黒髪に戻したら異世界に転移しました。
途中、性癖に対して偏見があります。ラブはありません。
Kobitoさまよりいただきました。
私は小さい頃から馬鹿だった。勉強が出来ない事にかけては、誰もが匙を投げるほど。
小学校低学年までは、何とか皆と同じに出来てた。中学年で先生と親が少し焦りだした。高学年には塾をクビになって、当時の担任は禿げた。
中学校はもうどうしようもなかった。体育、美術、音楽、家庭技術、試験に関わらない教科は不思議と成績が良かったが、基本教科が弱いのは、そっと馬鹿にされた。
一年生は、我慢した。
二年生で、グレにグレた。
三年生で、恩師に会った。
その人は、私と敵対するグループのメンバーにカツアゲをされていたところを、たまたま助けた。というか、ムシャクシャしてるところにいいカモがいたと暴れたら、助かったよ、と声をかけてきたから気付いた、が正しい。
元教師だというジイちゃんとは不思議とうまが合った。先生という人間とは相容れないと思っていたのに、自宅に呼ぶ程に仲良くなった。
両親は、私の将来をあまり心配しなかった。とにかく手先は器用で体力が有り余っていたから、食って行くのはどうにかなると確信。それなりに友達も多い。だから、中学校も折角入ったから卒業さえ出来ればいい、と思っていたそうだ。どうせ自分らも大した学歴ではない、無理して高校も行かなくていい。そう言っていた。
それを聞いたジイちゃんは、勿体無いな~と言った。
「こんなに生きる気力溢れる娘が、勉強についていけないだけで不貞腐れているのは、実に勿体無い!」
「何それ? 褒められてんのかどうかも分からないんですけど?」
「かっかっか! 褒められた気がしただけ見込みがあるぞ!」
「勉強出来ないっての。」
「そんなのは教師が悪いと決まっている。君のせいではない。」
「自分以外のセンセーはクソだってか?」
「まさか!1対30~40ではどんな優秀な教師でもどうしたって公平に出来ん。だが、今は何だか面倒な行事も増えたからな、理解できなかった所をフォローする時間も無い。受験という期限があるから塾でもフォローしきれない子も出る。」
「フォロー出来れば、私も普通に出来たってこと?」
「そう。これだけ人数が居るんだ。その子に合った勉強法はそれぞれ違う。限られた時間の中でもがいているのは教師も同じ。教師が悪いのは行政のせいだが、全ての子供が等しく勉強出来る法が在ることは素晴らしい事だよ。」
「・・・難しいっての。」
「かっかっか! だが君は理解したいと思っている。確かに君は時間がかかるだろう。だが、いつか、必ず、出来る。」
ジイちゃんは、夕飯をうちで食っていくほど図々しい人だったが、父さんも母さんも友達のように受け入れていた。
先生に、娘が認められたのは、ずいぶんと久しぶりの事だった。元、だとしても。
だから、詐欺師だったとしても、きっと頼んだだろう。私もそれでもいいと思った。だから、
「ジイちゃん、私に勉強を教えてよ。」
ジイちゃんは味噌汁を飲む手を止めて、私を見て、ニカッと笑った。
「構わんよ。ご両親はどうかな?」
父さんはジイちゃんのコップに酒をつぎ、母さんは自慢の卵焼きを出した。私は急いで夕飯をたいらげ、物置になっていた机を片付けた。
可能性が有ることは、諦めなくていい。なら、やろう。
そうして、仲間には勉強すると宣言し、解らなくても聴いてこいと授業に出た。久しぶりの登校に教室の雰囲気はビミョーだ。そんな空気を無視して、ノートも教科書も開かず睨みつけるように黒板を眺め、聞き漏らさないように先生を睨んだ。
とにかく基礎基礎基礎基礎基礎。加減乗除という言葉をやっと知った。小学生のドリルをずっとやった。一冊を繰り返し繰り返し。擦れてきたら、問題ごとノートに書き写して同じ問題を何度も解いた。ジイちゃんは何度も同じ質問をしても怒らなかったし、いつでも丁寧に説明してくれた。
解ることが楽しい。
そう感じてからは、ジイちゃんが驚く程に進んだ。授業も理解出来るようになってきた。先生に質問しに行った時は、目が飛び出る程に驚かれた。泣き出した先生もいた。自分の前後左右の席のクラスメイトにも質問した。わからんと思った事はとにかく誰かに聞いた。
そうして、高校受験は無事にクリア出来た。
皆で泣いた。父さんは鼻水流して抱きつこうとしたので蹴っ飛ばした。
入学式の前日に金髪を黒く戻した。
新しい世界が私を待っている、とジイちゃんは言ってくれたから、生まれ変わった私で進んで行こうとの決意表明だ。
入学式の夜もジイちゃんは我が家でご飯を食べて、私の制服姿に手を叩き、お祝いに新品の辞書をくれた。ここら辺のセンスが元教師だよ。今時コンパクトな物が流行りなのに、どこで見つけたのか厚みが7㎝ある。まあ、ソッコー名前書いたけど。
翌日、その辞書を鞄に入れ、初登校に気合いを入れ、揚々と校門をくぐったら、突然光に包まれて、パリンと何かが割れる音がして、光が消えたら見知らぬ広間に立っていた。
「・・・・・・・・は?」
ファンタジーゲームやアニメや映画で見た気がする様な広間。体育館ではない。今まで生きてきた中で、こんな場所に関わった記憶は無い。
そして、きらびやかな衣装を着たオッサン達が、全員私を見ている。鞄を両手で抱きしめた。なんだコレ・・・!?
