17 君のための英雄
「どうにか、上手くいったようだな」
ギルドに顔を出すと、レイがやってきたことに気がついたギルバートが近寄り、声をかけてきた。
「すみません、色々助かりました」
「ん……まあ、俺自身は何もできなかったけどな」
苦笑するギルバート。だが、彼の助言がなければ、その後の展開は無かった。『相棒』を得たことで、レイは戦える『力』を得ることができたのだから。
「いえ、本当に助かりました。グレンと出会わなければ、こう上手くはいきませんでしたから……」
「そうか。ま、俺の方が『鎧』の力は上手く使えると思うんだけどな~」
そう言って笑うギルバート。その笑い方から、彼が冗談を言っているとわかる。
《戦士としての質は確かにレイの方が下だが、なかなか面白い人材だと私は思うがな》
「ほう……『英雄』が認める、未来の『英雄』の誕生、か?」
「やめてくださいよ。柄じゃないですよ、そんなの」
思わず苦笑する。国や世界を救えるなんて、思ってはいない。自分に出来るのは、精々大切な人を守ることだけ――しかし、それで良いと、今は思う。
「ま、ちょうど良い。今後はもう少し気合を入れて働くことだ。いざって時に、色々利用できるように、な」
「……そうですね、せめて底辺からは抜け出さないと」
自分が思っていた以上に、底辺冒険者なんてものには何も出来ない。出世して、何かがしたいというのは無いが、せめて『何か』あった時に、優位に立てるだけの『位置』にはいたい。それが、今のレイにとって、新しい――いや、初めての目標となっていた。
「やれるだけ、やってみますよ。もう、こういうのは懲り懲りなんで」
レイがそう言うと、ギルバートは笑った。
「ま、頑張るこった。直接の手助けは出来ないだろうが、助言ならいくらでもしてやる」
「その時は、お願いします」
その後は当たり障りない世間話をし、別れる。掲示板には特にこなせそうな依頼は無い。
「出直すか……」
頑張るつもりではあるが、無理はしない。やれることを、確実に。それが新しい『冒険者・レイ・ガーラント』のスタイルだった。
☆ ☆ ☆
ギルドを出て街をぶらついていると、視線を感じて振り向く。その先――路地の物陰には、先日遭遇したあの男、レインが立っていた。
「待っていた、のか?」
「ああ。ひとつ、忠告をしようと思ってな」
一応警戒しつつ、レインに近付く。だが、彼からは攻撃の意思は感じなかった。
「カイル・レドリックはお前の望み通り、自らの罪を償うことになった。――だが、これで終わりではないぞ」
「……何を知っている?」
正体を隠す仮面の男――自分自身もそうであっただけに、レイはレインという男を警戒していた。正体を隠すということは、何かがあるということを自分で公言しているようなものなのだ。
「お前よりは色々、な……だが、今のお前に言っても、理解は出来ないだろうし、余計な情報は先入観を生む。時が来れば自ずと知るだろうし、『奴』がお前に色々と喋るだろう」
「『奴』? それは、アンタが言っていた、なんだっけ……『大いなる意思』のことか?」
「そうだ。奴は、どういう訳かお前に夢中でな……今回のことも、それが原因と言って良い。そして……これは、始まりにすぎない。まだ、終わっていないんだ」
「なんだよ、それ……」
「奴は、お前を追い詰めるために、ありとあらゆる手を打ってくるはずだ。そして、そのために再びクリスティーナ・エヴァンスが狙われる可能性は、高い」
知らない奴に夢中になられ、それでクリスを巻き込まれた? カイル・レドリックだけに向けられていた怒りが、姿を見せない『大いなる意思』とやらに向かっていく。
その存在なんて、全く知らなかった。それなのに、何故『大いなる意思』はレイを狙うのか? レイは全くわからなかった。
「『大いなる意思』ってのは、いったい何者なんだ? どうして俺を……」
「さあな。俺にも、奴の正体と、お前に夢中になっている理由はわからん。ひとつ言えるのは、奴は人間ではなく、強大な力を持つ存在だということだ。――魔王なんかよりも、な」
レインにそう言われ、目眩を感じる。あの男――ジークにすら手こずったというのに、魔王以上の存在? そんなもの相手に、どうしろというのか……。
「お前が諦めるのは勝手だが、その瞬間にお前は全てを失うことになる。何もかも――そう、クリスティーナ・エヴァンスもな」
「!」
それだけは、認められない。自分が様々なものを失うことになっても……クリスを失うのだけは、耐え難いと思った。だからこそ、今回必死に戦ったのだ。
「――それだけは、認められない」
レイがそう呟くと、レインは微かに笑ったようだった。
「だったら、もっと強くなることだ。今のお前では、奴の思惑に抗えない。強くなれ、レイ・ガーラント。――俺のように、後悔しないように、な」
