14 再度、レドリック家へ
「レイ!」
エヴァンス家を尋ねると、クリスとマリーダが出迎えてくれた。
ローレンツは出かけているらしく、帰宅までは時間がかかるだろうとマリーダから告げられる。
「そうか……じゃあ、申し訳ないけど待たせてもらうよ」
レイがそう告げると、マリーダは「何かあったのですか?」と尋ねてきた。
「悪い話じゃないですよ。……というか、良い話です」
「……レドリック家との話を、無かったことに出来るの?」
不安そうなクリスに「まあ、まだそこまでは行ってないけどね」と答える。
「ローレンツさんが帰宅されたら、話を進める。僕だけじゃ、ちょっぴり不安なんでね」
苦笑してそう言うと、まだ何か言いたげなクリスであったが、それ以上尋ねることはしなかった。
☆ ☆ ☆
「これは……いったい、どうやって……?」
帰宅したローレンツに「急ぎの話が」と伝えると、そのまま話を聞いてもらえることになった。クリスが不安がるだろうからと、レイの提案でクリスとマリーダも同席している。
応接室に通され、ローレンツの隣にクリス、対面のレイの隣にマリーダが座る形で話を始めた。
「別件で訪ねた場所で、知人の知り合いから提供してもらいました。……とある依頼の前払い、といったところです」
「どんな依頼を受けたんだ、君は……」
ヴァリスからレイに手渡された物を見せられて、ローレンツは唖然としていた。
「……しかし、これなら確かに……だが、君はそれで良いのかね?」
「目的が達成できるのであれば、安いものですよ」
格好つけてそんなことを言ってみるも、イマイチ決まらなかった。慣れないことはするものではない、と反省するレイであった。
「それで、これからどうするつもりだね?」
「まず、『これ』の扱いはローレンツさんにお任せします。僕では上手いことやれないでしょうから……。これでとりあえずの問題を解決し、僕は直接『お願い』に行きます」
「……乗り込むのかね、レドリック家に?」
実質的に、前回の襲撃は失敗したようなものだ。今では警戒されて警備は厳重になっているであろうし、何よりもあの男――ジークがいる。乗り込むのは、簡単ではないだろう。
「簡単なことではないのは、承知の上です。それでも、今後のことを考えれば……決着をつけておかないと、安心できませんからね」
「『これ』で解決とは、いかないかね……?」
「それで済むなら、こんな面倒なことをやってくるとは思えませんけどね……」
クリスを手に入れるためだけに、エヴァンス家を直接攻めるのではなく、周囲から抑えていったカイル・レドリック。そこまでしているのだ、簡単には諦めないだろう。今回を切り抜けたとしても、また新しい手で何かしてくるのが容易に想像できる。
「やるからには、徹底的に。――こんなことを、二度としようとは思わないほどに」
そう言ってレイが笑うと、何となく三人には引かれた気がした。
自分には、格好つけるという行為が似合わないのだなと、レイは内心で苦笑した。
「では、こちらは私が責任をもって処理しよう……元はといえば、私の甘さが招いた事態だしね」
「それは、今は気にすることではないでしょう。まあ、とにかく、そちらはお願いします」
「レイ、私に出来ることは無いの……?」
クリスが、立ち上がったレイの顔を見上げながら言う。その表情は、未だに不安げだった。
「……大丈夫だよ。これで、全部終わる。終わらせてみせるさ」
「でも……」
自分の言葉ではクリスを安心させることが出来ないことに、もどかしさを感じる。それでも、今のレイにはそう言うしかない。
《心配するな。今のコイツなら、ある程度の状況は打開してみせるさ》
「いきなり出てくるなよ、グレン」
突然喋り出したグレンに苦笑する。話に混ざれないのが寂しかったのであろうか? ……そんな人間――ペンダントには思えないが。
「ま、怪しいペンダントの保証だけじゃ、ね。結果を見せて安心させるしかない、かな?」
苦笑しながらそう言うと、クリスは「信頼していない訳じゃ、ないのよ?」と、少しすねたように零した。
「不安に思うのは、仕方ないさ。どうしたって、ね……だから、早く終わらせよう」
クリスの頭を撫で、笑う。クリスは「子供扱いしないで」と、少し恥ずかしそうにしていた。
「とにかく、これで決着をつけよう。皆、良い夢が見られるように、ね」
☆ ☆ ☆
レドリック家の前には、見るからにガラの悪そうな連中が立っている。周囲を伺った感じでは、相当な数の人員を増員したようだった。