混乱していると、正面の一際高い場所に座る、ゴテゴテした衣装のデブ男が鼻につく甲高い声で喋りだした。
「その小娘が今回の聖女か。確かに黒髪だ。・・・貧弱な体じゃな、つまらん。まあいい。そちを召喚したのは、シノリガット国の次期国王トントニク、つまり余じゃ。そちには世界の穢れを祓う旅に出てもらう。世界の浄化が済めば、仕方ないが慣例だからな、余の妃として迎えよう。さあ、準備は出来ておるから、さっさと行くが良い。」
「・・・・・・・・・・・・・・・ぁあ?」
「ん? もしや言葉が通じんのか? 全く、とんだ田舎者が召喚されたもんじゃ。おい、誰か訳さんか。」
慌てて一人、ヒョロッとした男が私に近づく。ガリ勉君かモヤシッ子だな、アダ名。
「あの、僕が話している言葉はわかりますか?」
頷く。
「ああ、良かった! 先程の、あちらにおられるトントニク王太子殿下の御言葉を、繰り返させて頂きます。質問があれば、遠慮なさらず、どうぞ、なさってください。」
緊張しながらも、ほわりと笑ったガリ勉君は、私が聞き易いように、ゆっくりと区切りながら話してくれた。
「必要無い。」
「え?」
ガリ勉君が呟いた時には、"あたし"の鞄は、豚王子の顔面にヒットした。新品革鞄にジイちゃん渾身のお薦め辞書入りだ。鼻が折れればいい。
そして、みんなが何の音か理解しただろう時には、あたしは豚王子の前に立ち、左手はその汚ねぇ顔を鷲掴み、ギリギリと音をたてた。特攻ナメんな!
「誰も動くな。悪いなガリ勉君。質問はコイツにするから。」
「ひひゃい、ひひゃい、んが~~!」
「おぅおぅ、質問しようってのにうるせえな。」
「はガガががガガがが~!」
「殿下!」
「き、貴様!殿下から手を離せ!」
白い甲冑を着た連中がわらわらと出てきた。まだ、あたしらには届かないくらい離れてるけど。
「あたしが質問するって言ってんだ! 静かにしろっ!・・・素手だって殺せんだぜ?殿下よ。」
「ぴ~~~~!! さ、下がれ! お前たひ!」
よし。あたしの睨みはここでも効く。豚王子が喋り易いように少し握力をゆるめ、右手はいつでも目潰しが出来るように構える。豚王子はそれをガン見。目を見開くと狙いやすくて助かるわ~。
「まず、あたしを聖女に選んだ理由は?」
「く、く黒髪で、丈夫!」
「・・・・・・・・はあ!?」
睨みに力が入る。ずいぶんとザックリした答えだなぁ、オイ。コイツ、実はよくわかってないんじゃないか?
「お、おそれながら!っ、僕、わ、わたくしが、ご説明させていただきますっ!」
ガリ勉君がさっきの場所で土下座したまま叫ぶ。
「お、お許しくださいっ!」
「よし、許可する。」
スルッと言えばキョトンとした声が聞こえた。あたしの体勢は豚王子を狙ったままなので、すぐに気を取り直したようだが。
「わ、我らが世界は、おおよそ五百年に一度、障気が膨れあがります。それに伴い、魔物が爆発的に増えます。獣型、人型、多種存在しまして、基本、我ら人間より力が強いです。ですが、人間でも魔物を倒すことは出来ます。普段は畑や森を荒らす魔物を退治出来ているのですが、障気が増えると魔物の力も増します。更に数も増えますので、その結果、歴史の中では何度か国の地図が変わっております。
しかし、それほどの脅威を感知し祓う事が出来るのが、聖女様でございます。」
ほほぅ。
「何故、聖女様だけがそのように出来るかはわかっておりません。わかっております事は、異世界人の女性であること、黒髪だとより浄化の力が強いこと、健康であれば更に聖女様の力が増すこと、それだけでございます。」
豚王子のあの一言にこれだけの理由が含まれていたとは。
「聖女召喚は世界中で行われます。ただ、何故か一人ずつの召喚になり、二人以上の同時召喚、二人以上の同時浄化をした記録はありません。旅の途中で聖女様が力尽きた場合は、余所の国で聖女召喚が成功します。この仕組みは解っておりません。国力に関係ない事だけが判明しております。」
「力尽きた場合?」
「はい。聖女様とは類を見ないほどの浄化の力をお持ちですが、その身体は一般人のままなのです。護衛として騎士団一中隊が付きますが、それでも魔物からの危険を防げない時もあります。先程、王太子殿下の仰られた準備とは護衛のことでございます。」
ほぅ・・・中隊引き連れても失敗するんだ。
「ちなみに中隊の人数は?」
「はい。百名でございます。」
「この国の国力とやらはどのくらい?」
「世界一ではございませんが、上位四ヵ国に入ります。わがシノリガット国含む四つの国が、この世界の均衡を保っております。」
四大国が中心で、それぞれに睨みあってる、と。
「なるほど。"世界を救う"はずなのに、それ以上の人数じゃ余所の国に入り辛いと。」
「お、おっしゃる通りでございます。」
ガリ勉君が言い淀む。
「それほどの護衛を付けても失敗する時はあるのに、戦争の危険を避けるためにも更に命を張れと。」
「さ・・・、さ、左様で、ございます・・・」
「見も知らない異世界の、誰に義理があるでもない女に、聖女だから命を賭けろと、偉~いヤツは命令すると。」
「え、・・・と、その・・・」
「あたしの居た世界じゃあ、本人と家族の承諾無く連れ出す事は誘拐って言うんだけど。こっちでは意味わかる?」
「あ・・・」
「ここは国を挙げての誘拐事業がまかり通る世界なのね~?」
ついにガリ勉君が黙った。
「五百年に一度だから大した事はないと思っているのかな~?」
豚王子を睨む目に力を込める。
「聖女と百人て結構な人数だと思うけど、殿下は随分あっさりと行けと言ったね~?」
豚王子が青くなる。
「その兵士のもしもの補償はどうなってるのかな~? まさか、王子からの命令だからその名誉だけ~とかクソな事を言ってるのかな~?」
豚王子が汗を垂らしはじめたので、ギリギリと左手に力が入る。
「ついでに聞いておこうかな。あたし、元いた世界に帰れるんだよね~?」
ついに豚王子の視線があたしの右手から動いて、目が合った。充血してる。汗がダラダラと流れてる。気持ち悪!
