8 剣を求めて、エスタ村へ
ラザフォード王国の北、山岳地帯の最奥。レイはグレンの言葉に従い、そこを目指していた。
「厚着してきたものの、やっぱり寒いな……」
平地では暖かいものの、北方の山奥ともなると、まだ雪が残っており、肌寒かった。
《真冬だと、寒いなどと言っていられないからな。まだマシだろう》
「そんなもんかね……」
寒いか、死ぬほど寒いか。その違いに今はあまり意味はなかった。少なくとも、レイにとっては。
「本当に、こんな所に人が住んでいるのかよ……」
二人がこんな山奥に来たのは、グレンが心当たりがあるという剣を探すためである。レイは知らないが、この先(道らしきものは無いが)には、とある集落があるという。
《滅んでいなければ、だがな。少なくとも、私が生きていた時は、『エスタ村』は存在していたんだ……》
どことなく、寂しそうにつぶやくグレン。たとえ集落が存在していても、グレンの知る者達は、一人もいないだろう。肉体を失っても、魂が残ったグレンとは違い、おそらく集落の人間達は亡くなっているであろうから……。
「とにかく、行ってみるしかない、か……」
《そうだな》
何となく暗い気分になりつつも、レイは歩みを進めた。
☆ ☆ ☆
しばらく歩き続けると、視界の先に集落らしきものが入った。
「あれがエスタ村、か?」
《少し外見が変わっているようだが……間違いないだろう》
どことなく慎重な雰囲気のグレン。
遠くから見た感じ、集落には人が住んでいるようである。どこかの家で薪でも燃やしているのか、煙が上がっている。
近づいていくと、集落から二人の人間がやって来るのが見えた。二十代半ばくらいの男女……金髪長身の男と、赤毛ショートカットの女だ。
「止まれ。ここに、何をしに来た?」
男が、そう言ってレイを止める。
警戒心露わといった感じである。そして、それは女も同様であった。
「グレン・ラザフォードが残した剣を求めて、やって来ました」
正直に言うのも『悪い未来』を引き寄せそうだが、適当な嘘をついて怪しまれたり、攻撃されるよりはマシだろう、というグレンとの事前の打ち合わせ通りに答えてみる。
内心ドキドキしながら相手の出方をみると……どうやら、駄目だったようだ。
「どこで聞いたか知らんが……村に入れる訳にはいかんな」
腰に下げていた剣を抜き、男が構える。女は武器を持っていないが、魔力的な力の高まりを感じる。
(剣士と魔術士の組み合わせか……これは、面倒臭い展開だな)
接近戦を剣士が、中遠距離を魔術士がカバーする連携は、こちらが一人では厄介すぎた。
さらに悪い条件として、レイには相手の実力や戦い方がわからない。レイを優位として、余程の実力差があれば話は別だが……そんな都合の良い話はないだろう。
《集落に先祖代々伝わる『技』が現在も伝わっているとすると、少々厄介だぞ》
「そういうことは、来る前に言って欲しかったかな……」
内心で呆れつつも、聞かなかった自分自身にも呆れる。失敗できないという状況下で、どうにも抜けているような気がする。
《鎧を展開しろ。用心するに越したことはない》
「その意見には賛成だね」
意識を集中し、鎧を呼び出す。ズシッとした重みがレイの身体にかかる。
「さっきから誰と話している! それにその鎧……我々と戦う気か?」
女の方が、ピリピリとした感じでレイを指差しながら問う。
「戦う気がなくても、どうせ通してはくれないでしょ?」
「「当たり前だ!」」
仲良く声を揃えながら男女は叫ぶ。
「バーナード流の後継者として、この先へは進ませんぞ!」
男が、空間を縮めたかと思うような速さでレイとの間合いを詰める。振り下ろされる剣を、レイも剣を抜いて迎撃するが、弾かれてしまう。
慌てて距離を取ると、すぐに間合いを詰められる。
《奴の言う『バーナード流』が私の知るものと同一であれば、その基本は足さばきから成る高速の動き。簡単には逃げ切れんぞ》
「だから、そういうのは早く言ってくれ!」
「誰と喋っているんだ、貴様は!」
グレンにツッコむと、何故か男が怒る。レイは「ああ、もう! 何なんだよ!」と、少々イライラし始めていた。
「剣術じゃ敵わないけど、こっちには『王者の鎧』があるんだ、ちょっとやそっとの攻撃では――」
《鎧にも隙間はあるんだ、そこを突かれたら、無事では済まんぞ?》
「人の前向きな気持ちをへし折らないでくれるかな?!」
だが、鎧に頼って無防備に突進するのが得策ではないことくらい、レイにも分かっていた。剣術もそうだが、レイと男では武器にも差があった。どの程度、という見極めはレイには出来なかったが、それでも自分が手にしている安物とは大違いの業物であろうことは、見間違える筈もなかった。
(魔術士がまだ支援してこないのが、『地獄の業火の中での水』って感じだな。この勢いに魔術なんか足されたら、さすがに堪えきれない)
どうにか男の剣を捌きながら耐えているが、徐々に捌き切れない攻撃が増え始めている。このままでは、完全に捌ききれなくなるのも『日が昇るがごとく当然の事』と言えた。
《距離をとらない方が、魔術士の攻撃を受けないで済みそうだが……地獄と地獄、どちらを選ぶといった感じだな》
「誰だ? どこから声がした!」
「しばらく黙っていてくれグレン!」
男がグレンの声を聞き取ったらしく、警戒する。状況は、ますますややこしい事になっていた。
(少しくらいは楽させてくれたって良いじゃないか、神様とかそんな感じの存在さん!)
