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2 男児であろうと

大和の国の都ともなれば夜以外は喧噪に包まれる。

日の出から半刻ほど過ぎた早朝でも、鶏の羽音、行き交う商人の掛け声、まな板を叩く音が飛び交い、目覚めを促す。

仏教寺院の本堂がある表の道には、昨今枕木がひかれ始めた。「欧米化」とやらの影響で、近々石炭を消費しない列車が通るようだ。

道路工事の職人も他と違わず朝は早い。

ゆえに


「うるさい・・・」


袴姿で竹刀を中段に構えたまま足が止まる。


本堂の裏通り。そこに一棟の道場があった。

門の構えはたいそう立派。対して中身の道場自体は清掃こそ行き届いているものの、けやき造りのその姿は朽ち果て、折れる寸前の一本の矢のように弱々しく建っている。

つい先日も近くの子供達によって、遅すぎる肝試しが開催されたところだ。もちろん家主の許可無しで。


ばりばりと地面を削る音と振動が、今にも道場を壊さんとするように襲い来る。


「うるさい・・・」


すっかり集中力を切らせ、3尺9寸の竹刀を下げる。


「あれ?もうおしまいなの、りゅー」


普段よりも張った声聞こえる。

背後。


「休憩をとってるお前に言われたくない、永遠(とわ)。あと俺の名前を略すな、龍生(りゅうい)だ」

「わかったよ、りゅー」


ため息をつきながらも龍生は竹刀を元の位置に戻し、永遠の元へ歩む。


ばきい!!


床が抜けた。


「あはは、間っ抜けでーい。昨日そこ抜けかけてるっていって大きく×印書いたのはだれよ」

「・・・」


無言で、はまった足を引き抜く。怪我はない。もちろん恥ずかしいが、恥ずかしながらの照れ隠しで無言なのだ。むしろ構われる方が泣く。羞恥心で泣いてしまう。


「・・・もうほとんど落とし穴だな、この家」

「改装した方が良いよ。確実に。命に関わりそうだもの」

「出来るものならしてる」


そんなに悠長に使える金はない。

龍生の父は3年前蒸発してしまった。母はもともと身体が丈夫では無かったので、父が消えて以来実家に帰ってしまっている。

残されたのはこの道場とある程度の財産。それと・・・


「りゅー。お茶でも飲む?」


一人の門徒。


「もらう」


魔法瓶とやらに入ったお茶が手渡される。良い気遣いだ。汗ばんだ額を袖でぬぐって受け取る。

仄かな茶葉の香りと湯気。


「・・・なぁ」

「なに?」

「・・・何でほんのり暖かいんだ」

「魔法瓶だもの」


魔法瓶:保温性の良い構造になっており、食品や飲料の保温が可能


「うそうそごめん。はいこれ」

「俺をからかってそんなに楽しいか・・・」

「楽しくないのにからかうことなんて、ある?」

「真顔で言うなよ」


齢16の子供が開く道場なぞ、たかが知れている。父親がいた頃には20近くいた門徒はただの一人にまで減ってしまった。

それに、龍生には剣の才が無いに等しい。事実上この道場で父の剣を教えられるのは永遠一人だ。

毎朝こうして訓練は積むが、それでも3年も竹刀を持っていないような人間がいる門をくぐらせるような親はいない。

もうこの道場はただの民家同然だ。生計は温情とも言える永遠からの月謝と、昼夜の「あるばいと」で成り立っている。


「この道場、閉めてもいいんだけどな・・・」


教鞭をとる立場にある永遠に月謝を払わせ、その上才能のない龍生の剣の修練につきあわせている。

そう考えると申し訳が立たない気持ちになるのだ。

改装するような金もなく、ただ二人の集会所に近い有様。これ以上門を開き続ける意味はあるのだろうか。


「でも、もったいないと思うな。りゅーは才能あるんだし、師範にも感謝してるし」


永遠の言う師範とは龍生の父親のことだ。

別に悪い人ではなかったが、特別優しくされた記憶もない。当時剣に一切の興味を示さなかった龍生からすれば、父の剣がどんなものだったのかすら間接的にしか知らない。

少なくとも日常生活では至って普通の親だったし、永遠が言うには剣においてもそれなりの人格だったのだろう。

だからこそ消えたのが不思議でならなかった。

金もしっかり置いていくあたり金銭的に切羽詰まった様子でもない。はじめこそ番屋やらの力を借りて探しては見たが、違和感を覚えるまでに情報が無かった。


「それに、この家しか住むところ、無いんでしょ?どうせ使うなら隅々まで使うべし」


いつもの会話。これで丸め込まれてしまう。


「お前がそういうなら」


変わらぬ締め方で話題が終わる。

閑話休題。


「そろそろ棚卸しにいかないとな・・・」


今日の「あるばいと」は呉服店の棚卸しと、ちり紙配布。

よっこいせと立ち上がり、床に気を配りながら端に置かれた着替えを手に取る。


「・・・」

「・・・」

「え?なに?どうしたの。着替えられない?一人で着替えられないの?着せてあげよか?」

「・・・俺向こうの部屋いく」

「わあ、悪かったよ。私が向こうで弁当包んでおくから、こっちでゆっくり着替えなって」


永遠は手をばたばたと振り制止を伝える。

すぐに立ち上がり歪んだ引き戸をこじ開け隣の部屋に消える。


しばらく見守り、扉前から気配が消えるのを感じ取ってから、龍生はそそくさと着替えを始めた。











「妹殿。今何時(なんどき)かな」

日出(にっしゅつ)の終わり。午前7時。弟様」


東の山から太陽が覗き、家の隅々まで光を通す。

伴うように街の雰囲気も暖かくなる。


「それにしても五月蠅いな。工事か」

「さあ」


袴の少女は愛想無く返事をする。大して興味がないのだろう。


「ふむ、枕木か・・・あれは噂に聞く「鉄道」だろうよ、妹殿」

「へえ」


本当に興味がないのだろう。

意識はそこら中を闊歩する猫に向いている。


一通り自らの持つ知識に現状を照らし合わせた少年は、何度も回しすぎてくたびれてしまった地図に再度目を落とす。

ちなみに彼は未だ女装している。


「俺たちにこんなにも地図を読む才能が無かったとは驚きだな」


しずしずと歩く着物の女性(男)と袴の女性の姿は人目を惹いているが、少年少女とも気にした様子はない。地図をくるくると回している。


「ここではない?弟様」


袴の少女の方が何かを見つける。

道場の門だ。


「『秋月道場』・・・あってるだろう。優秀だな妹殿」

「むふん」


実を言えばこの二人。晩に3度ここを通っている。


「いやあ予定より随分と遅れてしまったが何はともあれ」


くぐった門を後に、少年は道場の扉を滑らせると



そこには褌一丁になった男の姿があった。

齢は16、7だろう。身長はそれなりにある。



彼は二人の来客に気がつくと



「う、うわあああああああ」


見た目は女性が二人。その目の前で下着一枚。

叫ばずにはいられなかったようだ。


その叫び声を聞いて置くから女性が一人出てくる。


「な、なに、どうしたの!Gでた!?Gでたの!?」

「うわあああああああああああ」


それを見た男が更に絶叫する。


工事の音が遠のくほどの喧噪。

そんな中扉を開けた本人は


「きゃあああ」


一泊遅れて、身をくねらせながら可愛い悲鳴をあげた。


「弟様。楽しそうだね」


騒ぎは、ほぼ全裸の男が床を踏み抜き、そのまま軒下に落下するまで続いた。



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