5 相棒
「――?」
気がつけば、そこは洞窟の中。――そうだ、ギルバートに言われてやってきたのだ。
「今のは、幻……?」
長い、とても長い夢でも見ていたような……そんな感覚だった。しかし、それにしても『生々しい』夢だったような気がする。
《どうした少年、『愚かな男の人生』でも垣間見たか?》
その声は、胸元から聞こえた。レイが自らの胸元をみると、そこにはペンダント――『グレン』があった。
《正直なところ、君自身から感じる『力』は、そう強いものではない。だが……その心と、将来性に私は賭けてみたいと思う。よろしく頼むぞ、『相棒』よ》
「そんな簡単で良いのかよ……」
あのギルバートですら選ばれなかったと、グレン自身がそう言っていた。なのに、たったあれだけの会話で、グレンはレイを選ぶという。
(化かされているのか……?)
そんなことを思わず考えてしまう。
《あらためて、自己紹介しよう。私はグレン。『王者の鎧』と共に在る、亡霊とでも言っておこう》
なんとなく、笑っているような雰囲気がある。……今のは冗談だったのか?
「レイ・ガーラント。冒険者をやっている」
《レイ……ふむ、なかなか良い響きの名前だ。よろしく頼むぞ、レイ》
気楽な感じで言われる。
色々気になることはあるが、まずは最大の疑問をぶつけてみる。
「ところで、『王者の鎧』って言っていたけど、どこにあるんだ?」
《まずはそこが気になるか。……まぁ、仕方ないといえば、しかたないのか?》
そう言ってグレンは『笑った』。
《ペンダントに念じよ。『我が鎧よ、その姿を現せ』とな》
このペンダントが魔道具、ということなのだろうか。魔道具の中にはアクセサリーのような姿をしていて、使用すると武具へと姿を変えるものがあると、聞いたことがある。
(えーと、『我が鎧よ、その姿を現せ』)
ペンダントから、光が溢れる。次の瞬間、レイは身体に重さを感じた。
レイの身体を、白く輝く鎧が包んでいた。
「これが……『王者の鎧』?」
重い。鋼の重さとは異なる、何と言えば良いのか……『何かを抱えてしまった』重みをレイは感じていた。
《まだ『鎧』に振り回されているか……なに、すぐに慣れるさ》
鎧の胸元、輝く宝玉からグレンの『声』は聞こえるようだった。
「こんな状態では、戦いたくはないな」
正直な感想だ。『王者の鎧』は様々な加護を受けていると聞いたことがあるが、それらがまともに機能したところで、これでは棒立ちに近い状態になり、加護の恩恵を帳消しにしかねない。
《『王者の鎧』は普通の鎧ではない。明確な意志と力が無ければ、ただの重い鎧だ。この鎧を使いこなせたら、お前さんも英雄の仲間入りが出来るだろうさ》
「使いこなせたら、ね……」
使いこなせなければならない。それも、短時間で。
《鎧は普段、宝玉の中に封印されている。元に戻したければ、『我が鎧よ、戻れ』と念じれば、再度封印される。鎧には自己修復機能があるが、封印中の方が自己修復は早いからな、忘れないでおいてくれ》
言われて、とりあえず『我が鎧よ、戻れ』と念じる。再び輝きに包まれた後、鎧は姿を消していた。
「なんだか、変な感じだ」
《まぁ、『王者の鎧』のような鎧は珍しいからな。慣れるしかない》
「そんなものかね……」
伝説として語り継がれる鎧を、こんなあっさりと手にしてしまったことで、どうにも現実感が薄かった。
《レイ、君が善き英雄になることを願うよ》
そう言って、グレンは笑ったようだった。
☆ ☆ ☆
洞窟を出て、貸しボートに苦戦しながら上がり、岸に着いてボートを返す。ボートを借りた土産物屋は「あれまあ、落ちちゃったんですか?」と心配してくれたが、大丈夫だと言い張ってその場を去る。
濡れた服が気持ち悪いので、とりあえず上着だけでも絞って乾かそうと、グレン湖を眺めながら風に当たる。
《景色はあまり変わらないな……土産物屋はなかったとは思うが》
ここの土産物屋が立ったのは、たしか六十年くらい前か。百年以上前の人間であれば、知らないのは当然かもしれない。……もっとも、グレンが『覇王』グレン・ラザフォード本人であれば、という話ではあるが。
「観光地になったのは六十年くらい前だからなぁ。ここも、元々はグレン湖ではなくて別の名前だったというし」
《グレン湖……今は、そう呼ばれているのか……》
何かありそうな雰囲気の喋り方だったが、グレンはそれ以上何も語らなかった。
(まぁ、グレン・ラザフォード最後の瞬間がここ、グレン湖だという話だし、何かあるんだろうな)
そう思いつつ、レイは自分がグレンをグレン・ラザフォードと認めるような思考になっていたことに苦笑した。
