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英雄になれと言われても?  作者: 織田寿一
第一部 英雄になれと言われても?
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3 決意と出会い

「それは……どういう意味だね?」


 困惑するローレンツ。

 一瞬、「どうして困惑しているんだ?」と思ったものの、改めて考えればそうなって当然か、と思い直す。


「クリスの身柄を貰い受ける、と言い直せば……ご理解いただけますか?」


 我ながら酷いことを言う、と苦笑しかけるが、台無しなので堪える。

 冒険者にとって、駆け引きは時として命綱。そうギルバートに教えられたことを思い出す。

 命は取られないが、今は大事な瞬間である。


「私の娘は、『物』じゃないぞ、レイ・ガーラント」

「でも、その娘を金の代わりに差し出そうとしていたでしょう?」


 レイの言葉に、激高しかけたローレンツが黙る。


「別に、売り飛ばそうとか、そういうことを考えているんじゃありませんよ。エヴァンス家の、全てが上手く行けば残るであろう財産にも、興味はありません」

「では……」


 訝しげなローレンツ。

 クリスは、黙って二人を見ていた。


「どこの誰とも知らない奴に奪われるというのであれば……意地とか体裁とか知ったことか、ということですよ」

「君は……」


 何かを言いかけたが、ローレンツはそれ以上何も言わなかった。


「成功するとは言えない。成功したとしても、貴方は娘を失うことに変わりない。……さて、どうしますか?」


 レイの問いに、しばらくローレンツは考える仕草をみせたが……やがてため息をつくと、右手をレイに差し出してきた。


「この子のために、お願いするよ」

「全力を尽くしますよ、自分自身のためにも」


 ローレンツの右手に応えると、レイはクリスを見た。


「勝手に決めちゃったけど……さすがに、許して欲しいなんて言えないね」

「レイ……」


 クリスは、いつものように怒らなかった。

 ただ、不安げな表情でレイを見ていた。


「底辺冒険者に解決できることかわからないけどさ、自分のためにも……精一杯やってみせるよ」


 そう言って笑ってみせると、クリスはようやく微笑んでくれた。


 何やら解決した気分になりかけるが、まだ何も解決した訳ではない。下手に動けば自らのために墓穴を掘ることになりかねない、慎重に……しかし、速やかに問題解決に動かねばならない。


「レドリック家の『行い』がどういうものなのかはともかく、それを明らかにして問題が解決できるかどうかが重要ですね」


 自分なりに思考を巡らせて発言すると、ローレンツはレイの発言に頷いてくれた。


「やり方はともかく、それが『不当』ではないと司法に判断されてしまえば、我々には打つ手が無い。後手に回ってしまった以上、我々は少ない可能性に賭けるしか、逆転を望むのは難しい」

「それなりの実績を持つレドリック家です、おいそれと自らを不利にするようなことはしていないでしょう」


 ローレンツの言葉に、マリーダが厳しい現実を突きつける。残念ながら、彼女の言うとおりだと、レイも考えていた。


「……そうなると、残された手は、此方側が逆にレドリック家を罠にはめるか、冒険者らしく一攫千金で大逆転するか、ですかね」


 前者はともかく、後者は現実味がなかった。ギルバートのようなランクA冒険者であれば可能性もあるが、これまで情けない実績しか残せていないレイでは、「何を馬鹿なことを言っているんだ」と笑われるだけだろう。

 しかし、レドリック家を罠にはめることなど出来るのであろうか? こんな大掛かりな『罠』をしかけてきたくらいだ、自衛のために何かしらの手を打っていると考えた方が自然ではないか?


