6 レドリック家、侵入
《これで事前準備は完了、だな》
「最悪の気分だ……」
とある街外れの路地裏。そこでレイは手に入れた装備品を確認していた。
近場では足がつく危険性が高かったため、わざわざ遠出して白い仮面を買い、それに適当な装飾(という名のいいかげんな塗装)を施し、それを着けて鎧その他を集めた。
装備は揃ったものの、仮面の男ということで怪しまれたのは言うまでもない。
《落ち込んでいる暇はないぞ。レドリック家の大体の間取りと、警備状況を調べなければ。無策で飛び込むのは、さすがにリスクが高いからな》
「ようやくまともな意見を聞けたような気がするよ……」
《? 私はまともなことしか言っているつもりはないのだが……》
本気か冗談かわからず、レイはそれ以上何も言わないでおくことにした。
さすがに間取りを手に入れることは出来なかったが、遠目から屋敷を確認し、そこから大体の構造を推察することになった。
首都郊外に大きな屋敷を構えているレドリック家。近所にはポツポツと大きめの屋敷が立っているが、その中でもレドリック家の屋敷はかなり大きめであると言えた。
なんとなく下品に感じる屋敷を眺めつつ、ついでにこの下見で大体の警備状況を把握することになった。
《正門に二人、敷地内に四人か。……屋敷内に何人いるかだが、気配を消している者を除けば、それなりの実力者が五人といったところか》
「よくわかるな……」
《それなりの実力者なら気配を消すこともできるが、それ以外は漏れ出ている闘気や魔力でわかるからな。さすがに実力者が本気で気配を隠していたら、我にも察知は出来ん》
実力者は、そういったことを感知する力があるというが、グレンも(ペンダントではあるが)そのひとり(?)のようだ。
「僕にはわからないや……」
《ちゃんと鍛え直せば、可能性はあるさ。というか、お前さんにはもっと強くなってもらわないとな》
期待なのか、何なのか。……しかし、強くなれば誰か――クリスを守ることが出来る。強くなるというのは、レイ自身の願いでもあった。
「『鎧』に負けないように、鍛えないとね」
《その意気だ》
レドリック家の、大まかな状況は確認できた。あとは、どのように、いつ決行するか、だ。
《決行は今夜、闇に紛れての奇襲といこう》
「物凄く悪役じみた奇襲になりそうだなぁ……」
幼少の頃、英雄モノの本を読んでいたレイには少々、後ろめたい気持ちになる奇襲だ。
《絶対の正義を語るよりは、『悪を食らう悪』を気取った方が、マシだと思うがね。それとも、やはり『正義の仮面騎士』の方が良いのか?》
「やめてくれ」
ため息をつき、諦める。
決行は、今夜。これで全てが解決すれば良し。しなければ……その時は、どうするべきか?
☆ ☆ ☆
《警備は昼間とあまり変わらんな。入れ替わりがあるものの、実力的にはほとんど同じだろう》
「勝てると思うかい?」
抱いている不安をぶつけると、グレンは《勝つ必要はないさ》と『苦笑して』いた。
《目的は、カイル・レドリックに対し、エヴァンス家から手を引くように『説得』することだ。無用な戦闘は、むしろ割けるべきだ》
「そりゃ、そうだけど……」
そうじゃない、と思いながら口にすると、グレンは《まぁ、お前さんから感じる力が真に発揮されれば、ここの警備程度は何とかなると思うがな》と言われる。
《足りない部分も多々あるとは思うが、それでもそれなりの力はあるんじゃないか? そうでなければ、我の見る目が無いということになる。それだけだ》
どことなく『苦笑』しながら言われたような気がするが、追求はやめておく。
「まぁ、その話はもういいや。……どうやって攻める?」
《正面突破はさすがに手間が掛かり過ぎる。警備の薄いところから侵入し、屋内へと踏み込もう》
「それじゃあ、察知するのは任せたよ、『相棒』」
《任せろ》
グレンの指示で屋敷側面の塀から侵入し、一気に屋敷の壁まで走る。警備は気がついていない。
「ここからどうする?」
《そこの窓から入れないか?》
小声でやりとりをし、近くにあった窓に手をかけると、スムーズに開いたので一気に侵入。屋敷内に入ることが出来た。
「スムーズ過ぎて、逆に不安だな……」
《警戒はするさ。とりあえず、メイドあたりを捕まえて、カイルの居場所を聞き出したいな。そこの角をもうすぐ通過するだろう気配がひとつあるから、それを捕まえてみよう》
「大丈夫かなぁ……」
《我を信じろ》
疑っていても仕方ない。言われた通り、角で待ち伏せをして、現れたメイド(メイドで助かった)の口をふさぎ、「声を出すな」と、少々低い声で『脅し』た。
まだ若い(十三、四?)焦げ茶髪のメイドは、涙目になりながらレイに従った。
