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英雄になれと言われても?  作者: 織田寿一
第一部 英雄になれと言われても?
2/24

2 第一歩

 さて、困ったことになった。

 クリスが語ったところによると、カイル・レドリック氏(宝石商として有名な家の、三代目らしい)とのお見合いがいつの間にか決まっていて、さらには婚約云々という話まで出たそうだ。


「そりゃまた、随分と急な話だ」


 率直な感想としては、そうとしか言い様がない。


「まるで、私とあの人が結婚することが既定路線のような話になっていて……私は、何も聞かされていないのに!」


 思い出して、また腹が立ったのか――怒気を含んだ声で、クリスはそう話した。


「……で、それがどうして『英雄になれ』なんて話に繋がるんだ? 肝心な部分が抜け落ちているように思うけどね」


 そう告げると、クリスは「うぐっ」と口を閉じた。……話せない事情でもあるのだろうか? しかし、こちらとしても「はい、そうですね」と済ませられる問題ではないので、話してもらうしかない。


「英雄になるなんて、簡単な事じゃない。各国の軍隊が負けてしまうような『魔王』を打ち倒すか、悪政に苦しむ人々を解放でもしないと、『英雄』なんて呼ばれることはないからね」


 そう、英雄なんてものは、なろうと思ってなるものじゃない。多くの人に『英雄』と認められ、呼ばれて初めて『英雄』になるのだ。


「それにさ、ギルドに来た依頼をこなすのに四苦八苦している底辺冒険者がさ、英雄になんてなれる訳……無いじゃないか」


 言ってて悲しくなるが、それが現実ってやつだ。ギルバートくらいの冒険者が口にするならともかく、自分のような者が「英雄になる!」なんて言っていたら――自分だって、笑ってしまうかもしれない。

 ――そういう事なんだ。


「あ、貴方は、幼なじみを助けようとは思わない訳?!」


 また涙目でそんな事を言われる。


「そうは言ってもさ、出来る事と出来ない事があるんだ。僕が英雄になるなんてさ……現実味が無さ過ぎるよ」


 苦笑して、そう告げる。

 ――なれるもんなら、なりたいさ。


「……英雄との婚約であれば、あんなふざけた婚約話なんて無くせるって。そう、思ったのよ……」


 重い口を開き、クリスは話した。


「誰もが認める英雄――そんな人物なら、貴族だって遠慮する筈。レイがそうなってくれたら、私は……!」


 そこまで言って、クリスは何かに気が付いたかのようにハッとした顔をし、俯いた。


「……どうして、それを僕に?」


 口を開いてから、「聞かなきゃ良かった」と思ったが、もう遅い。

 レイの問いに、クリスは何かを言いかけ……結局、答えてはくれなかった。


「レイ様」


 突然、マリーダに呼ばれて彼女を見る。

 彼女は何かをためらったような素振りを見せたが……やがて、意を決したように口を開いた。


「レイ様は、もう以前のようなお気持ちを抱いてはいらっしゃらないのでしょうか?」


 その問いに、レイは何の事かと首を傾げそうになったが……マリーダの問いの意味に気が付き、焦った。


「な……!」


 顔が熱い。今、自分がみっともない顔をしている気がする。それを、今俯いているクリスに見られたくはなかった。


「どうなのでしょうか、レイ様」

「……人は変わります。昔のままでなんて、いられない」


 逃げだな、と思う。それでも今のレイは、そう答える以外にない。

 そう……自分の中の世界だけで完結していた子供時代とは、違うのだ。


「私は、立場上『応援』する訳にはまいりません。ですが……友人としては、それで丸く収まるのであれば――そうなってほしいと、願っています」

「マリーダさん……」


 俯いていたクリスが、顔を上げてマリーダを見上げた。


「身寄りを無くした私を、クレメンス家の皆様は温かく迎えてくださりました。その御恩に報いるためにも、私はお嬢様が幸せになれるようにあらゆる手を尽くすつもりです」


 そう言って、マリーダはクリスに微笑んだ。


「ですが、レイ様に『英雄になってほしい』と願っても、それは現実的ではありません。たとえレイ様が英雄になる星の下に生まれていたとしても……それは、時間的に現実的ではありませんので」

「そんな星の下に生まれていたら、今こうして『英雄になれ』なんて言われて頭を抱えるような状況には陥っていないと思うけどね」


 精一杯の抵抗も、マリーダにはスルーされた。


「そもそも、今回の一件の『原因』を取り除くことが出来れば、問題は無いのです。……レイ様にお願いするとすれば、その解決の補助をお願いするのが、現実的ですね」

「『原因』? 何か、あるんですか?」


 ただの見合い話から生じた話だと思っていただけに、マリーダの言う『原因』が気になった。


「エヴァンス家が保証人となったいくつかの店が、様々な事情で倒産寸前となってしまいました。その債権者が、レドリック家なのです。……そこまで言えば、事情はお分かりいただけますか?」


 マリーダにそう言われ、レイは黙って頷いた。――金の代わりにクリスを差し出せと、そういうことか。


「とても気分の良い話ではないね」

「同感です」


 マリーダもレイの言葉に同意する。……クリスは、何も言わなかった。


「それで、その話はローレンツさんに確認したのかな?」

「いいえ、まだです。お嬢様がすぐにこちらに向かいたいと、そう仰りましたので」


 クリスを見ると、いつもは強気な彼女が、まるで子犬のように小さくなっていた。


「商売の世界、そりゃ急に業績が悪くなることもあるだろうさ。……でもさ、いくらなんでも『出来すぎ』じゃないか、この話は」


 保証人となったいくつかの店が倒産寸前……その全ての債権者がレドリック家だというのであれば、そこに作為的な何かの存在を疑いたくなる。


「レイ様も、そう思われますか?」

「そう思わない方が、不自然な状況だと思うけどね」


 ただ、それが事実だとしても、何が出来る?