「厳しい状況ですね、本当に」


 ため息をつきたくなるが、あれだけの大口を叩いた以上、泣き言を言っている訳にもいかないだろう。何より、そんな格好悪い姿をクリスに見られるのは、レイ自身が許せなかった。


「私も最後まで足掻いてはみる。だからレイ君、君は君自信を大切にしてくれ。決して、無茶をしないでくれ」


 ローレンツの言葉に、そういう訳にはいかないと反論しようとしたが、彼の目に言葉を止められてしまう。

 彼の目は、戦いに赴く冒険者のように、真剣だった。


「我が友、ケインの息子に、自分の不手際で危険な目に遭わせることなど出来ない。君の気持ちは嬉しいし、協力には感謝している。それでも、私のこの想いを理解し、忘れないで欲しい」

「ローレンツさん……」

「娘のことは……クリスティーナのことは大切だ。だが、もしも君と娘のどちらかしか救えないとしたら……私は、己を殺してでも君を救うだろう。それが、今は亡き君の父、ケイン・ガーラントの恩に報いることだと、私は思う」


 何があったのか聞いたことはないが、ローレンツは昔からケインに恩を感じ、ガーラント家に色々と世話を焼いてくれた。ここまでローレンツにさせるとは、いったいケインは何をしたのか。


「まぁ、ローレンツさんのお気持ちは嬉しいですが、クリスの前でする話ではないですね」


 苦笑してそう言うと、ローレンツは彼にしては珍しく「しまった」という顔をしてクリスを見た。クリスは、微妙な顔をして苦笑した。


「とにかく、やることは決まりました。最後まで足掻いてみましょう。自分自身のためにも、家族のためにも」


 レイの言葉にローレンツは頷き、クリスとマリーダはレイに頭を下げた。



☆ ☆ ☆



「駄目だな」


 エヴァンス家から出たレイは急いでギルドに向かうと、みつけたギルバートに事情を説明し、協力を頼んだ。

 しかし、あっさりと断られた。


「駄目……ですか」

「ああ。『ギルバート・レンストン』としては協力してやりたいがな……『冒険者ギルバート』としては、それなりの条件でないと、協力してやる訳にはいかない」


 当たり前といえば当たり前の話だが、一流の冒険者に対して殆ど無料で依頼をするのは、ありえない話だった。これは常識的な部分でもそうなのだが、それ以外にも、一流冒険者が安易に格安で依頼を受けてしまうと、他の冒険者への『悪影響』が考えられるためだ。

 一流の冒険者になると、色々なものを背負うことになる――そういうことなのだ。


「すみません、わかってはいるのですが……」

「ま、惚れた女の一大事じゃ、無理もないさ」


 ギルバートにはボカして説明したのだが、バレていた。


「惚れた女のために動けないようじゃ、一人前の男とは言えねぇ。お前も、少しは『男の顔』になってきたな」

「誂わないでくださいよ……」

「誂ってなんかいないさ。先輩として、後輩の成長が嬉しいんだよ」


 そう言って笑ったギルバートだが、真剣な表情になると顔を近づけてきた。


「レドリック家は、最近どうも怪しい動きがある。背中から刺されないよう、用心しろ」


 小声でそう言うギルバート。


「グレン湖へ行け。その中心部の湖底に、洞窟がある。その中で『あるもの』と『会う』んだ」

「グレン湖……? いったい、何があるんですか?」

「行けば分かる。これからのお前に、必要かもしれないものだ」


 話はそれまでのようだった。


「相談には乗ってやる。気をつけて頑張れよ」


 そう言うと、ギルバートは手を振って去って行ってしまった。


「グレン湖……?」



☆ ☆ ☆



 ギルバートの言葉に従い、国内最大の湖であるグレン湖にやってきたレイ。貸しボートで中心部まで来たが、少し考えこむ。


「もう少し話を聞けば良かったな……」


 この先に何が待っているのか、それに対する準備はどうすれば良いのか? そこまで深くないという話は聞いたことがあるが、それでも素潜りをするにはやや深い。ましてや、装備を着けたままでは溺れる心配もある。

 不安だったので、念の為に買える範囲でそれなりの性能の小型酸素ボンベを購入したが、口に咥えて保持できる程度のサイズなので、そんなに保つとは思えない。

 多少は泳ぎに自信はある。しかしながら、普通に泳ぐのと今回では、少々勝手が違った。


「う~ん……」


 悩んだ末、皮鎧と剣、靴をボートに置いて行くことにした。

 剣が無いのは不安だが、仕方ない。腰ベルトに留めてあるナイフでどうにかなることを祈るしか無い。


「よし」


 意を決し、、飛び込む。

 濁りはあまりなく、澄んでいる。

 酸素を無駄遣いできないので、速やかに湖底を目指す。


(あれ……か?)