《? どうかしたのか?》
「いや……何でもないさ」
今日は比較的暖かい。乾かしていた上着も、どうにか着られる程度には乾いていた。
「それじゃあ、とりあえず部屋に戻るか。落ち着いて、これからのことを考えたい」
《『急いて馬車に乗り、荷を忘れる』と言うからな。落ち着いて物事を考えるのは大事なことだ》
グレンの了承(?)も得られたので、レイは下宿へと足を向けた。
☆ ☆ ☆
「さて、とりあえず状況を再確認しようか」
下宿に戻り、着替えたレイはテーブルの上に置いたグレンを相手に、『会議』を始めた。
《レイ、君の『惚れた女』を守るために、力が必要だと言っていたな?》
「あらためて言われると、ものすごく恥ずかしいな……。まぁ、その通りだよ」
レイはあらためて『相棒』、グレンに今の状況を説明した。
「――という訳で、奴らの企みを暴くか、力により止めるか、という状況な訳だ」
《心地良い話ではないな……。とりあえず、そのレドリックという男の企みを阻止し、クリスティーナ嬢を守ることが、君の最優先事項ということか》
「そうなるね」
《面倒な状況ではあるが、わかりやすい結論ではある》
グレンはそう言って『笑う』。
《企みを暴く、というのは時間が足りないだろう。そうであれば、力で押し切り、レドリックに自爆してもらうのが一番だろう》
「自爆……? どうやって?」
グレンは《ふふん》と笑う。
《小細工に頼る者というのは、その小細工が通用しない者を恐れるものだ。追いつめて、自らボロを出させる。それで決着だろう》
「そんなに簡単にいくものかね……」
《そうやっていくつもの戦に勝ってきたのだ。信用してもらいたいものだ》
そうは言うものの、ペンダントになっている『誰か』を信用するのは、簡単なことではないだろう。
「まぁ、今はアンタしか頼れないしな……『海で丸太にしがみつく』つもりで頑張るよ」
《何気に失敬なことを言うな、君は》
そうは言いつつも、グレンはさほど気にしている様子はなかった。
《まずは、正体を隠してレドリック家を襲撃、脅しをかけるところからだな》
「偉そうに言ったわりに、随分と大胆で酷い作戦だな!」
《大胆さと繊細さ、そのふたつが重要なのだよ》
「繊細さの欠片もない提案に思えるけどね……」
しかし、ここまできたら、ある程度の『大胆さ』は必要なのかもしれない。
《君につながらないように、装備を準備する必要があるな。仮面などもあると良い。大胆不敵にいこうではないか》
「他人事だと思って、楽しんでないか?」
《まさか》
何となくグレンは真剣に考えつつも、状況を楽しんでいるような気がする。と言うよりも、レイで遊ぼうとしているような……そんな気がしてくる。
「買ったまま、まだ使っていない服と……皮鎧は処分品を探すか」
《まずは仮面だな。既製品を購入し、適当にアレンジすれば良いだろう。それを着けて買い出しをすれば、正体は不明だ》
「怪しい奴がいるって、騒ぎにはなるだろうな……」
それを考えると、少々頭が痛い。正体は隠せるかもしれないが、目立ち過ぎる。
《正義の仮面騎士、とでも洒落込もうではないか》
「絶対、楽しんでるだろアンタ」
しかし、短期間で何もかも準備するには、この手しかないように思える。不本意ではあるが。
(ギルド経由で手配すれば記録が残るし、こっそり手配できるような伝手は無い……グレンの案でやるしかないか)
どうにも納得したくない案ではあるが、今はこだわっている場合ではない。
「わかった、それじゃあ、その案でいこうか」
《仮面騎士になるのか?》
「そうじゃないことぐらい、わかるだろうが!」
疲れる。
今になって、レイはとんでもないものを掴んでしまったのかもしれないと、ちょっぴり後悔し始めていた。
《冗談だよ、冗談。はっはっは》
「これからが不安だよ……」
頭を抱える。しかし、今頼れるのはグレンだけだ。
「もう、僕にはアンタしか頼れる存在はない。頼むよ、『相棒』」
気持ちを切り替えてそう言うと、グレンは《ふむ……》と少し、雰囲気を変えた……ような気がした。
《こちらこそよろしく頼むよ、我が初めての『相棒』よ》
こうして、レイはグレンという『相棒』を得ることになった。
2015/08/20 02:20修正
自己修復は早いからから
→自己修復は早いから
六十年くらい前だからなぁ、ここも、元々は~
→六十年くらい前だからなぁ。ここも、元々は~
グレンは「ふふん」と笑う。
→グレンは《ふふん》と笑う。
グレンは「ふむ……」と少し、雰囲気を変えた……
→グレンは《ふむ……》と少し、雰囲気を変えた……
筆者:ちょっとチェックが雑でした。