が、睨みで殺せるなら豚王子は今頃ズタズタの肉片になってる。それでも逸らさない。と、いうことは。
「ガリ勉!」
「はいぃ! 聖女様が帰る方法は在りません!」
裏返りながらも言い切った。
「だから、"仕方なく妃に迎える"のね?」
動かない頭を一所懸命に動かそうとする豚王子。
「"貧弱な小娘"が、国家間の機嫌を取りながら、魔物という前線で命を賭けて、いつ終わるか分からない旅から戻ったら、豚王子に嫁ぐとか・・・・・・誰得の話だ! ごるらぁぁああ!!!」
「ひぃががガガかがあああぁ~~~!」
「殿下!」
「貴様ーっ! 殿下を離せ!」
もはや、ひょうたんの様になって豚王子が悲鳴をあげる。慌てて白甲冑が近寄って来る。何人かが剣を抜いた。
「だいたい! 何で王子が聖女召喚をしている! 王は死にかけてんのか?」
これには、キラキラ服のおっさんが答えた。
「無礼な! 王は次王の為に譲られたのだ!」
馬鹿か。
「世界の命運を賭けた事をするのに同席もしないとはどういうことだ! コイツはこういう危険があった時の為の生け贄だろうが! てめえの息子を盾にするような腰抜け王の治める国なんぞ先は無い! 呼ばれたついでに消してやんぞ!!」
睨みつけると目を反らすということは、あたしの言ったことは割と合っているんだろう。あのキラキラ親父め。
「女! お前は包囲されているんだぞ! 大人しく殿下を離せ!」
叫んだ白甲冑が剣先をあたしに向けてジリジリと近づく。
「試すか? あたしの手が殿下を握り潰すのが先か、アンタがあたしを斬るのが先か。どうする?殿下。」
ニタリと、嫌になるほど練習した挑発顔を白甲冑に向ける。歯ぎしりの音が聞こえそうだ。
「ま、待ってください!」
裏返ったガリ勉君の声が響いた。
「僕が代わります! お願いします、聖女様。世界をお助け下さい!」
・・・ん?
「僕が、聖女様の代わりに斬られます。隊長、それでどうか!納めて下さい! 聖女様が巡らねば、村が、町が、もっと消えてしまいます! やっと現れた聖女様です! 殿下を害したことは僕でお許し下さい!」
この細い体のどこから力が出るのか、キレイな声が広間に響く。土下座をしたままなのによく通る。
「お願いします! 僕では村一つ助けられない! 魔物と戦う力もない! お願いします! 今まで聖女様を望んで待っていたんです!」
ガバッと起きたガリ勉君は隊長らしき白甲冑を見る。
「一刻も早く、聖女様の旅立ちをお願いします。」
あたしへも向きを変える。
「聖女様、強引な召喚、不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。ですが、もはや、貴女様だけが希望なのです。」
真摯な目。
「自分の故郷が助かればと望む、ただの小狡い人間です。書物を読むことしかできない非力な男です。こんな命ですが、ここで引き換えさせて下さい。」
これが演技だったら大したもんだ。手はブルブルと震えて、歯はガチガチと鳴っているけど、あたしの睨みに目を逸らさない。ためしにニヤリとすれば青ざめたけど、やっぱり目は力強いまま。
いいじゃん。
あたしは豚王子を離した。左手は涙と鼻水と涎で無惨なことになっている。とりあえずヘタリこんだ豚王子の服で拭く。後で消毒しよ。
豚王子は茫然としている。何が起きたか解っていないようだ。
「心からの頼み事って、ああなるんだよ。」
別に土下座をしろと言いたい訳じゃない。
「で? 手を離したけど? 隊長さんはガリ勉を斬るの?」
あっさりと豚王子を離したことに混乱してるような白甲冑たちは、あたしの質問に狼狽える。
「な、ならん! サイジョーを斬ってはならん!」
豚王子が甲高く叫んだ。
あれ意外。
「何? 友だち?」
「と!? いや! ・・・いや、サイジョーは、余の、教師じゃ。」
は?
