15 笑う、黒剣の使い手
刀身を含む全てが漆黒という、不気味な印象の長剣を構えるジーク。その構えはゆったりとしているように見えるが、隙を感じさせなかった。
(ヴァリスほどではないと思うけど、かなりの実力者だろうな)
レイも構えつつ、距離を取る。迂闊に近づけば、一瞬でやられてしまうような気がした。
「慎重ですね……。結構結構、ただの馬鹿では、楽しみがありませんからね」
そう言って笑うと、ジークはじわじわと距離を詰めてくる。それに対してレイが距離を開けるという構図となり、一定の距離を保ちつつ、部屋の中を動きまわることになる。
「何をしているんだ、ジーク! さっさとそいつを始末しろ!」
怒鳴るカイルに苦笑するジーク。
「やれやれ……捕らえろだとか追い返せではなく、始末しろとは……本当にこの雇い主は過激で困る」
「それに加担しておいて、今更言うのか?」
「まあ、それもそうなんですけどね」
よくわからない男だ。
《奴のペースに乗せられるなよ》
「今のところ、向こうのペースだけどね」
そう漏らした瞬間、ジークが一気に距離を詰めて斬りかかってくる。
「くっ……!」
速い。そして、一撃一撃が、見た目以上に重い。見た目は細身だが、ジークのその力は驚くべきものだった。
(筋力だけじゃない、速さを活かした力の乗せ方……やっぱり、コイツは只者じゃない!)
捌き切れない訳ではないが、だからといって攻勢に転じることも出来ず。そして、顔をかすめた一撃が、レイの仮面を弾き飛ばした。
「気をつけないと、次は顔に行くよ?」
「ご忠告、どうも」
出し惜しみしていた訳ではないが、ここにきてレイはようやく『王者の鎧』を纏う。鎧の力を借りなければ、勝てないと確信した。
「ほう……それは、まさか『王者の鎧』で? まさか君がそれを手にするとは……ふむ、やはり聞いていたのとは異なる未来が待っていそうだ。ワクワクしますね」
(『聞いていたのとは異なる未来』? 何を言ってるんだコイツ……)
気になるといえば、ジークの喋り方も気になる。最初に出会った時と今では、印象がガラッと異なっている。
(戦闘狂特有の、気が高ぶると……ってやつか?)
考えても仕方がないとはわかりつつも、レイは何故か気になっていた。
「さて……では、本気の君の力、確認させてもらいましょうか」
――速い。先程までとは違う、妙な……まるで蜃気楼が次々と現れるかのように、ジークの姿が形作られるように感じられる、レイにとっては『気持ち悪い』速さだ。
(なんだ、これ!)
鎧の力でどうにかついていけているが、今のジークの動きはレイが経験したことのない、未知のものだった。
「やりますね、これで一撃入れられないのは初めてですよ」
動きを止めたジークはそう言って笑う。――とても禍々しく感じる笑みだった。
《あれは、緩急の使い方で実現している……分かっていても、簡単に真似できるものではないが》
「ご明察の通り。鎧に取り憑いた亡霊とはいえ、さすがは『覇王』といったところですか」
ジークはグレンの正体に気が付いている。その事実に驚いたが、すぐにその驚きは焦りに変わる。――奴は、こちらの手の内をどこまで知っているのだ?
