第一刀
息抜きで書いたので殆ど見切り発車です
嗚呼、何時からだっただろうか。人を斬りたいと思ったのは。何時からだっただろうか。剣を握り、ひたすらに先祖達の技を磨き、会得し、自分の物としてきたのは。何時からだっただろうか。自分が、生まれてきた時代を間違ったのだと納得してしまったのたのは。
日本のとある街の屋敷。一般家庭よりも遥かに大きく、広大な土地に百年以上前に建てられた和風の屋敷で、一人の男が全身に玉のような汗をかき、ただ、自分を高めるために、蝉の声が響く猛暑の中、刀を振るっていた。
型に沿った剣術を披露し、そこから目を閉じ、想像した相手との戦闘を始める。
倒すべきは分家の先祖の一人。偉人として名を残す者だ。正眼で刀を構え、先祖の動きに合わせて男が動く。神速の如き速さで肉薄し、ただ斬るためだけに刀を動かす。だが、当たらない。いつの間にか先祖は数メートル後方へと退避しており、平晴眼の構えを取っている。
来る。彼はそう悟り、同じく平晴眼の構えを取り、両者は爆発する。
―――無明剣、神速三段突きッ!!―――
踏み込みの音は一度きり。にも関わらず、刀がぶつかり合う音は彼の頭の中で三度響いた。
三段突き。急所を三度、ほぼ同時に突くという人間離れした素早さと技が成す一撃。その一撃は一つの剣先が三つに分裂して見える程の速さだ。しかし、彼はそれを真正面から同じ技でねじ伏せた。両者の間では刀の剣先のみがぶつかり合い、ギチギチと音を立てながら揺れている。
が、それを最初に崩した彼は刀を下へ潜り込ませ、先祖の刀を打ち上げ、返す刀で斬りつける。しかし、先祖は瞬地と呼ばれる歩法で一瞬で肉薄し、その一撃を潰し、剣の底を彼の顔面へ向けて振るう。その一撃を避け、彼も瞬地で距離を取る。だが、先祖も縮地で距離を詰めようとしてくる―――所をねじ伏せる。
一瞬で刀を納刀。先祖が視界から消えた瞬間に抜刀。
―――模倣示現流、雲耀、居合の型ッ!!―――
鞘走り、銀の閃光を光らせながらの縮地。両者はほんの一瞬、コンマ数秒よりも短い間交錯し、勝負は決まった。
ドサッと音を立て、先祖が倒れる。彼はそこで目を開き、刀を納刀する。
「……本物相手じゃ、ここまで楽勝じゃ無いんだろうけどな」
そう、これはあくまでもイメージ。言い伝えや親や祖父母から受け継いだ話を元に自分の中で作り上げたイメージに過ぎない。
彼は思う。生まれてきた時代を間違ったのだと。人斬りの技術が強さへと直結し、英雄となれる時代ならば、彼は間違いなく英雄としてその名を刻んだ事だろう。
一人斬れば殺人。百人斬れば英雄。しかし、その実は殺人鬼でしかない。英雄とされる者は殆どが人を殺し、土台としてきた者達だ。
彼はその人種と同類。そう、彼は生まれつきからの生粋の殺人鬼、人斬りの鬼であり、同時に英雄となれる男なのだ。
「……生まれてから早二十年。未だ日の本を揺るがす者現れず……神秘は薄れ、科学と法が世を結論付けた、か……クソみたいだな。血肉が湧き踊る時代からこんな平和ボケした時代になるなんてよ」
用意していた水を一口飲み、縁側に腰掛けて一息つく。
この大きな屋敷は彼一人の物。ここには彼しか住んでいない。
両親は数年前に事故如きで他界し、祖父母は十年ほど前に寿命でこの世を去った。故に、この家の血筋は彼一人。分家こそそれなりにあるが、そのどの家も不抜けている。故に、彼こそがこの家の真髄である人斬りの意志を継ぐ最後の一人だった。
虚空一族。それが、彼、虚空鬼式が所属する一族だった。歴史の影で戦い、世を導き、魔を払い続けてきた、人類の守護者にして、最強の一族。
蔵の中にある大量の刀と槍と弓。その殆どが骨董品であり、かつての偉人が使っていた業物達だ。
彼の一族はそんな偉人達と、英雄達と肩を並べる、もしくは目の前に立つ事が多く、同時に様々な抑止力となってきた。そして、蔵の中にある武器は戦ってきた者達の遺品であり、魂だ。
武器一つ一つが何時でも世の中でその役目を果たせるように手入れされており、最高の状態で保存されている。彼の持つ愛刀もその一つだ。
三鈷剣。降魔の三鈷剣と呼ばれる、不動明王が使っていたとされる剣。それを元にし、退魔の刀へと作り替えた、人の作り得る武器の中でも最高傑作と言える武器だ。まぁ、簡単に言ってしまえばタダのレプリカ、贋作なのだが、それでもその力は人の身には余るような物だ。
鞘にしまったそれを腰に吊るし、縁側に立て掛けておいたもう一本の相棒を手に取る。それは、シンプルな槍だ。それを両手で構え、今度は槍で型をなぞり始める。