 湖底に、口を開けている洞窟らしきものを発見した。近付いてみると、それは湖底にあるにも関わらず、入口から少し先までしか水が入り込んでいない、不思議な洞窟だった。

 中に入ってみると、不自然な形で水が途切れた。


「……何かの術式、か?」


 魔術は、今では失われた術式も多いと言われている。その中に、この洞窟の環境を維持しているような術式があるのかもしれない。

 魔術については特に詳しくもなく、考えてもわからないので、そう納得することにした。


 少し洞窟を進むと、行き止まりだったが、そこには台座のようなものに祀られるかのように、ひとつのペンダントが置かれていた。


「……ギルバートさんが言っていたのは、これのことか?」


《汝、何を求めてここへやってきた?》


 突然の『声』。だが、見渡しても誰もいない。


《ここだ、ここ》


 その『声』の聞こえている方向――そこには、ペンダントしか無かった。


《我はグレン。『王者の鎧』と共に眠る者だ》

「グレン……王者の鎧、だって?」


 グレン――かつての英雄、『覇王』グレン・ラザフォードと同じ名前。そして、『王者の鎧』といえば、そのグレンが身に纏っていたという、伝説の鎧である。


「僕は夢でも見ているのか……」

《現実逃避をするな、少年。これは夢ではない》


 あっさりと『声』に否定される。


《もう一度問おう。……汝、何を求めてここへやってきた?》

「何を、って……ギルバートさんに、『これからのお前に必要になるかもしれないものがある』って言われて来ただけで……」

《……ギルバート? ……ギルバート・レンストンのことか?》


 レイは『声』がギルバートのことを知っていることに驚いた。


「知っているのか、ギルバートさんのこと」

《奴は何度かここを訪れている。……良い奴ではあるが、『私』の所有者にはなれなかった》


 ――所有者? ……このペンダント、『グレン』はいったい、何を言っているのだろうか……?


《私は、『王者の鎧』そのものと言っても良い。私の所有者になるということは、『王者の鎧』を手にすることと同義。私の存在を知り、今まで幾人かの者がここを訪れたが……『資格者』はいなかった》


 ギルバートは、自分にこのペンダント……いや、『王者の鎧』を手に入れろと、そう言いたかったのか?

 しかし、ギルバートですら『グレン』の言う『資格者』になれなかったというのであれば……レイは、自分がその『資格者』になれるとは、思えなかった。


 しかし。もしも、『伝説の鎧』を手に入れて『力』を得ることが出来れば……色々と動きやすくなるのは確かだ。『力』には『力』を。言葉でどうにか出来ないのであれば、『力』に頼らざるをえない。


《少年、我が力を得て、何を望む?》


 グレンは問う。


「僕は……」


 力が欲しいというのは、あくまでも手段として、だ。レイが望むのは、最初から決まっている。――それは、力があろうと無かろうと、変わることはない。


「そうだね……僕は、惚れた女の笑顔が見たい。それだけだ」


 レイがそう答えると、『グレン』は黙った。


「……居眠りか?」

《起きている》


 即座に返答があった。


《そうか……惚れた女の笑顔が見たい、か》


 そう言うと、グレンは笑い出した。


《ふはははは! 今まで、そんな奴は一人もいなかった!》


 馬鹿にされているのか。レイは少しだけ、カチンときた。


「どうせ、僕は英雄になりえるような奴らとは違うさ……」


 子どもじみた、拗ねた気分でそう言うと、『グレン』は《いやいや、馬鹿にした訳ではないさ》と応えた。


《良いだろう、少年。汝に我が力、貸してやろう!》


 そう『グレン』が告げると、ペンダントは眩い輝きを放った。

気分的には夏休みの宿題を最終日に片付けている感じでした(汗)。

忙しさを理由に遅筆ってのもどうかなと、反省。

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