、確認してみるか?」
「ははあ! あいや待たれよ!」
ベルフェゴールが、ちょうど通り掛かった店員を呼び止めた。
「この商品を、ちょっとだけ見せてくれ」
「み、見るんですか?」
「視聴してみなければ分からぬではないか」
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけですよ」
店員がDVDケースからDVDを取り出して、再生用プレイヤーに入れた。
「後悔しないでくださいよ」
再生ボタンに手を掛けた店員が念を押した。
「既にしかかっておるが、かまわぬ。再生してみよ」
店員が再生ボタンを押した。
座布団に座った噺家らしき男性が映し出されると、無表情で語り始めた。
「隣の家に囲いができたんだってね。へ~」
「……」
「ふとんがふっとんだ~」
「……」
「ガチョウが驚いた! がちょ~ん」
「……」
「この梅、うめえ~」
「……もう良い。これ以上、聞いていると、むしろ、熱くなってきそうじゃわい。のう、ベルフェゴール?」
リーシェがベルフェゴールを見ると、体を震わせながら、笑いを我慢しているようであったが、ついに我慢できずに大笑いし始めた。
「わはははは! これは傑作だ! 面白すぎるぞ! よく、こんなのを考えつきますなあ! 腹が痛いですぞ」
「……」
「魔王様! これで二千五百円とはお買い得でございますなあ! 一つ購入いたしましょうぞ」
「……わらわはそなたのセンスに寒くなったわ」