「ガリ勉、アンタいくつよ?」
弛んだ空気に、こっちも困惑していたガリ勉君は、さっきまでと違う気の抜けた声で答えた。
「20才です。」
・・・まあ、予想通りの見た目だよな。
「豚王子はいくつ?」
「豚・・・・・・余は、18才じゃ。」
拳骨!
「痛ーーーい!!」
「18にもなって何やっとんだお前は!! ああ!? この腹は何だー!?」
今度は腹をガッツリ握る。
「痛い!痛い!痛い!痛い!痛いっ!!」
ギャーギャー騒ぐあたしらを茫然と見るギャラリー。またも王子が虐げられているが、命の危険が無さそうなことを感じたのか困惑だけのよう。
そうしていたら。
「そのくらいにしてもらえるか聖女殿。」
威厳タップリ、口髭ダンディーなキラキラ親父が登場。その後ろから、THE可憐!な金髪美女が登場。
「ち、父上、母上。」
はあ?まじか!?似てない!
「お前冗談は姿だけにしろよ! 辛うじて似てるかもしれない金髪だってパッサパサだろうが! ヘタレは父親似だが母親は別だろう!」
「は、腹を掴むな! しょ、正真正銘、余の両親じゃあ!」
「そうです。トントニクは私がお腹を痛めて産んだ子ですよ。」
優雅に微笑んだ王妃がこっちに来る。近寄っても美人だ。眼福、眼福。・・・あれ?だいぶ肌が綺麗だな。
「王妃様、歳は?」
「? はい。32才になります。」
!!!
「女性に歳を聞くとは、聖女は奔放だな。」
ハッハッハとアメリカンな笑い方をしながら王が続く。
「寄るな!ロリコン!!」
「ろりこん? それと、先程の"へたれ"とはどういう意味だ?」
がっつり睨んで言ってやった。
「ヘタレは腰抜け! ロリコンは幼女愛好者!」
王と王妃はキョトンとしたが、周りは騒ぎだした。主に無礼者と叫んでる。コイツらコレばっかだな。
「私は別に幼女愛好者ではない。」
王が憮然と返す。
「嘘つけ! どう見ても50過ぎのおっさんの嫁が、32才だと!?」
「私は40才だ!」
「だとしても8才差! 王子は現在18才! 産んだときは14才! 妊娠期間が10ヵ月だとしても! 初潮を迎えたばかりの女の子に、20過ぎの男が何してんだ! ロリコンだろう!」
「ぐぅっ!」
「あの聖女様、私、ずっと小さい頃からずっと王をお慕いしてました。私が望んだことでございます。ですから、王はろりこんではありません。」
どうやら王妃は王をフォローしたいようだが、あたしにはもう無理。貴族社会じゃよくある話とライトノベルで読んだが(グレる前によく読んだ。グレても読んだ)、物語と現実は違う! 鳥肌が! 王妃が可憐なもんだからよけいに際立つ!
「王妃様。こういう事に恋心は関係ありません。年齢差が全てです。例え相思相愛だろうと常識をわきまえない大人が悪です! よって私は!シノリガット国王を!世の中の女の子を守るために!幼女愛好者であることを世に広めるべきと思います!」
「ち、ちょっと、聖女!?」
王が横やりを入れようとするが無視。視界に入るな!
あ。
「豚王子、もしやアンタも可愛らしい婚約者がいるの?」
「よ、余は・・・婚約者などおらん・・・候補に上がった者は皆、不治の病にかかったり修道院に入った・・・」
「あ~、あ~、だろうね、ごめん。」
「・・・謝ってないぞ、オイ。」
「聖女様。王は私と婚姻を結んだ後も側妃を持っておりません。聖女様のおっしゃることは違えていらっしゃると進言いたしますわ。」
「あれ、そうなの? 絶対10人くらい囲ってる顔してんのに。」
「私への誤解が酷くないか!?」
「うっさい。美女妻持ちは黙ってろ。」
王なんだけど・・・とブツブツ言うが無視。
対照的に王妃は微笑んでいる。
「まあ! 美女とお褒めいただき、嬉しいですわ。」
「美女は世界の宝です!」
これぞ真理。
でも。
「ですが。子育ては、母と成ったからにはキッチリなさいませ。乳母や教育係が居ようとも、子は、必要なことは親からも学ぶものです。王だから王妃だからなどど言い訳にもなりませんよ。短い時間でもふれあいを怠ってはなりません。これがその証! どっこも可愛くない王子の出来上がりですよ! そんな需要はどこの世界にも在りません!」
ビシィッと豚王子を指す。
「は、はい、申し訳ありません。ですが、下の子達を授かったりしましたもので、」
「言い訳結構。美女だろうと許されない事があるということをお忘れなく。」
「・・・はい、申し訳ありません・・・。」
やべぇ、しゅんとしても美人だ。
「トントニク・・・母として至らずご免なさい。あなたの力になれるよう努力します。頑張りましょう。」
