21 出会い、遺跡、遭遇
「最近話題の貴方に護衛して頂けるなんて、幸運でしたわ」
そう言って依頼主である若き女魔術士、リゼ・カーマインは微笑んだ。
長い黒髪に、少しだけつり目がちな黒い瞳。背はそれ程高くなく、しかしながら女性らしさの隠しきれない身体のラインは、少々目のやり場に困った。
「どこにでもいる、ただの冒険者ですよ」
「それは過小評価だわ。……己を過大評価するのは論外だけれども、己を過小評価するのもまた、愚かなことだと私は思います。――貴方は、自分の力に自信を持つべきだと思いますが?」
リゼの評価にくすぐったいものを感じ、「そんなものですかね?」と、はぐらかす。
褒められ慣れていないので、なんとなく落ち着かないレイであった。
今回の依頼は、遺跡調査に向かうリゼの護衛だった。古代魔術の研究者である彼女は、助手であるノエル・シュタインと共に遺跡を調査するのだという。
研究機関に所属していない彼女達は単独で動くことが多く、その際にはギルドに護衛を依頼しているらしい。今回、その依頼をレイが受けたという訳である。
「機関のお偉方は、頭が固くて困ります。もう二十を過ぎたというのに、未だに若輩者扱いして邪魔ばかり……。ですから、こうして単独で動く方が、何かと都合が良いのです」
「はあ……大変、なんですね」
苦笑しているリゼに、そうとしか言えないレイ。ふと、隣りにいるノエルを見ると、彼女は少し困ったような表情で笑うだけだった。
ノエルもリゼと同じくらいの背丈で、こちらは少々短めに肩くらいで切りそろえた金髪が印象的な、蒼い瞳の少女だった。背は高くないが、スラリとしたシルエットの……そう、美少女だと言えるだろう。
道中、レイはリゼの話に付き合いながら周囲を警戒していた。その中で、リゼがギルド本部長の友人の娘で、彼女が名乗っている名前はギルド公認の偽名であり、ノエルは彼女の幼馴染であることが語られる。
「良いんですか、僕にそんな話をして」
少しだけ心配してそう尋ねると、「これでも人を見る目は、あるつもりですよ?」と笑われた。
「貴方のことは、ギルバートさんからも聞いているのです。なので、心配はご無用ですよ」
「……どんな話を聞かされたのか、そっちの方が心配になってきましたよ」
嫌そうな顔をしてそう言うと、リゼは苦笑した。
道を外れ、獣道とも言えない中を進み、レイ達は目的地へと辿り着いた。
「ここが『遺跡』ですか?」
目の前には岩山と、その中へと続いているであろう洞窟らしきものの入口しかない。
「信頼できる情報源から得た情報ですから、間違いないでしょう。パッと見ただけではそれらしくないので、まだ研究機関も調査していないようですよ?」
リゼを先頭に、一行は洞窟の前へと歩みを進める。
「序盤は、特に罠のようなものは無いようです。ただ、中盤以降は未踏とのことなので、注意が必要ですね」
リゼの忠告に頷くレイ。中での行動について再確認し、レイを先頭にリゼ、ノエルの順で洞窟内へと進む。
洞窟内は明かりがなく暗闇であったため、照明の魔道具である『魔導灯』でリゼが照らしていたが、途中から床の左右に照明のような灯りが灯されている区画に出た。
「聞いてはいましたが、これは素晴らしいですね。埋込み式の『魔導灯』……もうかなり年代を経ているでしょうに、こんなにしっかりと機能しているなんて……」
「……珍しいんですか?」
レイがそう尋ねると、「珍しいなんてものではありませんよ」とリゼは笑った。
「『魔導灯』の残骸はみつかるのですが、こうして機能したままの『魔導灯』なんて、ほとんどみつかりません。魔術的な道具とはいえ、ちゃんと管理しなければ壊れるのは、普通の道具と同じですから」
「――つまり、ここの『魔導灯』は出来が良い、ということですか?」
「それもあるでしょうけれども、環境が良かったのかもしれませんね。劣化しにくかったのでしょう」
リゼの説明に「なるほど」と頷くレイ。――胸元で、誰かさんが苦笑したような気がした。
何事もなく、洞窟内を進んでいく一行。分岐点もなく、一本道であったが、やがて行き止まりに辿り着く。
「行き止まり、ですね」
「……ちょっと待って下さいね」
リゼはそう言うと、壁を調べ始める。しばらくすると、「ありました」と壁の一角を指し示す。そこには、言われなければ違和感を感じないであろう程度に周囲とは異なる部分があった。
「……これは?」
「スイッチ、ですね。これで道が開かれる……筈、です」
「筈、ですか」
「ええ」
リゼは苦笑しながら、その『スイッチ』を調べる。
「トラップではないと思いますが……断言は出来ませんね。ですが、これまでにみてきた遺跡のスイッチと比較すると、罠用のものではなく、扉の開閉用と酷似しています。なので、大丈夫かと」
根拠は、リゼの経験と勘、ということらしい。
不安がない訳ではないが、ここでは彼女の判断を信じるしかなさそうだ。レイには、そういう面での知識と経験は無い。
「貴女を信じます」