(実力差、そして情報量の差……どれもこちらが不利な状況だな)
ジークの手数が止まっていることから、不利を承知でこちらから攻めるが、やはり簡単に捌かれてしまう。剣も拳も、そして蹴りもジークに決定的なダメージを与えることが出来ない。
「ほらほら、もっと鎧の力を引き出して! 私をもっと、楽しませてくださいよ!」
「ちっ……!」
思わず舌打ちする。攻めに転じたはずのレイが、いつのまにか守りに戻される。それは、圧倒的な差が二人の間にあることを意味していた。
「くそっ!」
「駄目駄目、そんなんじゃ誰も守れませんよ? そう、君の大切な人も、ね」
頭に血が登っていく感覚。冷静さを失いかけたレイを抑えたのは、グレンだった。
《乗せられるな、レイ! 冷静さを欠けば、掴めるチャンスも掴めんぞ!》
ハッとなる。ここで負ける訳にはいかないのだ。それを思い出し、レイは距離を取る。
「なかなか良い相棒ですね。良かったですね、レイ・ガーラント」
そんなことを言いながら小さく拍手しているジーク。距離を詰める気は、今は無いようだった。
「まいったね、これは」
《世界は広いなんて言ったりするが、こんな男がいるとはな……》
グレンもジークには驚きを隠せないようで、それを聞いてレイは「本当にまいったね」と漏らす。
(グレンが認めるほどの実力……それに対してこちらは、鎧の力を使っても五分に持ち込めない)
道具の差ではない、明らかな実力差。これを逆転するのは、神の気まぐれでも起きないかぎりは難しそうだった。
しかし、諦めることは出来ない。諦めた瞬間、レイは負けるだろう。そしてそれは、クリスを救えない未来に繋がっていく。
「そんなのは、我慢できないよな……」
独り言が思わず口に出る。大きく息を吸い、吐き出す。――やることは、ひとつだ。迷う必要なんてないし、絶望している暇はない。
「足掻いてやるさ、最後まで」
「良いですね、その目……ゾクゾクしますよ」
ジークが笑う。本当に嬉しそうで、レイは少々苛ついた。
「戦闘狂め……」
「命のやり取りをしてこそ、魂は輝く……そうは思いませんか?」
「思わないね、全く!」
距離を詰め、横薙ぎの一閃――躱されるが、さらに距離を詰めて上段から斬りかかる。
ジークは笑みを浮かべたまま、レイの斬撃を捌き続ける。まだ余裕が有るのか……ならばと、レイはさらに速度を上げていく。自分の力だけでは到達できない領域だが、鎧の力を借りた今なら、もっと速度を上げることが出来た。
「その調子ですよ」
「うるさい!」
身体が軽くなったような感覚。レイは、自分が鎧の力を引き出せるようになってきたことを自覚した。
(不利なのは変わらないけど……これなら、まだやりようはある!)
自分の中にある限界を、少しでも『上げて』いく。ヴァリスとの修行で行ってきたそれを、この戦闘の最中でも行う。今のままでは勝てないなら、そうするしかない。
「バースト・ウインド!」
「マギ・エクスプロージョン」
魔術による暴風で姿勢を乱そうとしたが、逆に爆裂魔術でこちらが乱されてしまう。慌てて距離を取れば、続けて爆裂魔術が叩き込まれる。
「や、やめろ! 屋敷を壊す気か!」
「注文が多い人ですねえ……」
カイルの叫びに、面倒くさそうなジーク。そこに斬りかかったが、隙はなく、あっさり捌かれてしまった。
「良いですね、その隙を見逃さないという姿勢!」
「全然、隙なんて無かったけどな」
嫌になるくらい、ジークは平然としている。ニヤニヤと笑い……余裕だ。
「こんなに楽しいのはいつ以来でしょう……本当に楽しいですよ、レイ・ガーラント。だから……もっともっと、私を楽しませてくださいよぉっ!」
ジークの姿が、消えた。
「!」
次の瞬間、背後に殺気を感じて振り向くと、そこには斬りかかろうとするジークの姿があった。
どうにか剣で受けることが出来たが、その速さは既にレイがついていけるものではなくなっていた。
「今のは入ると思ったんですけどねえ……いやいや、この戦いの中でも成長しているなんて、本当に楽しませてくれますね」