最後ににっこりと豚王子の手をとる。戸惑う豚王子。・・・本当にほったらかしだったのか。金持ちも大変だな。
今さらだが、今さらでも何とかなるなら手を取れ。
真に望んだものは、少しずつ形になっていく。
だから、焦らず、じっくり取り組むのだよ。まあ、失敗したところでやり直しはきく。だから、焦って選択肢を減らさないようにな。
ジイちゃん。あたしは諦めない。
ジイちゃんの言葉は当てはまらない事もある。理想だと言ってしまえばそれまでだけど、あたしには大事な事。
「私も交ぜてくれんか?」
王が母子二人へ寄る。
「考えてみれば、お前と触れあうことなど無かったな。何も教えていないのに力量を見極めるも何もない。済まなかったトントニク。お前を後継者に決めたのはけっして盾にするためではない。まあ、継がせるにはまだ勉強が必要だがな。」
「父上・・・はい。精進致します。」
肩を震わせる豚王子に手を置く王。寄り添う王妃。
ええ話や。
「さて、これからの事なんだけど。」
「・・・聖女よ、少し余韻をだな・・・」
「あたしの方が切羽詰まってんの。アンタらのお陰で。」
ぐっと唸る三人。
「で? 本当にあたしの帰る方法は無いの?」
「我が国には帰還魔法は伝わっていない。以前に召喚された聖女は皆、その時の各国の王子や騎士と結ばれたとあるのでな。帰還魔法の記録は残されていないのだ。」
「その事を詳しく知っている人はここに居ないの?」
王が魔法長と呼びかけると、やっぱりキラキラした服の禿げた白髭豊かな爺さんが前に出た。
「召喚にあたり国中の書物を調べましたが、帰還魔法を見つけられませんでした。」
・・・偉そうに言いやがって・・・
半目で睨んでもあたしは悪くない。ビビる髭爺。
「ほ、法則として、召喚時と同じ魔力は必要であるとは思われます。召喚に使った水晶は割れてしまったので、また同程度の物が要るでしょう。」
水晶が割れた? あ、そういやパリンて音がしたっけ。よく見れば床がキラキラしてる所がある。・・・結構広く散らばってるな・・・そこそこ大きい水晶だった? ・・・高価い物は用意してもらおう!
「まあ、水晶は用意するが、魔力を籠めるのに10年かかるのだったな?」
は!?
「左様でございます。」
「10年!? マジで!?」
ガックリと膝をつく。10年・・・10年・・・25才で高校に通うのか・・・厳しい。
「それもあって歴代の聖女は嫁いだようだ。」
何の慰めにもならねぇよ!
あたしの落ち込みがよっぽどだったのか、豚王子がガリ勉君にこそりと聞いた。
「サイジョー、何か方法はないか? 殺されかけたが聖女が言うことはもっともだ。」
「そうですね・・・僕も色々見せてもらいましたが帰還方法はありませんでした。なので、他国に聞いてみてはいかがでしょうか。」
ハッとした。
そうだ、知ってる人に聞けばいいじゃん!
「どこの国ならわかる?」
「それはわかりません。王も仰られましたが、歴代の聖女様は誰かに嫁がれるか、亡くなられています。ですが、召喚と対になるはずの帰還もあるはずです。・・・確証のないことですが。それか、帰還魔法の研究はされているのではないでしょうか? 魔法使いとは魔法に関わる事を研究しますから。」
そう言って髭爺を見ると頷かれた。おおっ!
「ただ、我が国では誰も研究しておりません。」
申し訳ありませんと髭爺は続けた。
まじ使えねぇ。
「わかった。帰還魔法を探すついでに仕事するわ。」
え? と広間の全員がポカンとした。
あたしの優先順位はこの人等と違う。まず帰る方法を確保しないと。
「あの、その場合、魔法を発見次第、元の世界に帰られるということでしょうか・・・?」
不安気なガリ勉。
「"浄化が全て済んだら"すぐ帰れるように、だよ。途中で止めたら寝覚めが悪いじゃん。」
口を真一文字にして、ガリ勉はまた土下座した。
彼のそばまで行き、肩に手を添えて顔をあげさせる。
「悪いんだけど、あたしに付いてきてもらえない? 途中、色々教えてもらいたいんだけど、どう? ガリ勉がこん中で一番物を知ってそうだから。」
「あ・・・」
「だ、駄目だ! サイジョーは余の教師だから! 連れて行かないでくれ!」
豚王子が必死に止めるが、ガリ勉は嬉しいような困ったような微妙な顔をしている。
「・・・・・・何? アンタらデキてんの?」
「で!?」
「恐ろしい事を言うな!」
あれ、二人共真っ青になっちゃった。なんだ違うのか。
豚王子がドタドタとこちらに来た。あたしらのそばに来た途端にゼエゼエと座り込む。体力無さすぎ!