「では、押しますね」
リゼがスイッチを押す。何かが動く振動音が響き、行き止まりと思われた壁が右にスライドしていく。
しばらく待てば、そこには奥へと続く道が現れた。
「階段、ですね」
「行きますか?」
リゼに尋ねれば、彼女は思案すること無く「もちろんです」と頷いた。
階段を降ると、そこにも『魔導灯』に照らされる道があった。温度は若干下がり、やや肌寒さを感じる。
「寒さは大丈夫ですか?」
少々薄着に思える二人にそう尋ねると、「防寒対策は大丈夫ですよ」と、背負っていた荷物からそれぞれ羽織れるローブを取り出して着込む。
「レイさんは大丈夫ですか?」
「まあ、この程度なら。一応、上に着られるものも荷物に入れてありますから」
様々な状況に備えるのも、冒険者としての最低限の心構えだ。準備していなかったから殺されました、なんて言い訳にもならない。――もっとも、その場合は言い訳すら出来ない訳だが。
道なりに進む一行。道はやや下り坂、どんどん下へと進んでいく。
「遺跡というと、もっと何かがあるものかと思いました」
「そういうところもありますよ。遺跡というのは、昔の施設等の残骸ですから――そこが民家であれば、民俗学以外での価値はありません。ここがただの『空き家』であれば、何も無いかもしれませんね」
リゼはそう言って苦笑する。遺跡調査をしていると、そういう『空き家』も少なくないという。
「もしかしたら何もないかもしれません。でも、もしかしたら――貴方の胸元のペンダントのように、魔術的に興味深い遺物をみつけられるかもしれません」
リゼの言葉に、ドキッとする。
「――気が付いていたんですか?」
「最初は凝ったペンダントだな、と思っただけでしたが……少々気にすれば、それがちょっとした魔道具であるとわかりました。気にしていないとわからないでしょうけれどもね」
リゼは研究者として、魔術士として優秀なのだろうなと、レイは素直に感心した。
《大したものだ。力は抑えているつもりなのだが……》
「おい……」
レイが制止するが、グレンは《構わないさ》と気にしなかった。
《名乗っておこう。私はグレン。レイの『相棒』だ》
そう言われ、リゼとノエルは少し驚いていたが、リゼがすぐに「これはこれはご丁寧に。私はリゼ・カーマインと申します」と名乗ると、ノエルも続いて名乗った。
「知恵持つ道具――インテリジェンス・アイテムでしたのね。これは珍しい出会いですわ」
《ほう、今は私のような存在は珍しいのか。――いや、昔もそれ程珍しくない訳でもなかったか》
「それでも、今よりは多かったでしょうね。今では壊れてしまったり、行方がわからなくなっていたりで、確認されているものは少ないのです」
ペンダントと話すリゼの順応性の高さに、感心するというよりは呆れるレイ。なんというか、誰とでも仲良くなるタイプの人間なのだろうなと思った。
そんなことをしている間に、一行は再び行き止まりにぶつかる。またどこかにスイッチがあるだろうとリゼが調べようとすると、壁は勝手に左手にスライドしていく。
「――罠、ですか?」
「発動のきっかけになるような前兆は無かったように思いますが……」
リゼが、やや緊張した声で答える。
《――どうやら、お出迎えが来たようだ》
グレンの声に、闇の先を見据える。
軽い地響き。ズン、ズン……というその音は、何か重量のあるものが近付いてくるのを予感させた。
「これって……」
《ゴーレム、だな》
三人(+グレン)の前に、鋼の輝きを持つ自動人形――『ゴーレム』が姿を現す。レイの身の丈を軽々と越し、人で言えば筋肉の塊のような姿をした『ゴーレム』だ。
「こいつは、ちょっと困ったな……」
「『ゴーレム』との戦闘経験は?」
「一度だけ。こんなにしっかりしたやつではなかったですけどね」
レイはそう言って額の汗を拭う。緊張からか、冷え込んでいる筈の環境で汗をかいていた。
《『ゴーレム』の造形は実力にほぼ等しい。見た目が上等なら、その性能もそれなりに良いと思った方が良いだろうな》
「グレンさんの言う通りです。力がないものが作った『ゴーレム』ほど、雑な造形になります」
そう聞かされ、レイはあらためて近付いてくる『ゴーレム』の姿をみる。
「……あれ、雑にみえるか?」
《……飾っておいても良いくらいだな》
「そんな答えは聞きたくなかったよ……」
剣を抜き、構える。
「リゼさん達は上へ。ここは、俺が抑えます」
「しかし――」
「貴女が魔術のプロなら、こっちは戦闘のプロです」
自分で言っていてどうかと思うが、今はそう言って自らとリゼに言い聞かせるしかない。
「依頼は達成しますよ。プロですからね。――さあ、早く」
躊躇するリゼを、ノエルが手を引いて後退させる。
その間にも、『ゴーレム』はレイの目の前へと歩みを進めていた。
「――勝てるかな?」
《勝つしかあるまい》
グレンのため息が聞こえたような気がした。
「ま、やるしかないさ」
先手必勝――レイは左手をかざし、魔術を構成した。