 債権に関しては法的なアレコレだから、法知識と実務経験が無ければ対抗できそうにない。また、それが『妥当な権利』だとしたら、お手上げである。


(レドリック家の『罠』だとして、それを明らかにして状況を打開するには……どうすれば良い?)


 初等教育を受けた以外は独学でここまで来たレイとしては、知的戦略というものは立てられそうに思えなかった。また、勢力として考えても、底辺冒険者であるレイがレドリック家に何かを出来るとは思えない。


「状況は、絶望的かな……」


 それこそ、レイが英雄であればその威光や伝手でどうにか出来たのかもしれない。だが、レイ・ガーラントはただの冒険者だ。それ以上でも、それ以下でもない。むしろ、最底辺にいるのだ。


「とりあえず、ローレンツさんと話をすべきだと思う。まずは、そこからじゃないかな」

「……お父様は、このお見合いのことを黙っていたのよ?」


 その言葉に秘められていたのは、失望と、絶望だろうか。クリスは力なく、そう呟いた。


「でも、ローレンツさんから話を聞かないことには、色々判断できないと思う。カイル・レドリックが嘘を言っているかもしれない。真実の中に、ちょっぴり嘘を混ぜたりしてね」


 兄、ジンが言っていたことを思い出す。「一番厄介なのは、真実の中に嘘を混ぜて話す奴らだ」、と。


「僕も行くよ。……何が出来るって訳でもないけどね」

「レイ……」


 クリスが、縋るような目でこちらを見てくる。

 彼女のこんな姿を見たのは、小さな頃に犬に追いかけられていた時以来だろうか?


「行こう、エヴァンス家へ」



☆ ☆ ☆



「すまない、クリスティーナ」


 開口一番、ローレンツはクリスに謝罪した。


「お父様……いったい、どういうことなのですか?」


 いくらか立ち直ったように見えるクリス。だが、横に立つマリーダが支えていて、やっと立っているようにも思える。


「突然だった……旧知の友人達の商売が突然、同じタイミングで傾いた。業種はバラバラ、しかしその全てが、レドリック家に債権を握られていた」

「レドリック家による『何か』が行われた、と?」


 疑問をぶつけてみると、ローレンツは静かに首を縦に振った。


「そうとしか考えられない。『運が悪い』では済ませられないほど、何もかもが悪い方向へ動いているのだ」

「その終着点が、クリスを差し出せと……そういう話ですか」


 遠慮せずに突きつけると、ローレンツは黙ってしまった。


「お父様……!」

「私だって、そんなことはしたくない! だが……どうにもならんのだ!」


 カイル・レドリックの狙いはクリスなのか? ……だが、そんなことのために、わざわざこんなデカイ仕掛けを用意するのだろうか?


(カイル・レドリックという人物を知らない僕には、理解できない何かがあるってことか……?)


 宝石商だとすれば、エヴァンス家の事業とは対立しないように思える。ライバルを蹴落とすついでに、妻でも娶ろうかという思考ならありえるだろうかと考えたが……。


「債権の方は、どうにもならないんですか?」

「……それぞれが抱えた負債は、とてもじゃないがエヴァンス家でどうにか出来る額じゃない。期限はそれなりにあるが、実際は無いに等しいものさ」


 様々な事業で家を大きくしてきたエヴァンス家が、払えない額の負債。庶民のレイには想像できるものではない。


「保証人となっている御友人方の商売は、どうにか立て直せませんか?」

「真っ先に考えたさ。だが、それぞれ様々な事情で、どうにもならないのだ……」


 崖っぷちに立たされた状況、という訳か。


「難しいが、レドリック家が行った『何か』を明らかにし、レドリック家の要求を不当であると司法に判断してもらえれば、どうにか……。だが、煙をその手に掴むようなものだ」


 掴もうとしても、逃げていく。こんな『大仕掛』を仕掛けてくるような奴が、自らの悪事の証拠を残しているとは、考えにくいということか。――そうだろうか?


「諦める前に、足掻きましょう」

「レイ君……?」


 レイの言葉に、ローレンツは「何を言い出すんだ?」という顔をしていた。


「依頼してください、冒険者であるレイ・ガーラントに。『レドリック家の悪事を暴いてくれ』と」

「いや、しかし……」


 ランクAの冒険者ならともかく、最底辺冒険者である自分を信じろとは、言えない。それでも、この事態に真っ先に自分を頼ってくれたクリスに、応えてやりたい。


「必ず成功するとは言えません。ですが、僕を信じたつもりになって、依頼してください」

「しかし……今の私には、準備金も用意できないのだよ」


 この状況下で、色々抑えられている資産もあるのだろう。クリスの様子を見ると、彼女はそういった事情に気が付いていないようだ。それを気取られないように、ローレンツは色々苦労していたようだ。


「成功報酬のみで結構です。そうですね、報酬は……」


 そこで、クリスを見る。


「レイ……?」


 一度は捨てた気持ち。忘れたつもりの想いだった。


(また、諦めなければいけないのかもしれない。それでも……)


 今なら、望んだ姿とは違うかもしれないが、自分なりの――『彼女のための英雄』に、なれるかもしれない。


「成功報酬は、クリスティーナ・エヴァンスで」


 手が震えた自覚があった。それでも、レイは奥歯を噛み締め、ローレンツを見た。

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