「お前、聖女のくせに、下品だな!」
「へーへー、"黒髪"で"丈夫"なだけなもんでー。」
くっと苦虫を噛んだような顔をしてすぐにしゅんとする豚王子。
「・・・サイジョーは、サイジョーだけが余に付いてくれてるのだ。怒鳴らず、物を教えてくれるのだ。連れて行かないでくれないか・・・」
こいつ、本当にクソ王子なんだ~。我が儘王子に勉強を教えるのに何人が関わったんだか。優しくすりゃつけあがり、厳しくすりゃ癇癪を起こし、ってとこか。
ジイちゃんに会う前のあたしみたい。
「そっか、じゃあしょうがない。しっかり勉強しな豚王子。」
「え?・・・いいのか?」
「いいよ。あたしにもそういう先生が居るからさ。頼りたい気持ちわかるよ。」
「・・・そうか・・・聖女も勉強してるのか・・・余は、色々と無駄にしたのだな・・・」
バシッと肩を叩く。
「痛い!」
「あっはっは! この軟弱な体も鍛えなよ!」
さてと、と立ち上がり、白甲冑に向かう。近寄ると構える失礼な奴らを無視し、隊長の前に立つ。
「旅に出るのに丸腰は不安だから、あたしに武器をちょうだい。護身用でもいいから丈夫なヤツ。」
「は? 聖女が武器!? 我らが護衛に付くから必要ないが。」
「護衛さ、百人も要らないよ。名前覚えらんないから。」
「・・・いや、そういう事ではないだろう。」
「自分で身を守れて、言葉に不自由しなくて、ちょっと権力ある人が良いんだけど、いない? 魔物はあたしが浄化すれば大した事ないんでしょ? 2、3人でいいからさ、対人にそこそこ強い人がいいな~。・・・あ、やっぱ権力はいいや面倒くさい。王さま! 通行手形みたいなの用意されてんのー? ある? んじゃ言葉に強い人だな!」
ヘタレ王、髭爺、白甲冑、その他のキラキラ親父たちが話し合いを始めた。暇なので広間をのんびり見回してると、鎧の石膏像が持っている物に丁度いい物があった。取ってもいいかな?
「王子、あそこの像の武器って使える物? 取ってもいい?」
「構わんが、本当に使うのか。聖女の世界は誰もが戦うのか?」
「んなわけないじゃん。やりたいヤツだけだよ。」
手が届かなかったから、下っぱ白甲冑に取ってもらって、鉄っぽい棒を握る。他の人と距離を取ってちょっと振り回す。
う~ん。ちょっと長いかな。もう一回り握りが細い方がいい。そしたら少し軽くなるかな~。女子用とか在庫ないかな~? 鉄パイプサイズがいいんだけど。
そういや直径知らないな。握ればわかるか。
つらつらと考えながら振り回していたら、いつのまにか白甲冑に囲まれてた。
「うわビックリした。何?」
「手合わせ、しますか?」
「あ、助かる! どれくらいこれが使えるか試させて。いくよ~。」
ガキンッ! キン! キン! ガンッ!!
「次!」
重いとやっぱパワーが違うな。これでもいいか? いや、あたしも振り回されてる。う~ん。
「次!」
あ、そうだ、荷物持って動くから、やっぱもう一回り小さくないと。背負うのはいいけど引きずるのは嫌だな~。
「次!」
お! こうか! あれ? ずれた。
「次!」
よし、こうだ!
「次!」
よっしゃ!
「次!」
ガンッ! ガキン! ゴン! ガン! ドガン! バキンッ!
「あ。・・・ごめん、折れちゃった。」
「舞うように兵士をぶっ飛ばすなーーーっ!!」
豚王子が叫んだ。
「ちゃんと使わないと具合がわからないじゃん。20人とやり合って折れるんじゃ武器としては駄目だな。」
「近衛20人を相手にするお前の出鱈目さが駄目だっ!!」
「こういう所にある物は装飾品ですから。強度はそれなりなんですよ。本物だと丸腰で謁見しても武器として使われたら危ないじゃないですか。」
「あ、そっか。あ~ぁ、ガリ勉を連れて行けないのは惜しいな~。」
「え。」
豚王子が聞いておるのか!と叫んでる。
「アンタ冷静だよね。あたしはすぐ頭に血が登るから止めてくれる人がいると助かるんだよね~。豚王子じゃ言い合いにしかならなそうだし。まあそれも楽しいけど。」
ワナワナとしてた豚王子がポカンとする。いや、言い合い出来るって楽しいよ。
「だからアンタはガリ勉が大事なんでしょ。良いんじゃない? 仲良くやりな。」
ニッシッシと豚王子に笑ってみる。すると、さっきから微妙な顔をしてたガリ勉が豚王子に向き直る。
「あの、殿下。僕が聖女の旅に付いて行くことをお許し願えませんか。」
豚王子が顔を歪める。・・・泣くの?
「旅を終えたら、またこちらに来させていただけませんか? 僕はまだ殿下にお教えしたいことが沢山あります。ですが・・・故郷も確認したいし、世界も見たいのです。書物だけでは足りない事を知りたいと、実はずっと思っていました。」
ガリ勉がこういう性格だと豚王子は解っているんだろう。泣きそうだけど癇癪は起こさない。ガリ勉は豚王子にほわりと笑う。
「大丈夫です。戦えませんけど、逃げ足は速いので帰ってきます。」
「・・・そうやって笑えば余が黙ると思って・・・」
「やっぱアンタらデキてんでしょ?」
「「ちがーーーう!!」」
「あっはっは! そんなに離れがたいなら豚王子も一緒に行こうよ。あたしが守ってやるから。」
「「え?」」
「ガリ勉の逃げ足が速いなら豚王子だけを守ればいいでしょ? 楽勝楽勝。」
二人が見合う。
「丁度いいからダイエット修業しよう! 歩くだけでだいぶ減量出来るぜぃ!」
なかなか良い考えじゃない? ダイエット出来るし、王子を連れてきゃ権力に関わる所で楽出来るんじゃね?
