第二刀
鬼式って名前が明らかに適当だろとか有り得ないとか思われる方が居るかと思いますが、この名前になったのには理由があります
目が覚めると、そこは森だった。なんの冗談でもなく、森だった。寝転がってるのか、目の前には青々とした木々の葉が太陽の光を遮り、その隙間からは太陽の光が射し込む。目を開けた直後に太陽の光を見てしまったため、反射的に目を閉じ、上半身だけを起こす。
さて、どういう事だ。混乱する思考を一旦全てストップし、頭を抱える。起きる前の最後の記憶は、何やらよく分からない、ただとんでもない事だと分かることに巻き込まれ、意識を手放してしまった事だ。全く持って訳が分からない。
だが、日本にも昔から神隠し等の摩訶不思議な人を攫う怪異は存在した。今こそ神秘は薄れ、神隠しの比率は下がったが、それでもごく稀に神隠しは起こり、毎回その原因を消してきたのも彼だ。しかし、巻き込まれたとなれば話は別だ。神隠しは亜空間や異世界へと人間を飛ばしてしまう、怪異からしたらイタズラ程度の物だが、人間に取っては助けてもらう以外どうすることも出来ない。
虚空の屋敷の蔵にあった剣の中に世界を切り裂くような物があった為、神隠しが発生した場合はそれを使っていたが、今、手元には何も無い。つまり、どうしようもできない。これが神隠しで無かったとしても、その怪異などに対するメタ装備が無ければ人間にはどうしようもない。
「……まぁ、巻き込まれたのならしゃーない。考えてもしゃーない。深く考えてもしゃーない。なら歩くか」
立ち上がり、着ている服が意識を失う前の物と同じ物だと把握してからポケットに手を突っ込み、周りを確認した。すると、少し離れた場所に三鈷剣と蜻蛉切が落ちているのが見えた。
「何だ、お前らも連れてこられたのか」
落ちていた愛刀達に声をかけてからを拾い上げ、土を払って両方とも紐で背中に背負う。本来のフル装備ならこれにさらに両腰に二本の刀を帯刀するのだが、今はこれでやるしかない。
その内、屋敷の蔵にあった刀達も見つかるかもしれないと淡い希望を持ち、適当な棒を手に持って地面に立てる。
「神様仏様お天道様、どうか私めに行くべき道を示して下され……っと」
それから手を離すと、パタンと棒は目の前に向かって倒れる。どうやら、前へ進めというお導きらしい。
棒を拾ってから棒が指した方へと歩いていく。どうやら、人は少ししか来ない道らしく、誰かの歩いた跡のような物は存在するが、あんまり多く歩かれた痕跡はどこにもなく、獣道よりも酷いレベルだった。が、それなりに鍛えてる彼には関係なく、岩が転がる草道をヒョイヒョイ進んでいく。
口笛吹いて鼻歌を歌い草笛を鳴らし、近付いてきた鳥を肩に乗せて口笛と鳴き声で演奏し。暇があるのなら今出来ることで潰し続け、歩き始めて数時間が経った。大体太陽の動き方から方位は割り出しているので、今が昼過ぎだというのが簡単に理解出来た。
流石に腹が減ってきたが、食えるものが何も無いどころか、火種すらない。最悪、棒と板で火を起こすしかないが、まぁ何度もやったことなのですぐに出来る。そんな感じでもしも誰とも会わなかったら、という状況下を想定しつつ、時々棒を倒しながら進んでいくと、草木が開け、人の手で整備された道が出てきた。
「……まぁ、アスファルトでもコンクリでも無いのは予測してたけどよ……ついでにこんな展開も」
その道は近代の力で整備された道ではなく、馬などが踏み慣らしたような道だった。そして、その道の上で尻餅ついている少女と薄汚い剣を持ったおっさん共。いや、汚っさん共。
昔出来た悪友が持っていた本や勧めてきた小説は大体こんな展開が最初に待ってた気がする。テンプルやらテンプラやらそんな感じだった気がするが、そんなのは関係ない。ただ、今はこの光景をどうするかが考え物だった。
このまま静観してれば確実にエロ漫画みたいな展開が待っているだろうし、助けに行けば血の海だ。鬼式的には後者が望ましい。いいのだが、女の方が若干問題ありだ。
「何で薬キメた時みたいに目が半分ラリってんだよ……」
そう、目がラリっていた。顔立ちはいい。スタイルもいい。身長もそれなりだ。なのにラリってる目ですべて台無しだ。何か薬でもキメてるのかと本当に思ってしまうが、まぁ、その時はその時だ。草むらから飛び出して……ではなく歩き出て女と汚っさんの間に出る。
「何だテメェは」
「誰でもいいだろ。で、この状況どうなってんの?」
場合によっては女を斬るし、汚っさんを斬るし、両方斬る。とりあえず、話し合いなんてしてやらない。斬るったら斬る。