背を向け、去ろうとするレイン。
「待ってくれ。アンタは、どうしてそれを俺に……」
足を止めたレインは、背を向けたまま、しばし立ち尽くしていた。
答えてもらえないか、と諦めかけたその時、レインは口を開いた。
「――そうだな、俺が出来なかったことを、お前なら出来るかもしれないと……勝手に思っているから、かな」
それだけ言うと、レインは去ってしまった。
その、どこか寂しげな背中を見て、レイは追うことはしなかった。
《不思議な男だ》
「そうだね……でも、信用できる気はする」
謎の多い男だが、レイは不思議と彼を信用できる気がしていた。理屈があってそう思った訳ではない。ただ、本能的にとでもいうか、彼は信用しても良い、と言っている自分がいるのを感じるのだ。
《『大いなる意思』と戦うことになるのであれば、また会うこともあるだろう》
「そうだね」
それが何時になるのかはわからない。ただ、そう遠くもないだろうことは、レインの話から感じていた。
「神様だろうと魔王だろうと、邪魔をするなら戦ってやるさ……無抵抗でやられるつもりは、ない」
空を見上げ、己の心に誓う。
空は、青く澄んでいた。
☆ ☆ ☆
ゆっくり話をする時間が取れなかったこともあり、改めてエヴァンス家を尋ねたレイは、マリーダに嫌な顔をされつつ案内される。
なんだか、彼女の視線が以前よりもキツく感じるのだが――気のせいということにしておこうと思ったレイであった。
「本当に、ありがとう。レイのおかげで、嫌な結婚をせずに済んだわ」
クリスはそう言って笑った。
今日の彼女は淡い青色のワンピースを着ていた。
「僕も、嫌な思いをせずに済んで良かったよ」
正直な気持ちを告げたが、クリスは何故か不満気な表情をみせる。
「――ズルい」
「え?」
「ズルい! 私は正直に話しているのに、レイははぐらかしてばかり!」
怒られてしまう。
「いや、でも……ハッキリとは言われてないような……」
そう言った瞬間、クリスに睨まれる。
「こういうのは、男性から言うものじゃなくて? それとも、貴方にとってはどうでも良いことだというのかしら!」
レイは「しまった」と思う。たしかに、今のはまずかった。男性から言うべき云々はともかく、自分ははぐらかしておいて、クリスに任せようとした。それは、人として駄目だろう、とやってしまってから思うレイであった。
「……ごめん、今のは僕が全面的に悪かった」
両手を上げて降参する。
「そうだね……僕は、クリスティーナ・エヴァンスのことが好きだ。愛してる。よくわからない奴に理不尽に奪われそうになったら、相手の屋敷に殴り込みをかけるくらいには、ね」
まだ真面目に言うのは気恥ずかしかったため、少々戯けて話す。呆然としていたクリスだったが、やがて諦めたかのように苦笑する。
「まったく……ズルいわ、レイ」
「それで、君の気持ちを知りたいな」
笑ってそう告げると、クリスは少し頬を赤らめつつ、一度咳払いをしてから応えた。
「私も、レイ・ガーラントを愛しているわ。……なかなか成果の出ない冒険者だけど」
仕返しのつもりなのか、少々厳しいことを言うクリス。――事実なので、反論はできなかったが。
「ま、これからはもう少し頑張るさ」
「どのくらい?」
問われ、考える。しかし、考える必要など無かったと、レイは気がつく。
「そうだね……」
言いかけて、レイは笑った。
「とりあえず、英雄になるまで、かな?」
英雄になれと言われても……と思ったのは、つい最近の筈だ。それでも、彼女を守れるのであれば……守るためなら、英雄にだってなってやる――そのついでに、世界を救うくらいの気持ちで、レイは答えた。
「じゃあ……レイは、私のために英雄になってくれる?」
改めての問いかけに、レイは微笑みながらうなずいた。
「なるよ。僕は、クリスティーナ・エヴァンスのために、英雄になる。誰にも邪魔させないように、ね」
少し照れはあったが、そのままクリスを抱き寄せる。
「まだまだ未熟だけど、きっと――」
「うん――気長に、待ってる」
そう言って笑ったクリス。
レイは、胸の中に温かなものを感じていた。
底辺冒険者、レイ・ガーラント。彼はこの日から、新しい一歩を踏み出す。行く先に何が待ち構えているのかはわからない。しかし、振りかかる火の粉からクリスを守れるように、精一杯戦っていくことを誓った。
☆ ☆ ☆
レイ・ガーラント、十六歳。これまで実績が殆ど無い、底辺冒険者であった。しかし、急速に実績を上げ始め、ついにランクDへと昇格することになる。その影に、美しく、気の強い女性の姿があったことは、一部の関係者のみが知るところである。
第一部 英雄になれと言われても? ~完~
第一部完結です。
次話より第二部となります。引き続きよろしくお願いいたします。