「駄目駄目駄目駄目駄目駄目だーーーっ!!」
こいつもドタドタと走ってくる。
「うっさい、ヘタレ王。」
「トントニクは後継者だと言ったろう! 旅に出るのはならん! 危ないではないか!」
「いやいや、その危ない旅に見ず知らずの素人小娘を行かせようとしたのはどこの誰だったかな~? ぁ~あ? 王さまよ~。」
下から睨みあげてみればあたふたとするが、すぐ持ち直した。
「だ、だから護衛をつけるのだ! 王子の旅など聞いたことも無い!」
「じゃあ豚王子が先駆けで良いじゃん。良いと思うよ? 自分の国とよその国と、教えと現実の違いとか、色々比べて考えればこれから役に立つじゃん。」
「危険だと言っておるのだ!」
「ここに居れば死ぬまで安全て保証がどこにある! あたしがさっき王子にしたのを忘れたのかっ!!」
「うぐっ!」
「良い教師が付こうと教えられてるだけじゃ駄目だ。飾りじゃないんだから頭は使わないと。だいたいさ、王さま一人が国を治めてるんじゃないっしょ。大臣やら魔法長やらが支えるんでしょ? 色んな事を考えて、皆で話し合って、国に合う事、栄える事をやっていくんでしょ。忙しくなる前に友達と旅くらいさせなよ。」
「だから、」
手をあげて王の言い分を遮る。
「あたしは誘っただけ。決めるのは王子。それを親子で話し合えっての。」
睨み合うあたしと王に、王子がおずおずと声を出す。
「余がついて行って迷惑ではないのか?」
「もちろんビシバシやるよ~。それで良ければ全力で守ってやる。」
「そうか・・・」
豚王子はちょっとひきつりながら笑った。
後は勝手にやれと、さっきぶっ飛ばした白甲冑たちのトコに行く。
「ごめーん、加減が難しくてさ~。皆どんな感じ?」
甲冑を脱いで、甲冑や体を点検してる全員からジトリと睨まれる。あ~、ごめん。痛いの痛いの飛んでけー!
途端。撫でようとした掌から淡い光が出て、目の前に居た兵士をうっすら包んだ。あっと言う間に消えたが、あたしもその兵士もポカンとしたまま。
「あ・・・痛くない・・・」
兵士がぽつりと言った。
まじで・・・?
思わず周りの兵士を見回す。皆で戸惑ったが、とりあえず近くにいる兵士へと手をかざす。
い、痛いの痛いの飛んでけー・・・うわっ!出た!こわっ!
そうやって一通り回復を済ませると、なにやら皆スッキリした顔をしていた。
「あ~、甲冑は無理みたい。ごめんなさい。」
物は回復出来ず、と。
隣でガリ勉がメモを取ってる。ビックリするっつの!
「聖女って回復も出来るんだ?」
「何人かは使えたと記録にあります。呪文も唱えずに使えるんですね。驚きました。体の調子はどうですか? めまいや怠さはありませんか?」
「・・・うーん? 特に無さそうだよ。」
ガリ勉と甲冑たちは目を丸くしている。
「・・・一般の魔法使いは、20人も回復したらしばらく休まないといけません。・・・"聖女"とはどれほど特別なんでしょうか・・・」
「浄化はどんな感じでするの?」
「本人にも説明しづらい感覚で、浄化を行うらしいです。」
「・・・なにそれ。」
「本能で解るらしいです。が、魔法の呪文のように表せないと記録されてました。」
「うわ~。ちょっと不安。誰が付くか知らないけどサポートよろしく~。」
「さぽーと?」
「補助。」
「先程の、だいえっと、とは?」
「減量。」
「がりべん。」
「勉強ばっかりしてる人。」
「ふふ。まだまだ世の中には知らない事が沢山ありますね。」
「本当だよ。あたし今のとこ学校の勉強だけで精一杯なんだけどな~。ところでガリ勉の故郷ってどこにあるの?」
「この王都から真っ直ぐ伸びる街道を西に向かって、馬車で一月程の所にあります。」
「・・・遠そうだね。じゃあ先ずは西から行くか~。どっか良い武器屋がないか誰か紹介してよ。丈夫でそこそこ軽い棒を扱ってる店。え? 大抵、刃が付いてる? そっか~。外してもらえるかな? あたし、剣は無理だし。」
甲冑たちは、武器屋の話から街道沿いの美味しいお店やら、可愛い生活用品を置いてる雑貨屋、服屋。馬屋まで教えてくれるものだから、メモを取るのに鞄を開けた。
「ふっ。」
ジイちゃんの辞書が一番に目に入って、つい笑ってしまった。
「何が入っているんですか?」
「あたしの国の学校で使う教科書、ノート、辞書。などなど。」
一つずつ取り出して見せる。ガリ勉が興味津々で見るから渡してみた。すると、甲冑たちも一緒に、おおおお、ええええ、とうるさくなった。
「これが異世界の教本! 製紙技術が素晴らしい! こんなに滑らかな物は見たことがないです。色の鮮やかな精密な絵がこんなに載っている! 大変高価な物ですね!」
「いや? あーでも、国がくれるから、一冊いくらするか知らないや。」
周りの皆が絶句した。
「国がくれる!?」
「そう。あたしの国は義務教育って言って、6才から15才まで誰もが必ず学校で勉強しなきゃならない法律があるんだ。だから、その為の学費は国が出してる。その後は働いたり、それより難しい勉強する学校に自費で通ったり、それぞれになるよ。」
「・・・そんな制度が・・・」
ガリ勉がスゴく感動してる。
「でも、好き嫌いあるし、出来る子出来ない子の差が激しいよ。より上の学校を出た方が職業の選択肢は広いって風潮だけど、頑張れば誰でも成功はする。」
「・・・僕には、夢のような話です。」
「ははっ! 勉強嫌いには迷惑な話だけどね~。」
甲冑たちが何人か笑う。お、仲間がいるな!