心のなかで愚痴ってみるも、それで状況が改善する筈もなく。レイは徐々に押されていく中で、焦り始めていた。
相手の反応を見る限り、ここに目的のものがあるのは間違い無さそうだ。目の前にあるのに……状況を打開するための駒が、ひとつそこにあるのに……!
「邪魔を……するなっ!」
「ぬぅっ?!」
守りを捨て、攻める。実力差からいって、それで状況が打開できる訳ではなかったが、それでも油断し始めていた相手の動揺を誘うことくらいは出来たようだった。
「やらなきゃならないことが……たくさん残っているんだ!」
「貴様の事情など……知るものか!」
剣を弾かれ、距離をとられる。
「しまっ……!」
次の瞬間、レイを炎が包み込んだ。
やられた、そう思ったレイだったが、不思議とダメージは軽微だった。
《鎧の加護だ。この程度なら、多少火傷するくらいで済むだろう》
よく見ると、レイの身体がぼんやりと光りを放っている。これが『加護』が発動した、ということなのだろうか?
「……だったら、攻めるまでだ!」
炎を振り切り、男に接近する。驚愕している男に一撃入れようと剣を振り上げる。
「そこまでだっ!」
何者かの声に、レイは剣を止めた。
「まずは非礼を詫びよう。詫びて済むというものでもないが」
声の主は村の入口に立っていた。
真紅の長髪、そして同じく真紅の衣を纏った、ガッシリとした体格の男。三十代半ばか、それよりも若いのだろうか……かなりの長身で、その雰囲気はどこか、人間離れしたものをレイに感じさせた。
「久しい奴の『魂』を感じてやってきてみれば……随分と姿を変えたな、グレンよ」
《……さすがに、アンタは生きていたか》
会話についていけないレイ。その戸惑いを感じたのか、真紅の男は苦笑しながら「なんだ、私のことは話していないのか?」と、おそらくグレンに向けて言った。
《……彼は、炎龍王ヴァリス。今は人の姿をしているが、何千年も生きている龍族だ》
「そして、グレン・バーナードの古き友人さ」
「グレン……バーナード?」
そこで、胸元を見るレイ。
《……バーナードは、旧姓だ。婿養子だからな、ラザフォードは妻の――ユリアの姓だ》
「あぁ……そういえば、覇王は旅の仲間であった王女と恋に落ち、結婚したんだっけか」
子供向けの物語なんて、そんな細かい事情はあまり触れていない。グレン・ラザフォードは英雄グレンとして語られるし、子供にとってはそれで十分だった。だから、幼い頃のレイも、グレンが婿養子であるなんてことは、頭になかったのだ。
「ヴァリス様、その者達を村に入れるのですか?」
先程の男が、ヴァリスに対して異議を唱える。後ろに控える女も、どうやら同じ考えらしい。
「セシル、リゼル。こちらは私の古き友人の連れだ。つまり、私の客人だよ」
「しかし!」
「セシル……村を守りたいというお前の気持ちは素晴らしいものだが、冷静さを欠いてはならんよ。もしも彼が君達を遥かに凌駕する力を持ち、お前の態度に激高してしまったら……お前だけではなく、村まで危険に晒したのかもしれないのだぞ?」
ヴァリスにそう言われ、セシルと呼ばれた男は口をつぐんだ。
女、リゼルも何か言いたそうだったが、不満気に俯くだけだった。
「立ち話もなんだ、私の家に案内しよう。グレンが来たと知れば、カミラも喜ぶだろう」
《レイ、せっかくのお誘いだ。遠慮せずにお邪魔しようじゃないか》
なんとなく含みの有りそうなグレンの言い方だったが、とりあえず村に入れるのであれば、レイには拒否するという選択肢はなかった。
「そうだね、ここで無意味に戦うよりはそっちの方が僕も良いや」
セシルが睨んでくるが、ヴァリスの招待である以上、何も言えないだろう。無視して剣を鞘に収め、鎧を封印してヴァリスの案内に従うことにした。
《とりあえず、村は残っていたし、話のわかる奴も生き残っていた。出だしは上々だな》
「余計な戦いを強いられたのは忘れる方向なのね……」
グレンに多少、愚痴を言いたい気分のレイだった。
《ま、ヴァリスの家に着いたら、もっと大変だろうからな。覚悟しておけよ?》
「まだ何かあるのかよ……」
不安を抱えつつ、何やら楽しそうに笑っているヴァリスの後を歩くレイであった。