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英雄になれと言われても?  作者: 織田寿一
第一部 英雄になれと言われても?
7/24

7 不安、そして足りないもの

「レドリック家から打診……? いや、特に来ていないが……」


 真夜中の逃走の翌々日、エヴァンス家を尋ねたレイがローレンツに聞いてみたところ、聞けた返事は予想とは異なるものだった。


《その場をしのぎ、あとは自分の身を守るために手を打つ……といったところか?》

「冷静に分析しないでくれ……」


 頭が痛い。状況は何も変わっていない……いや、警戒された分、悪化したと言える。


「レイ君、今の声は……?」


 姿の見えぬレイの『相棒』の声に、ローレンツはキョロキョロと辺りを見ていた。


「あぁ……今の声は、コイツですよ」


 胸元のペンダントを掲げ、《コイツとはなんだ、コイツとは》というグレンの声を聞き流す。


「喋るペンダント……? いや、通信用魔道具か?」

「前者で合っていますよ。コイツは喋るペンダントです」

《酷い扱いだ》


 抗議を聞き流し、「まぁ、そんなことはどうでも良いんです」と話を進める。


「レドリック家が『忠告』を無視したとなると、さすがに実力行使しか残されてはいない感じですね……リスクがありすぎて、あまりやりたくはありませんでしたが」


 そう言って肩をすくめると、ローレンツは「危ない真似はやめてくれ」と頭を抱えていた。


「君にもしものことがあったら、私はケインに顔向け出来ない」

「大丈夫ですよ、今は頼れる『相棒』がいるので」

《煽てたって、何も出んぞ》


 二人(?)のやりとりに、ローレンツは不安げな顔をしている。


(ま、無理もないか)