「文字が読めないのが残念です。」
頼りない笑顔で、皆の手を渡ってきた教科書をガリ勉が差し出した。
「あ、やっぱり? 言葉だけが召喚のおまけか~。まあ助かったけど。これがあたしの勉強の師匠がくれた物。辞書。」
「うわっ重い! はあ!? 紙が薄い! 文字が小さい! 凄い! 読めないのが悔しい!!」
一人盛り上がるガリ勉を甲冑たちと引きながら眺める。
「・・・あれだな。王子を拐いたいならガリ勉に辞書とか謎な書物を渡せば簡単に一緒に来るだろうな。アンタら近衛なんだからそこら辺気をつけなよ。」
「なんと簡単な事だ。盲点だったな。感謝する。」
皆で笑ってしまった。なんだ案外ノリがいいな。
あ、そうだ、携帯を鞄に入れてたんだっけ。
真新しいそれは、ケンカばっかりで傷だらけだった前のを見かねた、両親からの進学プレゼント。
さっき鞄ごとぶん投げたけど壊れてないかな。まあ、しばらく使えないけど・・・電話くらい繋がればいいのに。・・・あ、充電器無いや。あ、電気も無いか。
何となく、画面を開いた。
アンテナが三本立っていた。こんな所で使えるわけ無いと思いながら、やっぱり声が聞きたくて、母さんの携帯にかけた。
馬鹿みたい。
トゥルルル。トゥルルル。トゥルルル。
「え?」
まさかのコール音に呆気に取られるあたしの周りで、何事か!?と白甲冑軍団が剣を向ける。
『薫!?』
「母さん・・・」
『薫!! 良かった!! 生きてた!! アンタ今どこにいるの? 学校から、校門で光って消えたって聞かされたって、何が何だかわからないよ。』
良かった。事実が伝わってる。涙が出そうだ。
お母さん。
「母さん、実はあたしもよくわかってない。時間が無いから、手短に説明するから、聞いて。」
異世界から奇跡的に繋がったけど、いつまで使えるかわからない。状況を簡潔に。
『わかった。』
「ゲームみたいなファンタジックな世界に召喚されたらしい。地球かどうかも分からない。ここで、あたしはやらなきゃいけないことがあって、家に帰るには時間がかかりそうなんだ。OK?」
『・・・隣にいたらぶん殴る話だね。』
「あたしもそうする。でも今すぐ帰る手段が無いの。そんで、こっちの世界は割と困ってるようだから、どうにかしてから帰ることにした。」
『・・・そう。』
「うん。父さんはいる?」
『当てもなくアンタを探し回ってるよ。』
お父さん。
「そっか、ごめん。頑張るからって言っといて。あとジイちゃんにも。絶対帰って高校を卒業するからって。」
『ははっ、そうだね!・・・薫、アンタが納得するまでしっかりやりな。待ってるから。』
「・・・うん。それまで元気で!」
『薫もね!』
じゃあと言って切った。アンテナも消えた。実は夢だったかな。
・・・よし。気合い入った。
ガリ勉がハンカチを出したのを、ありがとうと受けとる。
「それは?」
「・・・電話っていって、姿も見えない遠い場所にいる人と話が出来る道具。だいたい一人ひとつ持ってる。」
「道具・・・遠見の魔法ではないのですね。本当に、知らない事だらけだ・・・」
「そりゃそうだ。世界が違う。あたしの世界に魔法は無いもん。何で回復出来たのか自分でわかってないからね? ガリ勉、まずは自分の世界から見てまわろうぜ?」
「・・・はい。そうですね!」
携帯は無事に帰るためのお守りにしよ。また鞄に入れた。
「さて、そろそろ出発したいんだけど~? あたし用の荷物は~? お金と地図と通行手形と動きやすい服と言葉に堪能な人ちょうだ~い。」
偉そうなオヤジがお待ち下さいとあたふたする。
「無いなら大道芸でもやって稼ぐからいいよ。じゃあガリ勉、ハンカチは次に会った時に別なの返すから、コレ貰うね。故郷の誰かにここで元気にやってるって言っておくから。」
「あ! 聖女様、今さらですがお名前を聞かせてもらえませんか? 僕はサイジョーです。名だけです。」
「そっか。あたしは原田薫。薫が名だよ。」
「カオル・・・不思議な響きです。後で必ず、追いつきますから!」
「ははっ! そん時は豚王子も連れて来なよ。あ、百人も連れてきたら追い返すからね。」
「はい! では、門まで送ります。」
「ありがと。じゃあ、一回りしてくるわ。皆、元気でね!」
白甲冑たちが手を振る向こうで豚王子が慌ててる。
「待ってるよー!」
そう言えば、豚王子は手を振った。とりあえず、その腰に巻きついてる父親をどうにかしろ。頑張れー。
そんじゃあ、行くか!