斬り、突き、斬り。鮮やかな型が繰り出され、数分間の型が終わり、石突を地面につけ、額に流れる汗を拭く。ちょうどその時、蝶々がヒラリヒラリと飛んできて、槍の切っ先に止まる。
しかし、飛んできた蝶々は切っ先に触れた瞬間、足を切られ、胴体を真っ二つに泣き別れさせられ、絶命した。
「……伝説に偽り無し、流石だな」
それを見て鬼式は呟く。
彼の手に収まるその槍の名前は蜻蛉切。日本の三名槍にその名を連ねる槍だ。だが、彼が持っているのは博物館に展示してある物ではなく、文献において存在していたとされる二本目の蜻蛉切だ。
しかし、二本目と言っても侮る事無かれ。止まった蜻蛉を切ったと言われるその伝説に嘘偽りは存在せず、その切れ味はどんな鎧だろうと切り裂き、彼の腕も合わさりどんな槍にも負けない槍となっている。それこそ、一本目の蜻蛉切だろうと切り裂けるという確信すら持っている。
三鈷剣に蜻蛉切。それが、数ある業物の中から彼が選び出した生涯の相棒だ。
幼い頃、両親に蔵の中を見せられ、ただ自分の本能で選び取ったこの二本は十何年経った今でもその輝きを失うこと無く、現代の世の中で彼の手の中で振るわれている。
十何年もただ刀と槍を振ることを鍛え続け、それだけでなく弓や青竜刀、三節棍や徒手空拳等の様々な武具の心得を会得し、達人並みとなり、どんな相手だろうと負けないようにしてきた。
しかし、それを振るう相手がいない。戦乱の世ならこんな事は無かったのだろう。だが、打ち合う相手が居なければ、これ以上は伸びない。
何となくやる気が削がれ、矛を地面へと埋め、寄りかかるための柱にして寄りかかり、空を見上げる。
憎たらしいほど青く、燦々の太陽の光が降り注ぐ。
その時、雪が降り始めた。
「雪……?」
思わず呟く。雪。それは、冬に降るもの。それは当たり前だ。
当たり前の事だ。いや、それしかありえない事だ。なのに、何故。何故。
「今は真夏だぞ……!!?」
そう、今は真夏だ。蝉も鳴いた夏だ。なのに、何故いきなり雪が降る。この気温じゃ、そんな事は有り得ない。
「なんだ、何が起きている……!!?」
今までにない異常気象に思わず目を見開く。思えば、さっきの蝶々もだ。さっきの品種は夏には活動していないはずの蝶々だ。なのに、何故ここにいる。
「何なんだ……何なんだこれは!!」
思わず狼狽える。だが、すぐに深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
そうだ。何のための『虚空』だ。こういう異常事態を止め、世の中をより正しき方向へと命を懸け導くのが『虚空』なのだ。ならば、狼狽える暇はない。元凶を殺し、この事件を止める。それこそが、『虚空』の役目である。
「さぁ、行くぞ。三鈷剣、蜻蛉切。今こそが虚空の名にかけて元凶を……」
その時、地が揺れる。ガツンっ!!と地が揺れ、槍を支えに何とか膝をつくに留まる。だが、膝をついた瞬間、目の前が揺らぐ。地震で、ではない。急に、目の前が揺らぎ始めたのだ。
「な、なんだ……?」
捻れ、曲がり、揺らぎ、崩れる。こんな事象、聴いたことも無い。
「時空が揺らいでいるとでも言うのか!?」
突如、足元が崩れ、虚無と化す。ブロック状に足元が崩れ、真っ黒な空間が露になる。
「くっ……なら!!」
どうすればいいか分からないが、出来ることは切り刻むことのみ。ならば、斬るしかない。
右手に刀を、左手に槍を構え、揺れる足場で立ち上がる。
「ハァァァァ……」
息を吐き、集中する。だが、その瞬間意識が遠のく。
「しまっ……」
何故こんな時に、何故こんな場所で。何故こんな事が。しかも、最期がこんなあっさりと訪れるなんて。そう考えるのも出来ず、鬼式の意識は暗い闇の底へと沈んでいった。
後書きではその話に出てきた技を解説したいと思います
縮地
特別な歩法によって相手の死角へと回り込む技。その速さは一瞬としか言いようがなく、神速と言える。歴史上では、この歩法で一歩で十メートル近く移動したとか
無明剣、神速三段突き
新撰組一番隊隊長、沖田総司の使ったとされる神速の三連突き。その速さ故に踏み込みの音が一度しかしてないのにも関わらず、三度もの突きが放たれたという技
模倣示現流、雲耀、居合の型
示現流に存在する脈拍の八千分の一の速さで刀を振るう技を居合で行った物。しかし、オリジナルはあくまでも示現流の物なので、鬼式は模倣示現流と名付けている