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23 『はじまり と おわり』

「今の気分はどうだい? ――私はすこぶるゴキゲンだよ! こんなに晴れやかな気分は、そうそうない!」


 嬉しそうに高笑いする相手の顔を、見ることが出来ない。――冷たい地面の温度を感じながら、もはや立ち上がる力は残されていなかった。


(どうして……こんなことに……)


 始まりは、わからない。気がつけば巻き込まれ、奪われ、痛めつけられていた。大切なものを次々と奪われ、そして今――己の命すら、失おうとしていた。


(五年じゃ、足りなかったっていうのか……)


 その存在を知り、復讐を――本当の復讐を果たすために、自殺行為に近い修行に身を投じた。もう良いのではないか、ここで楽になってしまっても、誰も何も言わない――言ってくれる人間は、もう誰も居ないのだから――そう思う瞬間もあった。しかし、それでも諦めることはできなかった。

 諦めてしまっては、総てが無駄になってしまう。――大切な人々の死も、己の苦しみも。


「己の無力が悔しいかい? ――気にすることはない、私の前では如何なる者も無力! 君のように、這いつくばることしか出来ないのだから!」


 悔しい……? この感情は、そんなものではない。怒りよりももっとドロドロとした――そう、相手を何度殺そうとも晴れることなどない、この黒い感情。


「――殺す……貴様を、殺す……!」


 掠れた声で――漏れ出るような声で、そう告げる。

 出来るかどうかではない。――そうしなければ、我慢ならないのだ。


 しかし――。


「私を殺せる者など、おらんよ。――現にこうして、君は這いつくばっている」


 言い返せない。


「この世界は総て、私の手の内……如何なる者も、私の思いのまま――」


 色彩を失った世界の中で、奴の声だけが響く。


「しかし……ふむ」


 こちらのことなどお構いなしに、何かを考えている。

 倒れているこちらの周りをウロウロしながら――こちらのことなど、気にしてはいないのだろう――しばし、奴は無言になる。


「――そうだ!」


 閃いた、とばかりに手を叩いて声を発する。


「君には、別の『役』を演じてもらおう。――悲劇の主役だけじゃ勿体無い、君にはもっともっと舞台で活躍してもらわなければ!」


 嬉しそうに、そう言う。


「私の『舞台』の主役は……そう、ダブルキャストでいこうじゃないか。それぞれが、味のある演技をみせてくれることを、私は期待しているよ!」


 勝手なことを言う。


「主役がミスキャストなら……舞台監督も脚本家も、話にならない駄作じゃないか」


 精一杯の抵抗。それが何の意味も持たないとわかっていても、言わずにはいられなかった。


「言うじゃないか、死に損ないのくせに。君の美意識……いや、芸術に対するセンスの無さにはガッカリだよ。――いや、凡人にそんなことを期待した私の落ち度か。すまないね」


 そう言って苦笑する。

 奴には力も、皮肉も通用しない。


 勝敗は決した。――勝敗は、決してしまったのだ。奴が勝者で、こちらが敗者。敗者は勝者に蹂躙されるのみ。生かすも殺すも勝者の気分次第。

 こちらに、決定権など無いのだ。


「君には、『楽しい旅』に出てもらおう。懐かしくて、悔しくて、哀しくて涙が出るかもしれない旅に、ね。その果てに何が起きるのか……楽しみで仕方ないよ!」


 楽しそうに、本当に楽しそうに笑う。霞む視界の中で捉えた奴の顔はボヤけていたが、たしかに奴が笑っているのはわかった。


「さて、どのタイミングが良いかな……? 早すぎても、遅すぎても台無しだからね……これはちゃんと吟味しなければ」


 ブツブツと何か言いながら、奴は考え続ける。死にかけのことなど気にすることはない。

 奴にとっては、もはやこちらの死など、意味は無いのだ。不都合もない。死んでしまったのであれば、生き返らせれば良い――それぐらいのことしか、考えてはいないだろう。

 自分はもはや、奴の敵ではない。奴のおもちゃ箱の中にある、駒のひとつ――その程度の存在なのだ。


「どうして……こうなっちまったんだろうな……」


 思わず溢れた言葉に、奴が反応することはなかった。


(俺達は……何のために……)


 総てが、奴の手のひらの上で転がされていたというのか。自分達の命なんて、奴にとってはゲームの駒の損失程度に過ぎなかったというのか。だとしたら――だとしたら、自分達は何のために生まれ、生きてきたというのであろうか?


(その答えが『これ』だとしたら……あんまりじゃないか……)


 神に祈ることすら出来ない――神なんて、自分達が考えていたような神なんて、いなかったのだから。


「やはり、絶望に絶望を重ねて……いや、希望をみせてからのほうが――」


 奴は、まだ独り言を漏らしながら考えている。この、奴だけが楽しむ『舞台』とやらのことを、最後の『舞台役者』である自分の前で。


「せめて……せめて一撃だけでも……」


 砕け散った剣を拾い、せめて一撃だけでも喰らわすことが出来れば……そう思うのだが、身体は言うことを聞かない。指先を動かすことさえ、自由にできなくなっている。


 身体から熱が奪われ、意識は闇へと引きずり込まれていく。

 何も出来ないまま、終わろうとしている。総てが、無駄になろうとしている。


(このまま……終わるのかよ)


 奴を殺すのではなかったのか? 自らにそう叫ぶも、身体が動かないのだ。

 武器もない。力も残されてはいない。万全の状態でも勝てなかった相手なのだ、もはやどうにもならない。


 己の冷静な部分が、負けを認めている。終わってしまったのだ。総て。


(無駄になんて……)


 大切な人達の顔が浮かんでは消えていく。彼らのことを……なかったことになんて、出来ない。――いや、そうしたくないのだ。


(動けよ! もう、俺だけなんだ! 俺しか、奴に一撃喰らわせられる人間はいないんだぞ!)


 世界から切り離されていくように、様々な感覚が遠のいていく。


 まだ負けじゃない――俺はまだ、ここにいる――俺って、誰だ……?


 世界が曖昧になり、己も曖昧になっていく。思い浮かぶのは、数分前のことなのか、何年も前のことなのか。それももはや、わからなくなっていた。


 今、という概念すらわからなくなる中で、奴の声だけがやけにハッキリと聞こえた――そんな、気がした。


「――なんだ、もう死んだのか」



 総てが終りを迎える。

 そして――世界は、消えた。

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