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英雄になれと言われても?  作者: 織田寿一
第一部 英雄になれと言われても?
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4 孤独なる英雄の残滓

 玉座の間。ようやく見慣れたその景色に、心の中でため息をつく。


(別に、こんな景色が見たかった訳じゃ、ないんだけどな……)


 己の心中を知る者は、今この場には一人もいない。旅を共にしてきた妻は、今は出産に備えており、この場にはいない。


(孤独……いや、俺にはユリアがいるじゃないか)


 そう思うが、それでも心の中にある『孤独感』は消えない。理屈でも何でもない、本能的に感じる『孤独感』に、どうしてこうなってしまったのだろうかと、再びため息をつく。

 今度は、実際にため息をついてしまったようで、側にいた大臣の一人が「如何なされましたか?」と声をかけてきた。


「いや、何でもない。気にしないでくれ」

「しかし……」


 何か言いたげな大臣に、手振りで「もういい」と示すと、それ以上は何も言ってこなかった。


 使命を果たし、最愛の人と結ばれた。そして二人の愛の結晶とも言える子供も、もうすぐ産まれる。全てが順調で、幸せな筈だった。


(しかし……この、虚しさは何だ?)


 孤独さと共に、心を支配する虚しさ。自分は、いったい何のためにここにいるのだろうか? そんな想いも頭を過る。

 一国の王とは、こんな想いを抱えて生きているのか……その問いに答えてくれる筈の義父は、すでにこの世の者ではない。大国の王になったが故に、他国の王においそれと尋ねることもままならない。――孤独だ。


(邪悪に打ち勝つために力を手にし、平和を取り戻した。その代償が、これか……)


 力持つが故の、孤独。それが今、感じている虚しさの原因なのだろう。それは、最愛の家族がいようとも、埋められるものではなかった。


「陛下、今日はもう休まれては如何でしょうか。急務となる事案もございませんし、少々お疲れに見えます」


 先程とは別の大臣にそう言われ、そうか、自分は疲れているのかと苦笑する。


「そうだな……申し訳ないが、そうさせてもらおう」

「陛下がお倒れになられては、民も心配いたします。どうかご自愛下さいませ」


 大臣達に見送られ、寝室へと引き上げる。侍女達が世話を焼こうと寄ってくるが、面倒だったので「一人にしてくれ、何かあれば呼ぶ」と、部屋から追い出す。

 一人になった寝室。ベッドに倒れこんで天井を見上げると、ますます「どうして自分は、こんな所にいるのだろうか?」という想いが強まっていく。


「俺は、どうして――」


 漏れ出たその言葉に続きはなく、そして応える者もいなかった。


 旅の最中のことを、ここ最近はよく思い出す。今では妻となった、王女ユリアとの邂逅。頼れる兄貴分であった剣士アレンと、そのアレンを尻に敷いていた魔術士ミネアとの合流。四人で戦い、笑い、怒り……そして、泣いた日々。


(辛く厳しい旅の中ではあったけれども、あの頃は色々なものが満ち足りていたように思える……)


 得たものばかりではない。失ったものも多い。――それでも、前に進むことが出来たのだ。それは、『生きている』という実感を与えてくれていたように思える。

 色々なものを得たと、人々は今の自分に対して思うかもしれない。それでも、声に出せなくても、自分は『失い続けている』と叫びたい。自分でも気が付かぬ間に、色々なものが自分の中から、自分の側から失われていくのだ。


(誰にもわからない……いや、魔王なら、奴なら今のこの自分が感じる孤独、虚しさを知っているのだろうか?)


 答えを聞きたくても、もう『魔王』はいない。――数年前、自分がその胸に剣を突き立てたのだから。

 そんなことを考えると、急におかしくなってきた。――自分は、後悔しているのか? あの『魔王』を打ち倒したことを?


(――否)


 そう、後悔する筈がない。色々なものと引き換えに成し遂げたことだ。多くの犠牲を払い、何度も倒れそうになった。それでも歯を食いしばり、世界を『救った』のだから。


「世界を救った、か……」


 何様なのだろうか。そんな想いが溢れる。今では英雄と言われ、一国の王ではある。しかし、それにしても、という想いは消えない。それが、モヤモヤとした感情の濁りとなって、己を苦しめる。

 そして……自分に近隣諸国を『束ねる』ことを求める大臣や国民達の『期待』。――それが、益々己の心に影を落としていく。


 世界の危機だと、共に手を取り合った筈なのだ。それなのに、今ではこうして互いに争おうという動きが出てきている。――自分がしたことは、何だったのか?


 英雄なんて、自分には似合わない。ただの冒険者、それだけだし、それで十分だったのだ。


「このまま進めば、殺戮王とでも呼ばれるのかな……?」


 自嘲気味な笑いが、微かに溢れる。過去にも、英雄王と呼ばれた男が殺戮王と呼び名を変えられたことが無かった訳ではない。その一人に、自分もなろうというのか――それが、望まざる未来だとしても。


「俺は、どうして世界を救ってしまったのだろうか……」


 その問いに、誰も答える者はいなかった。

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