19 変化と心境
ヴァリスによる指導を受けつつ、冒険者家業を頑張っていたらランクがCに上がった。
これまでの停滞からは見違えるような順調さに、ギルドの職員から「どうしたんですか?」と聞かれてしまうのは、仕方のない事だろうか。
ギルドで昇級手続きを終えると、エントランスで仕事終わりのギルバートに遭遇した。
「これまでが酷すぎたんだよ、お前は。最初からやる気出していれば、今頃Bくらい行っていたかもしれないだろうに……」
ギルバートにはそう言われてしまう。Bに行けたかどうかはともかく、Cに到達するのがもう少し早かったかもしれないと言われてしまえば、反論の余地はない。
レイにも言い分はあったが、それは所詮『言い訳』であり、結果が全てである冒険者にとっては見苦しいことこの上ない。
「ランクAまで到達すれば、文句の言える奴なんざ、そうそういねえ。冒険者として一つの目標でもあるし、この際、目指して頑張るのも悪くはないだろう」
「ランクAですか……」
それは、ギルバートと同じランク。冒険者として、現行制度下において最高の評価を与えられた者。それがランクA冒険者である。
ランクA冒険者になるには様々な条件をクリアした上で、ギルドの評価を受けなければならない。その能力の平均値として語られるのは、一人でドラゴンクラスの魔獣を撃退出来る、というものだ。ギルバートも実際にそれを成し遂げた一人だ。
「まあ、まずはBだな。現行制度では飛び級は認められていないからな……Bにならなきゃ、話にならない」
旧制度ではギルドが認める成果を上げた場合、特例として飛び級を認めていたというが、飛び級によって昇級した冒険者の死亡が少なくなかったため、現行制度では飛び級が認められなくなったという話だ。
ちなみに、ギルバートは旧制度下で飛び級を認められた、最後の冒険者であったりする。
「稼ぎは増えるぞ、一気に。……まあ、その分というか、ギルドからの強制依頼とかも増えるけどな」
「Cからですよね、強制依頼……」
ランクが上がれば各種特典と共に稼ぎが増える。一方で、C以上の冒険者にはギルドからの強制依頼を受ける義務が生じる。やむを得ない事情以外でこれを拒否した場合、降級、最悪の場合はギルドからの除外措置となる。
「まあ、大規模災害以外での強制依頼なんてのは、冒険者の実績を見て割り振るからな。面倒なものも少なくないが、達成できないってのは稀だな。そんなに心配することないさ」
ギルバートに苦笑しながらそう言われてしまう。そんなに心配しているように見えたのだろうか?
「ま、頑張れよ。成果が出ればお前自身も自信が持てるし、妻を娶って暮らすのも楽になる」
「つ、妻?!」
わかりやすく動揺してしまったレイに、ギルバートは笑っていた。
「そういう未来を見ていない、とは言わせないぞ? あれだけやっておいて結婚する気がないなんて、男として認める訳にはいかないな」
「いや、でももう少し先のことでしょそれは……」
「そんな悠長なことを言っていると、見限られるぞ? ……そういえば昔いたな、昇級に浮かれて彼女をほったらかしにして、貴族に取られた馬鹿な男が」
その話は聞いたことがある。女性視点で語られた物語が本になり、巷で評判になったものだ。毎晩泣きながら男を待った女性は耐えられず家を飛び出し、優しい貴族と出会い、慰められるうちに恋に落ちた……そんな話だ。
「実話ベースの物語を持ってくるのはやめましょうよ……」
「実話ベースというか、あれは実話そのままなんだよ。本人から聞いたからな」
そう言って苦笑するギルバート。余計に嫌な話である。
「お前も物語にされたくなければ、彼女を大切にすることだ」
「言われなくてもそのつもりですよ」
「『つもり』じゃ、駄目なんだよ。……何だって、な」
そう言ったギルバートの目は、笑ってはいなかった。
「んじゃ、俺は帰って寝るわ。徹夜仕事だったからな、ちょいと日が高いうちに寝ても、神の怒りが落ちることはないだろう」
「無信仰でしたよね、ギルバートさん……まあいいや。お疲れ様です」
手をひらひらと軽く振り、ギルドを出て行くギルバート。その背を見送り、レイも用の無くなったギルドを後にする。
まだ昼前だが、今日は仕事を無しにして、少し休むことにした。
☆ ☆ ☆
「レイ、いらっしゃい」
午後、そろそろお茶の時間でもというタイミングでエヴァンス邸を訪れるレイ。いつも通り、マリーダの『少々冷たい出迎え』の後、応接間で待っているとクリスがやってきた。
「今日は、お土産があるんだ」
「あら、何かしら?」
クリスは、変わった。……いや、昔に戻った、と言うべきだろうか? ここ数年あった、どこかツンツンした印象が抜け、レイに対する言動が柔らかくなったように感じる。
その最たるものが、レイに対して「アンタ」と言わなくなったことであろう。昔のように「レイ」と、名前で呼ぶようになっていた。
(何かしらの気持ちの変化、かな?)