 突然現れた(?)謎の喋るペンダント。それを『相棒』と言い出す、若い底辺冒険者。これで不安にならないというのは、ちょっと楽天的すぎるだろう。


「まだ打つ手はあります。僕は諦めませんよ」

「……くれぐれも、無茶はしないでくれよ……」


 心配そうなローレンツ。最後まで、彼の表情が晴れることはなかった。



☆ ☆ ☆



《尾行されているな》


 エヴァンス家を出てすぐ、何者かがレイの後をつけ始めた。


「あ、気のせいじゃないのか」

《気が付いていたのなら、及第点だ。ギリギリだがね……。このまま撒くか、それとも叩き伏せるか……》

「どちらも、上手い手とは言えないかなぁ……」


 撒けば怪しまれ、叩き伏せても警戒される恐れがある。今、不用意にそういうリスクは冒したくなかった。


《消えてもらうか?》

「サラッと物騒なことを言うなよ……」

《まぁ、半分冗談だ。それに、そう簡単にはいかなそうだ》


 半分なのか。

 しかし、このままにできないのは確かだ。何かしらの手を打つべきではあるのだが……。


「きゃー、ちかーん……なんてのは、駄目だよなぁ……」

《……君との付き合いを考え直したくなってきたぞ》

「冗談だよ、冗談」


 こういう場合はどうするか? ギルバートのことを思い出しながら考える。彼なら――。


「あの~、何か用ですか?」


 振り返り、声をかける。そこには黒い礼服に身を包んだ、青い髪の青年が立っていた。

 声をかけられた青年は驚いたようだが、すぐに動揺を隠すと咳払いをして「君はエヴァンス家の関係者なのかな?」と尋ねてきた。


「そうですが……どちら様で?」

「レドリック家使用人、ジーク・シュニッツァーだ。主の命により、エヴァンス家の護衛に就いている」


 名乗らないだろうと思っていたら、あっさり白状したことに驚く。


「使用人が護衛、ね……しかも、レドリック家の命令で?」

「これでも色々な戦闘術を身に付けていてね……君にも、負ける気はしないよ」


 挑発、か? しかし、レイが勝てない相手など両手の指で足りない(正確に言えば、勝てる相手を探す方が困難)ので、いちいちそれで頭にくることはない。


「安っぽい挑発は、品格を下げると思うけどね」

「ははは、これは一本取られたかな?」


 笑うジーク。しかし、その雰囲気は和やかなものというよりは、触れると切れそうな刃物のように感じられる。


《此奴、侮れんな……》


 小声でグレンがそう呟く。グレンがそう言うのであれば、レイが感じるこの印象は、間違ってはいないということだろうか。


「それで、その有能な使用人の方が、何の御用で?」

「いやなに、エヴァンス家に『蟲』が侵入していないか、我が主は心配されていてね。出入りする人々を私と何人かでチェックしているんだよ」

「……それで、僕は『蟲』でしたか?」


 そう聞くと、ジークは寒気がするような、不思議な印象をレイに与える笑みを浮かべた。


「さあ……どうだろうね? 君自身は、どう思うかな?」


 こいつは、危険だ――レイの直感が、そう告げている。


《レイ、ここは前向きな撤退を推奨する》

「そうしようか」


 背後を見せるのが怖い……そのまま、じりじりと後退していく。


「それでは、僕は用事があるので失礼しますよ。お仕事頑張ってください」

「ふふふ……良い資質を持っていそうだ、君は。個人的に興味が湧いてきたよ。出来れば『味見』をしたいところだけど……そうすると、私が怒られてしまうからね」


 そう言いながら、ジークは背を向けた。


「君という果実が熟す日を、楽しみにしているよ。『余計なこと』をして、熟す前に刈り取られないように気を付けてくれ。そうなってしまっては、とても残念だからね」

「……忠告、一応聞いておきますよ」

「そうすると良い」


 クック……と微かに笑い、ジークは去って行った。


《……妙な男だ。だが、かなりの力を隠しているに違いない。……奴は、危険だ》

「このまま行けば、きっと戦うことになる……厄介な相手だね」

《厄介、で済めば良いがな……おそらく、君の言うとおり避けられぬ相手だと思うが……なるべくなら、避けたいところだな》


 グレンにそう言わせるほどの相手なのか。レイには、そこまで感じ取ることは出来なかった。


 またひとつ増えた困難に、レイはそっとため息をついた。

 レイ達の戦いは、まだ始まってすらいないのかもしれない……。



☆ ☆ ☆



 下宿に戻ると、レイとグレンは今後について話をした。そこでグレンが指摘したのは、レイの武器についてであった。


 大きな力、『王者の鎧』を手に入れたのは良いが、今のレイには肝心なものがいくつか欠けていた。己自身の強さと、『王者の鎧』の力に耐えうる『武器』である。


《私が使っていた剣は、『最後の瞬間』に折れてしまったが……誰かが直している可能性はある。もしも『王者の鎧』の力を引き出し、完全に掌握出来た時には並みの武器では耐えられんからな……私が使っていた剣、『覇王剣』に匹敵するものでなければ、使い物にならないだろう》

「『覇王剣』、ね……たしか、修復が出来なかったとかで、遺体と共に葬られたとか伝わっているけど……」

《それが事実なら、少々苦しいな……あれほどの武器は、そう簡単にはみつけられないだろう》


 レイ自身が強くなることが大前提ではあるが、『王者の鎧』を使いこなせたところで、その力に耐えられる武器がないのでは、その力を十分に活かすことが出来ない。レイが持つ安物の剣では、一撃で粉砕されてしまうだろう、というのがグレンの見立てだった。


「伝説の名工が鍛え上げた、伝説の剣に匹敵する武器、ね……そんなの、物語で語り継がれているような聖剣とかじゃないかぎり、存在しないんじゃないかね……」

《……かもしれん。しかし、せめてそれに限りなく近いものを用意できなければ、君が『英雄』になることは不可能だろう》

「英雄、ね……」


 クリスを救うために、英雄になってやると意気込んでみたものの、それがほとんど不可能に近いものであることは理解していた。誰にだって出来ることではないことを実現するからこそ、『英雄』は『英雄』と呼ばれるのだ。

 今のレイには、大切な者を守ることすら、危うい。


「……まぁ、こっちは世界を救おうってんじゃないんだ、目の前の『腹黒商人』さえ何とか出来れば、とりあえずは万々歳、だ」

《それはそうだが……最大限、出来る準備はしておくべきだ。相手がどうであれ、な》

「それは経験からくる助言かい?」

《そんなものだ》


 かつて『英雄』と呼ばれた男の魂であるならば、その言葉を信じないのは愚かだろう。

 何故、ペンダントにその魂を宿しているかは定かではないし、グレンも語ろうとはしない。それでも、レイは不思議とグレンという存在を前向きに肯定し始めていた。形だけではなく、本当の『相棒』になれる……そんな予感があった。


「武器はとりあえず今手に入る最高のもの、ということで。その先については、追々何とかしよう」

《『慌てても鷹は落とせぬ』、だな》

「よく知ってるね、そんな言葉」

《これでも文学少年だったんだ》


 グレンの言葉に、何となく『覇王』のイメージがぐらついた。伝え聞くグレン・ラザフォードの印象と言えば、冷静で強い、武人として究極の高みへと上り詰めた『英雄』というもので、『文学少年』という言葉が似合いそうな逸話は聞いたことが無かった。


「戦での活躍くらいしか、目立って伝わっていないんだな」

《何とも残念な事実だ。まあ、私は友人が少なかったからな……》


 どこか寂しげな声のグレン。……本当に『覇王』なのかな? と、少し疑問に思う。


《それはともかく、荒らされていなければ一振り、『覇王剣』ほどではないが、業物が眠っている場所に心当たりがある。それを手に入れよう》

「何処にあるのさ?」


 レイの言葉に、グレンはしばし黙る。やがて、ため息らしきものの後に、グレンはその場所を話した。


《……グレン・ラザフォードの生まれた家――つまり、私の実家だよ》

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