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『塩尻峠に至る空白の六日間』         ”新しい道”より

 個人的には信玄の人生のハイライトと言える合戦ではないかと思うのですが、川中島ほど有名ではありません。信玄に詳しくなければ、知らない人のほうが多いのではないかと思います。「風林火山」の旗印を体現した戦いと豪語したいくらいです。

 結果的には勝利したため、逆に印象が薄くなっている感があります。もしこの合戦で負けたなら、こののち小笠原がたどったような没落の憂き目を見る、分水嶺と言えるいくさだったと思います。


 合戦の名前となった塩尻峠。実際には一キロほど南の勝弦峠(かつつるとうげ)で戦闘があったと推定されています。昔は境界線全体を塩尻峠と呼んでいたのかわかりませんが、紛らわしくなるため、塩尻峠の名でとおしました。


 この合戦で腑に落ちないのは、信玄の行動がにぶいことです。

 その理由は、信玄にとって危機的情況であったということもありますが、月の位置も関係していると考えました。夜間行軍するためには月明かりが助かるからです。塩尻峠ににじり寄る夜の三時ごろから明け方にかけて、旧暦十九日の月は天頂に輝き、大地を照らしてくれます。

 このいくさは絶対に負けられません。慎重な信玄が万全を期し、朝駈けのしかけ時を待っていたのだと私は思います。

 とはいえ、月が厚い雲に隠れてしまったら、ごり押しするしか策はないですけど。すくなくとも『高白斎記』に雨の記述はありません。


 月は、小説を盛りあげるための小道具として重宝します。世の中に出まわっている小説のなかには、月を描写するシーンを散見することができます。しかしながら、月の形と位置関係を理解されていないと思われる小説を見かけることがあります。私自身、小学三年生の理科で学んだときにはさっぱりわからず、テストでは適当に答えるしかなかったことを今さらながらおぼえています。

 歴史小説の場合、暦が旧暦なので日にちからおのずと、その日の月の形はもちろん、どの時間にどの位置にあるか一目瞭然で、誤りが露骨に現れます。

 例として、三日月は文字どおり旧暦三日の月であって、このような細い月は幻想ならともかく、深夜に見ることはできません。太陽に近い方向にあるからです。また、旧暦十五日前後以外の日に満月が出るなんて絶対にありえません。


 月の天空での動きは、太陽の動きより遅いために(一日に五十分弱)、すこしずつ太陽から離れては追いつかれ、周回遅れを繰り返している、と考えればわかりやすいでしょう。その周期が、昔の一ヶ月だったのです。


 余談ですが、ヒトの体内時計(サーカディアンリズム)が25時間という説も、月の見かけ上の公転周期によるものと考えれば、納得がいきます。なにせ潮の満ち引きで海水を引っ張り上げるのですから、人間だって月に引っ張られているわけです。影響がまったくないとは言えないと思います。


 月に着目すると、他の歴史上のできごとも検証することが可能です。

 一騎討ちで有名な第四回目の川中島合戦について。山本勘助が立案した奇襲戦法により、上杉軍の陣地である妻女山に別動隊を向かわせたのは永禄四年の九月九日の夜。翌朝には霧が立ちこめたことを考えれば、夜空は晴れて、冷え込んだ可能性は高い。そして、旧暦の九日は上弦の月。

 しかし、上弦の月は夜零時には姿を隠し、その後は暗闇。しかも、山中。か細い道。兵士八千人の命を危険にさらすことになります。信玄がそのような作戦を選択するでしょうか。私は思いません。

 つまり、きつつき戦法と命名された、上杉勢を挟み撃ちにする作戦はありえず、合戦の内容は『甲陽軍鑑』の記述とは違ったものになっていたはずです。

 一つ気がかりなのは、『甲陽軍鑑』が世に出たのは江戸時代であって、著者、読者ともども旧暦を使っていたことです。疑問に思わなかったのでしょうか。街灯やコンビニの明かりに慣れてしまった現代人とは感覚が違い、当時の人びとは月明かりや松明がなくても夜目がきいたというのでしょうか。この点が気になるところです。


 蛇足になりますが、馬の夜目は、親指の名残と言われています。進化の過程で、中指一本が足の下半分となり、爪が蹄となり、他の指は消えていったようです。

 また、文中の鹿の鳴き声については、イメージしづらいかと思います。この場合、警戒をうながす声で、しいて書けば「ピャッ」とか「キャッ」となりますが、人が口まねできる声ではありません。音の表現はひかえました。


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