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英雄になれと言われても?  作者: 織田璃空
第一部 英雄になれと言われても?
12/24

12 『敗者』

 街で、『彼女』が病死したと聞く。――しかし、それが偽りの情報であることは、既に知っている。


(君は、最後までアイツに振り回されて……許せる訳、ないよな……)


 読んでいた『彼女』から最後に届いた手紙をウエストポーチに入れ、街の喧騒から離れる。

 もう、やれることはない。――いや、何かあったのかもしれないが、時既に遅し……救いたい、救いたかった『彼女』は、もうこの世にいないのだ。


「でも、このままでは終わらせないぞ……」


 街を振り返り、そんなことを呟く。敗者の戯れ言を勝者は聞かない。だから、これはただの決意だ。『彼女』を守れなかった敗者が、最後にできるたったひとつの決意。


「次にこの街に帰ってくる時……その時、全てを終わらせてやる」


 敗北感と怒り。もう、悲しみは無い。これから、強くならなければならない。悲しんでいる暇はない。



☆ ☆ ☆



 山篭りをしながら、剣術と魔術を磨くことにした。野生の動物、はぐれ魔獣等と闘いながら、生き残る術を身に着けていく。負ければ、死ぬ。自然の中に身を置き、己を追い込んでいく。

 それでも、常に「これで良いのか?」という疑問はあった。しかし、それ以外の道が見えなかった。だから、他の可能性のことを考えることはやめた。


 手入れをしていたものの、無茶なことをしていたのだ、剣が使い物にならなくなる。その時だけ、近くの村に立ち寄り、新しい剣を手に入れる。仕留めた動物や魔獣を売れば、どうにか金は手に入った。


 そんな生活を送り続け、二年程が経過する。拠点にしていた小屋を後にし、新しい場所を目指す。そこは村で聞いた通りであれば、かつて英雄を輩出した一族の住む集落だという。


(俺は、強くなったのか?)


 目的を果たすためには、強くならなければならない。今の自分がどれだけの強さであるのか、それを確認するため、その集落を目指す。



 山奥、それもかなり深い場所にその集落はあった。入口を守る男女に阻まれたが、特に労せず撃退する。殺しが目的ではないので、とどめは刺さない。


「二人を簡単に倒すとは、なかなかの腕前だね」


 現れたのは、真紅の長髪の、長身の男だった。


「この村に何用かな? 返答次第では、残念ながら少々痛い目に遭ってもらうかもしれない」


 男の問いに、「英雄を輩出した一族に手合わせしてもらいたい」と告げると、男は困ったな、という表情をみせた。


「その二人は、君の言う一族の末裔だ。他は年老いているか、元々才が無い者か……あとは、まだ若すぎる者ばかりでね……」

「なら、アンタに手合わせをお願いしたい。アンタは二人より強い筈だ」


 穏やかな表情とは裏腹に、男からは強い圧力のようなものを感じていた。それは、強い者から感じる独特のものだった。


「確かに二人よりは強いだろう。しかし……君と私で、勝負になるかな……?」

「受けてもらえる、ということで良いのか?」


 男は苦笑していた。


「良いだろう。悩みを抱える若人を相手にするのも、悪くない」


 男はどこから出したのか、赤い長剣を手にして、軽く構える。


「ヴァリス様!」


 先程倒した男女のうち、男の方が身を起こして男に声をかける。


「ここは私に任せてもらおう。――では、始めようか」

「ああ」


 間合いを一気に詰め、上段から斬りかかる。赤髪の男はそれを容易く受け、さらにその剣を受け流した。

 姿勢を崩されまいと、即座に距離を取る。しかし、赤髪の男はその隙を逃すまいと、間合いを詰めてくる。


「なかなかだが……その程度ではまだまだ、かな?」

「くそっ!」


 上段からの振り降ろし、横薙ぎの連撃も相手を捉えることはない。逆に、赤髪の男の一撃は確実にこちらを追い込んでくる。


(たった一撃で、こうも状況を変えられるなんて……!)