「そこの女が俺達盗賊団のアジトに爆弾投げ込んで団員の過半数を殺したからこうしてぶっ殺してやろうと追いかけて来たんだよ!!」
「…………あったまいてぇ」
あの汚っさんの言うことが本当なら、汚っさんは盗賊団、まぁ犯罪集団の一員で女はその基地に爆薬投げ込んだテロリストだ。
チラッと女を見ると、顔を逸らした。確信した、この女、薬キメてやがると。
「はぁ……まぁ、つまりだ。お前ら全員被害者って事でいいのか?」
「その通りだ!……そうだ、おいお前。そこの女を引き渡したらほんの少しなら分前を……」
「盗賊って時点でギルティだがな」
そして、鬼式は背中の刀を慣れた手つきで抜刀する。下緒を下へ下げ、せり出した柄を掴み、今度は下緒を上げて刀の反りを利用して円を描くようにそのまま刀を抜き取り、構えた。三鈷剣が日の下へとその身を晒し、銀色に煌めく。まるで、血が吸いたいと言っているようだ。
「お前、その女の味方をするのか!?」
「いや、後で事情を聞いてから決めるさ。ただ、お前らは生かしておいて得は無さそうなんで殺すだけだ」
両手で構える。その目は既に、戦士の目と変わっている。
殺し方は既に何通りも頭の中に思い浮かんでいる。相手の技量など、構え方や体つき、目、気配から既に自分より下だと察している。なら、負けはない。
「野郎……ええい、ぶっ殺してその剣と槍を奪ってやる!!」
ここで鬼式はニヤリと笑う。ここが日本なら、ぶっ殺してやると言いながら刃の付いた剣は構えない。だが、それをするという事は、ここは日本ではない何処か、人殺しがこの程度で容認される場所なのだと理解する。
なら、話は早い。一人の戦士として、この目の前の男三人を殺す。
馬鹿みたいに突っ込んでくる男三人の内、右側をターゲットに捉え、地を踏む。トン、と有り得ないほど軽い音が響き渡る。
その瞬間、鬼式は男のすぐ横にいた。
「二段突き」
わざわざ声を出し、ナメて二段突きを男へ向けてぶちかます。流石にこの程度では死なないだろうと思っていたが、二段突きは簡単に男の頭に二回突き刺さり、絶命させた。それと同時に、溜息を吐く。そして、喜びを得る。
こんな物か。そう落胆とするのと同時に、人を初めて斬ったという実感が喜びへと変わる。ああ、この時を何年も待ち続けた。自らの手で人間を物言わぬ骸にするこの瞬間を。
「なっ……!?いつの間に……」
「今の間にだ」
さらなる縮地。トン、と再び軽い足音がなると同時に鬼式は真ん中の男の真後ろへ。
「後ろだ」
「くそっ、意味わかんねぇ技を……」
―――奥義、八艘飛び―――
男が振り返った瞬間、彼は跳んだ。音も無く、跳んだ。
音も何もなく消え去った鬼式を男は追うが、それは予想外の形で果たされた。
「ぎゃっ!!?」
「な、なんだ!?」
いきなり、隣の男が悲鳴を上げた。その悲鳴に反応し、横を見れば、鬼式が男の胸に刀を突き刺していた。
「八艘飛びってのは、ただ船を八つ飛び、相手の懐に飛び込んだってだけの逸話だ。だが、船から船を八つ連続で飛び越えていくのは尋常じゃない。人より何倍のバランス感覚と身体能力が要求される……それを逸話の中の伝説から奥義として昇華させたのが俺の八艘飛びだ……これだけ説明したらお前でも分かるか?」
刀を、男を蹴りながら引き抜き、血を払う。鬼式は一度音も無く地を蹴り跳び、木から木へ、音を立てずに跳躍だけで登り、枝を足場にし、一気に跳躍し左側の男を串刺しにした。ただ、それだけの事だ。だが、それだけの事は並大抵の鍛え方、練習法、身体能力では取得する事は出来ない。さらには枝に乗り、音も立てずに跳ぶというのも最早人間業ではない。
鬼だ。人殺しのために技を磨き続けた鬼だ。男は直感する。この鬼とは戦ってはいけないと。故に、背中を見せる。見せてしまう。
「敵前逃亡は許さんさ」
トスッ、とヤケに軽い音が自分の体から響いた。そして、体が動かなくなる。何が起こった?そう思い、下を見れば赤と銀の刀身がその姿を体の中から覗かせていた。
「人殺しって初めてなモンでよ。痛くない殺し方とか知らねぇから即死させてやるよ」
そして、刀が体から引き抜かれた瞬間、男の視界が宙に舞い、地面へと落ちた。その視界が最後に捉えたのは、血を噴水のように噴き出しながら倒れる己の体と、快楽に溺れた目をしている鬼式だった。
「くくく……楽しいなぁ、人殺し」
斬首死体二つ、串刺し死体一つ。たった一分も経たない間に鬼式の作り出した死体は、初めての殺人を行う者としては考えられないほど残酷な物だった。