グレンの誘導で空き部屋(?)に入り、「手荒な真似をしてすまない」と一言詫びた。
「俺は、カイル・レドリックの悪事を止めるためにやってきた者だ。カイル・レドリックはどこにいる?」
仮面だけでは何か不安だったので、声音と口調を変えてみる。安易な気もしたが。
「こ、殺さないで……」
「誰も殺しはしないさ。ちょっと、話を聞いてもらうだけだ。……で、奴はどこにいる?」
顎を掴んで顔を上げさせると、「ひっ……!」と怯えられる。……そうするようにしているのだが、実際怯えられると何か心が痛い。
「ご、御当主様はお部屋でお休み中です……」
「部屋は?」
「二階の、東の突き当りです……」
涙目でそう教えてくれたメイドに「怖がらせて悪かったな」と詫び、「君は何も見なかった。良いね?」と告げると、メイドは慌てたように首を縦に振った。
メイドを残して部屋を出ると、すぐに二階への階段を探す。警備の人間と鉢合わせしそうになると、グレンの誘導で隠れたりして、どうにか二階へ上がることが出来た。
《東というと、向こうか》
「だろうね」
通路の角、物陰から伺うと、そこには警備に守られた部屋があった。
「これは……正面突破?」
《それは避けたいところだな……仕方ない、空き部屋から外に出て、窓から侵入しよう》
「うへぇ……」
警備を避けながら最短ルートで出られそうな空き部屋を探し、その部屋の窓から外に出る。風が強くないのが幸いだが、下手をすると落下、警備に見つかるなどのリスクは高い。
「バルコニー伝いで行くしかないか……ちょっと離れているけれど」
《あまり大きな音を立てると見つかるからな》
「わかってるよ」
手すりに登り、ジャンプ。少し音を立ててしまったが、見つかった気配は無い。
同じことを繰り返し、四つ離れた部屋へたどり着く。位置的には東の最奥の部屋だ。
中を伺うと、趣味の悪い天蓋付きベッドに誰かが眠っていた。
「それじゃ、侵入しますかね……」
扉を開け、部屋へと侵入する。気がついた気配はない。
ゆっくりと近付き、剣(特価、処分品)を抜く。ベッドの側に来ると、剣を首のあたりに近付けた。
ベッド際の蝋燭に照らされ、顔が見える。パッと見は美男子の優男が、そこにいた。
「カイル・レドリック」
声をかけると、眠りが浅かったのか目を開ける。声を上げそうになったので口をふさぎ、剣を首筋に当てる。
「騒げば殺す」
そう告げると、カイルは黙った。
「今日来たのは、何もお前を殺すためではない。ちょっとした忠告だ」
レイ(仮面の怪しい男)の言葉に、カイルは怯えながら「何のことだ?」という顔でレイを見ていた。
「アンタ、エヴァンス家に余計なことをしたよな? あれで困ったことになった人がいてね……すぐにやめてもらえると、俺も依頼主も……そしてアンタも幸せになれるんだが?」
カイルは、最初キョトンとしていたが、話を飲み込んだのか、怯えつつもレイを睨み、首を縦に振ろうとはしなかった。
「それは、拒否の意思表示と受け取って良いのかな?」
カイルは、睨んだままだった。
「そうか……じゃあ、アンタには死んでもらうしかないか」
首筋に当てた剣を、ゆっくりと引く。ツーっと血が溢れ、カイルからは「ひっ……!」という怯えた声が漏れる。
「コイツは安物でな……切れ味が悪いから、一瞬で死ぬなんてことは出来無さそうだ。残念だったな」
ゆっくり、ゆっくりと剣を引く。
明かりに照らされたカイルの表情が、徐々に青ざめていく。
「む、む~っ!」
口をふさがれ、くぐもった声になるが、カイルが何かを叫んでいる。
「命乞いは聞けないな。アンタが生き残る道はただひとつ、エヴァンス家への手出しをやめること。それだけだ」
「むむった! もむももむもも!」
やめてくれ、と言ったような気がするので、剣を止める。カイルは涙目になっていた。
「わかってくれたのかな?」
カイルは首を縦にブンブンと振った。
「アンタが賢くて良かったよ。これでアンタを殺さなくて済む。ただ……」
首筋から離した剣を、両手で持って枕元、カイルの左頬そばに突き立てる。
「約束を破ったら、殺すよ?」
カイルは「はひぃ……!」と声を漏らすと、白目をむいてしまった。
《気絶したようだな》
「だな」
剣を鞘にしまうと、レイは再びバルコニーに出る。
「足が折れませんように!」
背後で扉が開く音を聞きつつ、レイはバルコニーから階下へと飛び降りる。それなりの高さがあったが、どうにか着地して走りだす。
《頑丈で良かったな》
「それだけが取り柄みたいなところがあるからな!」
そんなことを言いつつ、レイは全力で屋敷から逃げ出した。
追っ手はしつこかったが、明け方にはどうにか逃げ切ることが出来た。
「こんなのは、もう懲り懲りだ!」