考えてもわからない。ただ、クリスが笑顔でいてくれるなら、どうでもいいと思っていた。
「知り合いが作ってくれたんだけどね、ペンダントなんだ」
丁寧に袋から取り出すと、掌に乗せてクリスに見せる。透き通るような蒼い石を、金と銀で装飾している。華美になり過ぎず、それでいてしっかりと美しさを表現している。それはレイからみて、クリスにとても良く似合うと思えた。
余談であるが、このペンダントの製作者はカミラで、石にはヴァリスによる加護の魔術が封じられている。
「綺麗な石……なんだか、高そうだわ」
「流通していない石らしくて、値段はわからないそうだよ。依頼の報酬として貰ってね、それを加工してもらったんだ」
「綺麗……ねえ、レイが付けてくれないかしら?」
言われて、ソファに座ったままのクリスの背後に回り、ペンダントを付ける。緊張して、少し失敗したのがクリスにバレていなければ良いなと思った。
付け終わると、クリスが振り返って胸元のペンダントを見せてくる。その仕草に、ドキッとする。顔が赤くなった自覚があり、少々恥ずかしさを覚えた。
「どう……かしら?」
「う、うん……想像していた以上に似合ってる、かな」
「そう……ありがとう、レイ。大事にするわ」
そう言って、嬉しそうに笑うクリス。プレゼントした甲斐があったな、と思った。
「まあ、昇級したのね! おめでとう、レイ!」
世間話のついでに昇級の話をすると、クリスは自分のことのように喜んでくれた。
「ありがとう。……ギルバートさんには、もっと頑張れって言われているけどね」
「ギルバート様が仰るなら、そうするべきだわ。あの方は、現役冒険者の『指標』とまで言われている方でしょう?」
そう、ギルバートの世間一般的な評価は『冒険者の指標』なのだ。飛び抜けた実力があり、規律を守る――冒険者に求められるものを体現している、ということでそう評価されているのだ。それは冒険者のみならず、クリスのような者でも知っている話なのだ。
レイからすれば、自由奔放で豪快な冒険者、という第一印象が強すぎるため、少々ズレを感じるのだが……。
「まあ、あの人は僕にとって、冒険者としての先生だからね。落第しないように、言うことを聞いて、ちゃんと成果を挙げないとね」
苦笑しながらそう言うと、クリスは「良い先生を得られて、レイは幸せね」と言われて返答に困った。実力は確かであるし、導いてもらってもいるが……『良い先生』という評価には、素直に首を縦に振れないレイであった。
「最近、ローレンツさんのお仕事の方は順調かい?」
「そうね、例の事件で一時期はどうなるかと思ったけれど、解決できたことで、逆に色々交流が増えたみたいで。以前よりも取引が増えて、順調すぎるくらいと言っていたわ」
事件は解決したとはいえ、一つの商会が潰れる間際までいったのだ。そこから正常な業務に戻すのは困難であろうと思えた。だが、どうやら上手くいっているようだ。
「これもレイのおかげね。本当に、ありがとう。……やっぱり、レイは私の英雄ね」
そう言って、頬を赤らめるクリス。テーブルを飛び越えて抱きしめたくなったが、離れて待機しているマリーダに何を言われるかわからないし、そうする勇気もなかった。
「やれることを、やっただけだよ。……それに、『英雄』を名乗るには、まだまだ足りないさ」
表情を引き締め、拳を握る。
そう、まだ終わってはいないのだ。彼女の『英雄』を名乗るには、まだ早い。
レイの頭の中には、『大いなる意思』の存在と、ジークの顔が浮かんでいた。
「でも、無理はしないでね? ……何だか、最近のレイは頑張りすぎているような気もして……私としては、レイがやる気になってくれて、とても嬉しいけれど……」
不安げなクリス。――ああ、そんな顔をさせたい訳じゃ、ないのに。
「大丈夫だよ。今までが何もしなさすぎたんだ。これでも足りないくらいじゃないかな?」
「……それなら、良いのだけれど」
クリスの不安げな表情は、解けない。
「大丈夫。本当に駄目なら、クリスに膝枕してもらいに来るから」
「ひ、膝……! ……ま、まあそういうことなら仕方ないわね、してあげても良いわ!」
赤くなりながら、拳を握って承諾してくれるクリス。――無理矢理ではあったが、彼女の表情を変えることが出来て、良かったと思うレイであった。
「本当にキツかったら、休むさ。休むことも大事な仕事――ギルバートさんの受け売りだけどね」
苦笑しながらそう言うと、クリスは「良い言葉ね」と微笑んだ。
「倒れるなんて出来ないさ。やらなきゃいけないことが、沢山あるからね」
そう言って窓の外を眺める。外は、雲一つない青空だ。
正直なところ、休んでいられないのが現状だ。それでも、無茶をしてその隙を突かれる訳にはいかず、グレンやヴァリスの助言を得ながら体調をキープしている状況である。
焦りはある。それでも、適切に行動しなければ勝てるチャンスは無い。快晴な外とは裏腹に、荒れそうになる己の心を必死になって落ち着かせる。
(やれることを、やるしかないんだ)
目を閉じ、深呼吸。目を開けると心配そうなクリスの顔が見え、笑って誤魔化す。
「大丈夫だよ」
その言葉に根拠はない。それでも、レイは彼女を守るためにそう言い続ける。
大丈夫――それは、実際には自分自身に言い聞かせている言葉に過ぎなかった。