だが、その斬首を、串刺しを、彼は楽しんだ。何年も溜めに溜め、吐き出した欲求はそれはもう気持ち良かった。それこそ、三人じゃ足りないと思う程に。
「……おい、女」
「キヒッ!?」
そんな鬼の化身のような鬼式を見て恐れを成した女はこっそり逃げようとしていたが、それに気付かない鬼式ではない。振り返り、歩いていき血塗れの体で女の前に立ち、首に刀を突きつける。
「俺の質問に答えろ。答えなかったら命はないと思えよ」
「わ、わかっ、た……キヒッ……」
どうにも喋り方も可笑しい。これは確実にナニかキメてるという確信が完全な物に変わる。
「まず一つ。ここは日本の何処だ?」
「に、ニ、ホン?知ら、ない……」
なるほど、やはり日本じゃ無かったかと自分の、少しだけ怪しかった考察を完全なものに変える。
ここは異世界、と呼ぶべき場所なのだろう。服装等を見れば、大体中世辺りの文明力の世界だと分かる。
「次だ。俺が今話しているのは何語だ?」
「きょ……共有、語……おに、いさん……頭おか、し、いの?キヒヒッ」
「薬キメてる女に言われたかねぇんだよ」
どうにも女の言葉は途切れ途切れで聞き取りにくい。だが、今話しているのは歴とした日本語だ。共用語ではない。そこが、この世界の日本語は共有語という名前なのかそれとも鬼式が無意識に謎の言語を喋っているのかは謎だが、まぁ言葉が通じるのならそれに越したことはない。
「次だ。この近くに街はあるか?」
「あっ、ちの方……大き、な、街、がある……」
女が指をさす。見えないが、ここで嘘をついたら確実に後で復讐を貰うのは目に見えているので、嘘をつく必要は無いだろう。故に、本当だと無理矢理納得する。
「……ふむ。で、最後の質問だ。お前は……悪人か?」
さらに刀を少しだけ動かし、目を見て告げる。薬をキメてる時点で悪人かどうかなど、目に見えているのだが、その薬がタバコのように一般的なら、鬼式はトンでもない勘違いをしている事になる。それに、盗賊団の洞窟を爆破したのもこの先の事を考えての事かもしれない。
「わ、たしは、どっちで、もない。爆だ……んが好、きなだけ。きょ、今日の、爆破もじっ、けんの、ため……凄い、気持ち良、かった……キヒヒヒッ!」
どうやら、ただのテロリストにしてマッドらしい。だが、実験場を悪人の巣窟にして、こうも清々しく自白する当たりは好感が持てる。
どうも、根っからの悪人ではないようだ。職業柄、悪人は即斬殺のスタイルを貫くつもりだが、悪人でないのなら斬り殺しはしない。理性のある人斬りとしてやっていくつもりなのだから。
「……分かった。なら、殺すのは勘弁してやる」
「分かっ、たなら……いい。キヒヒッ」
刀を納刀し、いきなり刀を向けて済まなかったと素直に謝る。疑って刀を向けたのは全体的に鬼式が悪いから、謝るのは人として当然の事だ。
「で、だ。早速だがこの先にある街とやらに案内して欲しい。俺は色々あってここの常識やら地理やら何もかもが抜け落ちてるんでな」
「痴、呆?」
「阿呆か。この歳で痴呆じゃない」
何となく刀を抜いて斬りたくなったが、我慢する。この程度で抜いては『虚空』失格だ。
「痴呆ではないが、記憶障害みたいな物だと思ってくれ。永遠に昔の記憶を思い出す事は無いけどな」
あるのは日本で過ごしてきた記憶だけだから。この世界で過ごした、という記憶はどうやって頭を打とうが思い出す事は無い。記憶は頭の中で生えてこないのだから。
「……わ、かった。じゃ、あ、案内する……ね」
「そうか。助かる。あ、俺の名前は虚空鬼式だ。虚空が名字で鬼式が名前だ」
名前を教えないと今後、会話が難しくなる。ちなみに、鬼式という名にはシッカリとした理由があるのだが、本人以外にはどうでもいい事だ。
「変わっ、た名、前。わた、しは……ロレッ、タ……ナー、デ」
「えっと……ロレッタ・ナーデか?ロレッタが名前、ナーデが名字でいいな?」
「う、ん。ローリーって、呼んでもい、い」
「じゃあ、俺も鬼式でいい」
「うん……キ、シキ」
そして、人斬りとテロリストはどちらからともなく歩き出した。
薬をキメてる危ない女、ロレッタ・ナーデことローリー(18)は本作のヒロインの一人です。容姿はいいけど目がラリってる上にどもりとは違う、聞き取りづらく読みづらい喋り方をするヒャッハー系テロリストのマジキチです。マジキチです。ちなみに、鬼式も充分マジキチです
奥義、八艘飛び
源義経が行った船を八隻連続で飛び移ったという逸話を奥義として昇華した技。縮地よりは遅いが、連続で音を立てずにどんな場所へも移動し、どんな場所でも飛ぶ事が出来る技です。これ一つで無双できるレベルでチート臭いです