《数だけあればどうにかなる、と思われているようだな》
「……まあ、間違いって訳でもないけどね」
見た感じでは、それなりに腕は立つのであろうが、どうやっても勝てそうにない、という人物はいないように思えた。
《少しは修業の成果があった、と言えるかな? 随分と落ち着いている》
「あれだけボコボコにされて、成果がなかったら悲しすぎるわ……」
思い返すだけで、吐きそうになる。肉体的に、というよりは、精神的にきつかった。
とはいえ、あの修行がなければ、こうも落ち着いていられなかったであろう。レイは改めてヴァリスに感謝した。
「とりあえず侵入だけならどうにかなりそうだけど、問題は『奴』だよな……」
《ジーク・シュニッツァーか》
レドリック家の使用人を自称した謎の男。『覇王』の目から見ても侮れないという、今のレイにとって最大の『障害』であった。
「必ず出てくるだろうな……その時は、鎧の力をどうにか引き出して、全力で戦わないとならない。こればかりは、流石に自信がない。……サポート、頼む」
《心得た。せっかく巡り会えた相棒だ、私も早々に失うのは悲しいからな》
冗談めかしてグレンがそんなことを言う。
《勝てないまでも、負けない戦い方というのもある。……最悪の場合は逃げる、という手もあるがな》
「それは、本当に最後の最後だ。ローレンツさんが上手くやってくれれば、僕達は死ななければ勝ちとも言えるけど、その場しのぎじゃ……意味が無い」
《分かっているさ》
装備を確認し、深呼吸する。
腰にはグレンの剣。顔と身体には、例の仮面と鎧。――『王者の鎧』は、最後の手段だ。
「もうすぐ日が暮れる。……動くのは、それからだ」
日没。街灯が街を照らし始める。その中をレイはレドリック邸を目指して動く。
(気が付かれてはいない、か……? ただ、例の男はわからないな)
想像する通りの実力者であれば、レイの気配を感じ取っている可能性は高い。だとすれば、コソコソしていたところで何の意味も無いように思える。
「わかりやすく正面突破、というのはどうだろう? 悪役らしいだろ?」
笑いながらそう言うと、グレンは《いつから我々は悪役になったのだ?》と嫌そうな声だった。
「バレている侵入と、正面突破。どちらもリスクとしては同じじゃない?」
《無駄な戦闘は、避けるべきではあるが……カイル・レドリックを追い詰めるためには、全力で制圧した方が効果的ではある、か》
「決まりだね」
レイは剣を抜き、左手を構えて目標――レドリック邸正面ゲートに狙いを定める。
「派手に行こうか……シャイニング・ブラストっ!」
閃光魔術による光熱波が、ゲートを一瞬で溶かす。騒ぎに警備の男達が集まってくる中、広範囲に対象を設定し、次の魔術を放つ。
「バースト・フレイムっ!」
爆炎が男達を吹き飛ばす。
「邪魔をするなら痛い目に遭ってもらうぞ!」
一気に駆け抜け、ゲートを突破する。集まってくる男達が剣、ナイフ、銃を構える中、ヴァリスより授けられた技を駆使して切り抜ける。
(自分じゃないみたいだ……)
ヴァリスとの模擬戦である程度の感覚を掴んだものの、こうして実戦になると違いがより一層大きく感じられた。
望むように身体が動くし、望み通りの結果が得られる。それは、これまで底辺冒険者として過ごしてきたレイには別次元の話のように思えた。
「……っと、冷静にならないとね」
自分は最弱なのだと言い聞かせる。自分が強者であると『錯覚』した瞬間、レイは再び『何者でもない自分』に戻ってしまうだろう。
《このままここで数を減らせるだけ減らした方が良いだろう。屋内では動き辛いからな》
グレンの言葉に「そうだね」と返し、向かってくる連中を致命傷を避けつつ倒していく。
《殺さないというのは大事だが、負担は大きいぞ。無理になったら殺すことも覚悟しろ》
「嫌だね、まったく」
魔獣を相手にしたことなら何度もある。人を相手にしたことも。だが――レイは、人を殺したことは、未だに無かった。
聖人を気取っている訳ではない。単純にそれが忌避すべきことであると信じていたからだが……今、この瞬間にそれがレイの足を引っ張っているのは確かだった。
(血塗れの手で、クリスに触れられないよな……)
ふと浮かんだその考えに、戦闘中であるにもかかわらず、レイは苦笑してしまう。
《どうした?》
「いや……自分がちょっと、情けなくてね」