嬉しそうなジーク。だが、レイにとっては嬉しくない状況だ。せっかく詰めた『距離』が、一気に差をつけられてしまったのだから。
《まだ上があるとはな……》
「『覇王』を驚かせることが出来るとは、これは自慢が出来そうですねえ。まあ、する相手がいない訳ですが」
苦笑しているジーク。そこには、明らかな余裕がある。
先程よりも隙がありそうな、構えすらしていないジーク。だが、レイは感覚的にそこに飛び込めばやられるだろうと理解していた。それは、ヴァリスと戦った時の感覚と似ていた。
(たぶん、これがコイツ本来の『構え』なんだ……自然体の、力まない状態からありとあらゆる動きに繋げていく……たぶん、ヴァリスもこれと同じ戦い方なんだ、本来は)
ヴァリスはレイに合わせて、本気は出していなかった。それ故に、ヴァリス本来の、本気の戦い方というのをレイは知らない。だが、修行中に何度か見せられた、構えぬまま対峙していたヴァリスを思い出すに、ヴァリス本来のスタイルとしてはそれが基本なのではないかと考えた。
(まあ、それが分かったところで、特に対策が思い浮かぶ訳でもないけど)
しかし、『そういうものである』と心構えはできた。未知のものと戦うのではない、それだけで前向きにはなれた。
「それだけの実力を、こんなつまらないことに使うなんてな」
「いえいえ、こういうのも楽しいものですよ。おかげで、こうして楽しい戦いに巡り会える訳ですから」
別に説教や心理戦がしたかった訳ではないが、レイの言葉にジークは特に感情を動かさなかったように見えた。
「弱者のために強者が力を使う……素晴らしいですね、涙が出ます。けれど、その弱者を苦しめるのも、また強者なんですよ……だから、私は強者を目指す。誰にも、私の邪魔をさせないためにね」
そう言ったジークは笑っていたが、先程までとは違い、その目は笑っているようには見えなかった。凍えるような目、と言えば良いだろうか?
「弱ければ死に、強ければ全てを手にする。ああ……とてもシンプルで、わかりやすいじゃないですか」
ジークは両手を広げて笑う。そこに、レイはジークの禍々しさの根本を見たような気がした。
「さて、実は小細工をして警察がすぐには来られないようにしているのですが、さすがに時間をかけ過ぎると邪魔が入るでしょうからね……そろそろ、フィナーレへと突入しましょうか?」
刀身を舐め、ジークがニタリと笑う。
「私が勝てば、君の物語が終わる。相思相愛の男女が結ばれず、どちらも死んでしまう悲恋……下衆な民衆の好きそうな、低級のお話になりそうですね」
「そんな結末には、辿り着かないさ」
剣を構え、最後に備える。もう、次の『お喋り』は無い――次に斬り合いが終わる時、それは決着の瞬間だと、レイは理解していた。
「それでは……始めましょうか、フィナーレを!」
蜃気楼のような動きに、先ほどの捉えられない動きが混ぜられる。緩急の差が激しく、リズムを狂わされる。それでも、気配を感じてから動き出しても間に合わせることが出来る程度には、レイの動きも速くなりつつあった。
ジークの剣術は、レイの目から見て『基本の型』が無いように感じられた。自由自在、その時、その瞬間に適した技を繰り出している。それは、あらゆる流派を混ぜ込んだような、そんな剣術だった。
基本の型があれば、特有の癖のようなものから対処のしようもあるのだが……ジークには、それがない。――突破口を見出すのは、容易ではなかった。
剣術、体術、魔術。それらを上手く使いこなすジークのそれは、近いといえばヴァリスのそれに近い。似ていないようで、似ている。そう感じ始めたレイは、ヴァリスとの戦いを思い出す。
(もっと……もっと、踏み込むんだ……自分の限界の、その先に)
ヴァリスとの修行で、レイは自分の限界点を『上げた』。ヴァリスの本気を引き出すことは出来なかったが、ひとつひとつ壁を乗り越えていく中で、ヴァリスの『真髄』へと近づいていったように思える。今のジークが『その先』にいるのだとしたら、また壁を越えていくしかない。