先のことを考えている余裕なんて、無い。そう自分を叱り、レイは戦闘に集中する。
剣、体術、魔術、その全てを駆使して警護の人間を蹴散らしていく。命は奪わないが、武器を持つ腕を砕く、斬り落とすくらいはやってみせた。武器を持つなら、それくらい覚悟しろ――そうレイに言ったのは、兄だっただろうか。
《外は片付いたか。では、中に入るとしよう。遅くなると外から増援を迎えてしまうかもしれん》
「それはゾッとするね。急ごう」
扉を蹴り破り、屋内へ。部屋の配置は前回の潜入でだいたい把握している。
「一気に行こうか」
階段を駆け上がると、待ち伏せていた連中がやってくる。銃には魔術で、剣やナイフには剣で対抗し、倒していく。
「数だけは立派だね、数だけは」
そう言ってみたものの、息は上がっていた。
《身体を鍛えた訳ではないからな、さすがにそっちは今後も鍛える必要がありそうだな》
「こんな時に冷静に何を言ってんだよ……」
だが、グレンの言う通りではあった。理想的な身体の使い方が出来るようになりつつあったが、筋力や体力といった面ではこれまで通りなのだ。効率が良くなったとは思うが、それでも激的に体力の消耗が減ったという訳ではない。
《まだ『奴』も出てきていないからな、無駄な消耗は避けておけよ》
「わかってるさ」
わかってはいるが、少々厳しいな、とも思っていた。
(消耗した所を狙われたら、さすがにマズイぞ……)
ここまで来た以上、黙って見逃してくれはしないだろう。戦闘は避けられないし、おそらく逃げられない。レイが最善の結果を得るためには、どうにか生き延びるしかない。
「……まあ、考えていても仕方ないか」
カイル・レドリックの寝室の扉を蹴破る。部屋の中には、メイドに縋り付いて泣き叫んでいるカイル・レドリックの姿があった。
「またお前か! 何故私を……!」
そう言って吠えるカイルだが、怯えているメイドに縋り付いている時点で、威厳も何もなかった。
「言わなくても、分かるだろう……?」
わざと低めの声で、そう言う。ゆっくりと足を進める度に「ひっ……!」とカイルが怯える。
「エ、エヴァンス家に余計なことをしたのも、お、お前か!」
「だったら、何だ?」
「何だ、じゃない! これでクリスティーナは私のものだったのに……貴様が余計なことをするからっ!」
カイルの勝手な言い分に、レイはイラッとした。
「クリスは……彼女は、『物』じゃない」
「うるさいっ! お前のせいで、私は彼女を手に入れ損なった……どうしてあの負債をエヴァンス家が支払えるんだ!」
ローレンツは、キッチリ仕事をこなしてくれたようだ。
ヴァリスから渡された袋――その中身は、各種宝石だった。レイ自身はその価値に疎いが、ローレンツの見立てでは相当の価値があると言っていた。そして、それを売却することで得られた資金で状況の打開を狙うのがレイの作戦であったのだが……それは上手くいったようである。
「さあな。どこかの親切な人間が、どこぞの宝石商でも手に入れられないような宝石を置いていったんじゃないか?」
「貴様がやったんだろうがっ!」
ベッド脇に置いてあった花瓶を投げるカイル。避けるまでもなく、それはレイに届かず落ちて割れた。
「ジークっ! ジーク・シュニッツァー!」
カイルがその名を呼び、レイは身構える。
「ジーク! 早くここに来て私を守れ!」
「――はいはい、何度も言わなくとも聞こえていますよ、カイル殿」
窓辺に、外から入って来たであろうジーク・シュニッツァーが立っていた。
(いつ入って来た……?)
その気配を、レイは感じ取れていなかった。
「やれやれ……『あのお方』の話じゃ、こういう事態になる筈無かったんですけどねえ……不思議ですねえ」
そう言ってジークは「くくく」と笑いながら近付いてくる。
「つまみ食いは駄目だと言われているのですが……そこまで熟している果実を見逃して腐らせてしまうなんて、どうにも我慢できませんよね。……熟した果実は、すぐに食べてあげないと」
まるで「ニタァッ」という擬音が付きそうな、不気味な笑みを浮かべるジーク。そこには、使用人らしい立ち居振る舞いなど、存在しなかった。
《レイ……こいつは、マズイぞ》
グレンの警告。レイ自身も、ジークから感じる圧倒的な威圧感に、危機感を覚えていた。
「さあ、始めましょうか。私を満足させてくださいね? レイ・ガーラント」
腰の剣を鞘から抜いたジークは、そう言って笑っていた。