ジークの攻撃を捌きつつ、レイは反撃のための手段を考える。今の自分に何が出来る? 今、出来る最大、最高の攻撃。それを見出だせるかどうかが、この戦いのキーポイントになると思われた。
「考え事ですか? 余裕ですねえ!」
「余裕はないけど、考えないと勝てないんでね!」
ジークの技も厄介だが、その武器である長剣も厄介に感じられた。これだけ打ち合っていて、ほとんど刃毀れしていないように見える。並の剣では、刃毀れして斬れ味などとうになくなっているだろう。
(妙な外見だけど……業物ってのは間違いない、か)
だが、剣に関してはこちらの不安はない。ヴァリスから譲り受けた、グレンの剣がある。ジークの剣と打ち合う中で、しっかりとレイの期待に応えてくれている。
(差があるのは技だ……武器が同程度であれば、最後に差をつけるのは、使い手の技)
ついていけない程ではないと、感じられるようになっていた。それでも、まだまだ差はある。その差を乗り越えなければ、ジークには勝てない。
「少しずつ差を埋めてきましたが、残念ながらそれでは届きませんよ」
「!」
剣を弾かれ、蹴りを入れられる。防ぎようもなく、まともにダメージを受けてしまったレイは、床に転がってしまう。
「惜しかったですねえ。でも、なかなか楽しめましたよ?」
立ち上がろうとしたレイの鼻先に、ジークが剣を構える。
「ここで殺してしまっては、怒られるでしょうかねえ……でも、私は君が死ぬ瞬間を見てみたい。ああ……どんな顔をして死ぬんでしょうか? どんな叫び声を上げて死ぬんでしょうか? 想像するだけで、ゾクゾクしますよ……!」
狂っている。ジークは恍惚の表情でレイの最後の瞬間を想像していた。それを見て、レイは寒気がした。
「怒られるかもしれませんが……やっぱり、食べちゃいましょう」
ジークが、剣を天に掲げる。
「いただきますよ、レイ・ガーラント」
「させねえよ」
突如、どこからか現れた者がジークに斬りかかった。ジークはバックステップでそれを避けると、「やれやれ、無粋ですねえ」とボヤいた。
「おやあ? 誰かと思えば……『負け犬』さんですか」
ジークに『負け犬』と呼ばれた者は、全身黒尽くめ、顔には赤い涙を流す黒い仮面を付けている。声は男のようだが、くぐもった――まるで何かで声を変えているかのような声で、本当の声はわからなかった。
「やっとみつけたぞ、『飼い犬』。お前の飼い主の下まで案内してもらおうか」
美しい、黄金の装飾で飾られた長剣を構える仮面の男。その立ち姿は、ヴァリスに似ているように見えた。
「困りましたね……流石に二人を相手にしては、私も無事ではすみませんよ。ここは、大人しく引き下がることにしましょうかね。怒られるのも嫌ですし」
「逃がすと思うか?」
「逃げられないと思いますか?」
二人は知り合いのようだが、有効な関係ではないのは明らかだった。
「レイ・ガーラント。今日は邪魔が入ってしまいました。お楽しみは今後の楽しみとしておきますよ」
「……それは、見逃してくれるってことか?」
「よく自分の立場を理解しているようだ。……そうですね、今は、そういうことになりますね」
レイとジークでは、ジークの方が明らかに強い。仮面の男とジークではわからないが、一対一に持ち込まれれば、不利なのはレイだ。
「『負け犬』、君との勝負もまた今度……『あの方』が、最高の舞台を用意してくれるでしょうからね」
「俺は、今この場で決着を付けても構わないが?」
「吠えるなよ、『負け犬』」
そう言ったジークの顔は、嘲るように笑っていた。
「そうそう、カイル・レドリック、アンタがやったアレコレは派手にやり過ぎていてですね、時期に警察のお世話になると思いますよ? 別に私は困りませんので、ちゃ~んと証拠はそのままにしてありますので」
「き、貴様っ! 金を払ったというのに、私を裏切る気かっ!」
ジークは「勘違いしないでもらいたいですねえ」と笑った。
「アンタの警護役なんてのは、ついでなんですよ。我が主の目的のための、ね……。だから、用がなくなれば、おしまいです」
「み、見捨てるというのか、この私を!」
「自分にどれだけの価値があると勘違いしてるんだ? アンタにはこれっぽっちも価値なんてありゃしない。私にとっては、虫けら共と同じですよ」
「貴様ァッ!」
カイルが立ち上がり、ジークに掴みかかろうとするが、ジークに睨まれて尻餅をついてしまう。
「さて、とにかくこれでおしまいです。ここでは、ね。……それでは、ごきげんよう」
言うやいなや、ジークはテラスから飛び出した。仮面の男が後を追おうとテラスに出たが、すぐに引き返してくる。――見失ったのだろう。
レイは、大きく息を吐いた。
戦いは、ひとまず終了した。
☆ ☆ ☆
「アンタ、アイツとどんな関係なんだ?」
室内に戻ってきた仮面の男にそう尋ねると、「レイ・ガーラントか……」とつぶやき、レイが何者であるかを再確認したようだった。
「俺が探しているやつの『飼い犬』が、ジーク・シュニッツァーと名乗るあの男だ。それで、何度か戦ったことがある。それだけだ」
「奴の言っていた『我が主』ってのは、何者なんだ?」
「『大いなる意思』なんて自称している、強大な力を持つ者だ。そいつが、色々画策して『飼い犬』がそれを手助けしている。……いや、手駒として動かしている、と言うべきか」
「今回の事件も、そいつが黒幕なのか……?」
「『飼い犬』を通じて、カイル・レドリックに浅知恵を吹き込んだのは、間違いないだろう」
そう答えると、仮面の男は未だに座り込んでいるカイルの正面に立った。
「ここではお前に恨みはないが……後のためだ、死ね」
持っていた剣でカイルを斬ろうとする仮面の男。慌ててレイは回り込み、その剣を自らの剣で受け止めた。
「何故、邪魔をする?」
「悪人だからって、殺せば良いってもんじゃないだろ! 法に従って裁きを受けさせるべきだ!」
「生かしておけば、コイツはまた同じ過ちを繰り返すぞ。その時、犠牲になるのはクリスティーナ・エヴァンスか、それとも別の誰かか……」
「まて、何でクリスの名前が……」
「知っているさ。コイツがしたことは全て。そして、巻き込まれた人間のことも」
そう言った仮面の男の声には、怒りが滲み出ていた。
しばらくにらみ合いが続いたが、「お人好しが……その甘さが、お前とお前の大切な人々を不幸にするぞ」と、仮面の男が剣を引いた。
「命拾いしたな、カイル・レドリック。だが、お前の罪は重い……捕まれば、死刑はなくとも気の遠くなるような期間、折の中で過ごすことになるだろう。どちらが地獄なのかは……自分で判断するんだな」
そう言い残すと、仮面の男はテラスに出ていく。
「アンタ、名前は?」
出ていこうとする男の背に、レイは問いかけた。
「……レイ、ン。レインだ。血の雨を降らせることしか能が無い、全てを失った者さ」
寂しげに見えるその背中。レイは、その背中が闇に消えるのを見届け、剣を鞘にしまった。
「カイル・レドリック。俺はアンタを殺す気はない。だが……」
しまった剣を、再び抜いてカイルの眼前に突きつける。
「ひぃっ!」
「再び俺の邪魔をするようなら……その時は、死を覚悟してもらうぞ」
白目を剥いて倒れるカイル。どうやら失神したようで、同時に股間を濡らしていた。
《終わったな、レイ》
グレンがそう呟く。
「ああ。とりあえず、ね……」
ジーク・シュニッツァー、そして『大いなる意思』。さらには『レイン』と名乗る仮面の男……。終わったようで、何もかもが終わっていない気がするレイだった。
「考えても仕方がない。とりあえず、面倒事に巻き込まれる前に退散しよう」
《そうだな》
失神したカイルを残し、レイもテラスから飛び出す。上手く着地し、そのままレドリック邸から走り去る。
《あの男の剣、あれは……》
道中、グレンが何やら考え込んでいたが、それ以上何も話すことはなかった。
「とりあえず、これで依頼達成だ」
鎧を解除し、ホッとした気分でレイは右手を高く掲げた。
スッキリしない結末ではあるが、レイ自身の目的は果たせた筈だ。
警察の笛の音が遠くに聞こえる。それはカイルを守るための警察か、それとも捕らえるための警察か……どちらにせよ、レイのやるべきこと、やれることは終わったのだ。