 驚愕が思わず声に出そうになる。二年前の自分なら、もっと相手にならなかったであろうことを考えれば、確かに自分は強くなっていると実感できた。だが、今目の前にしている相手は、それを遥かに超える強さを持っていた。


 勝負にならない――それは、赤髪の男の言う通りであった。


「よく鍛えたのだろう。だが……少々、無駄が多すぎる」


 山篭りで無茶な修行を繰り返してきた。それで強くなったことは確かだが、赤髪の男が指摘するように、それは洗練されたものではなかった。


「何よりも、剣が『曇って』いる。それでは、倒せる相手も倒せない」


 赤髪の男の指摘に、思わず動揺してしまう。その隙を突かれ、剣を飛ばされてしまった。


「勝負あり、かな?」

「……参りました」


 大人しく負けを認めざるを得ない。いや、そもそもこれは勝負にもなっていなかった。


(相手をしてもらった、というのが正しいだろうな……)


 悔しさすら無い、そこには圧倒的過ぎる差があった。


「これも何かの縁、うちでお茶でも飲んでいくと良い」


 赤髪の男はそう言って、自宅へと招いてくれた。



☆ ☆ ☆



 男の名は、ヴァリスといった。強いのも当然で、かつて邪神と戦った英雄の一人――炎龍王だという。


 名を名乗り、彼の妻に入れてもらったお茶を飲むとヴァリスに促されて身の上話をした。


「それで、復讐のために修行か」

「復讐、なんですかね。自分でもよくわかりません」


 それが、正直なところであった。『彼女』を死なせた『アイツ』を許せないという想いは確かにある。だが、それ以上に許せないのは、自分自身なのだ。


「八つ当たりなのかもしれません。『彼女』を救えなかった怒りを、どこかにぶつけたいだけなのかもしれない。正義のためとか、愛のためなんかじゃ、ないんですよ」


 そう言って苦笑すると、ヴァリスは「まあ、そういった話はよくあるものだ」と納得していた。


「だが、その先はどうする? 敵討ち、と言ってしまうが、それを果たした後、君はどうするつもりだ?」

「その先、ですか……」


 考えてはいなかった。きっと、『敵討ち』を果たせば自分は罪人として追われる身になるであろう。大人しく捕まるか、それとも終わりの見えない逃走の日々を送るか……。


「どうするつもりなんでしょうね、俺は……」


 答えは、出ていない。辿り着けてもいないゴールの先など、考えてもいなかったのだ。


「だったら、考えないといかんな。しばらくこの村で過ごすと良い。私が相談相手と、剣の稽古の相手になってやろう」


 ヴァリスの申し出を、深く考えること無く、受け入れた。相談はともかく、今以上強くなるために、ヴァリスが相手になってくれるのは有り難かった。



☆ ☆ ☆


 さらに、二年程が経過した。ヴァリスに鍛えられたことで、剣と魔術は格段に向上していた。


「もしかしたら、かつての弟子よりも強くなっているかもしれないな、君は」


 ヴァリスが稽古後にそんなことをつぶやく。

 未だ勝てないものの、最近ではヴァリスに競り勝てる場面も多くなってきていた。


「炎龍王にそう言ってもらえるなら、少しは自信になるかな」

「――行くのか?」


 ヴァリスにそう問われ、悩んだ末に首を縦に振る。


「少し、長居をし過ぎた。この村の暮らしは悪くなかったけど……戻らないと」


 苦笑しながらそう言えば、ヴァリスは「どこに戻ると言うのだ?」と問う。


「敗者の――最弱の復讐者としての生き方に。俺は、あの日つけられなかった決着を、つけなくちゃならない。そうしなければ――俺は、いつまでも死んだまま生き続けることになる。そんなのは、耐えられない」

「死者に花を手向け、弱き者を助けて生きていく道だってあるのではないか?」

「最弱の敗者が、誰を守れる? 守れなかったから、今の俺がいるんだ」


 そう、自分は強くない。英雄になれない、ただの敗者なのだ。そんな奴に、誰が守れるというのか?


「アンタのおかげで、少しはマシになった。それでも、俺が誰よりも強くなれた訳じゃない。きっと、誰かに負けるだろう。俺は、最弱なのだから。だから、夢なんてみないんだ。俺は――英雄になんて、なれない。でも、それで良いんだ。俺は、英雄になりたい訳じゃないんだから」


 そうだ。英雄になる必要も、なりたいという願望も無い。ただ『アイツ』を殺すことが出来れば……それで、良いのだ。


「復讐の末に、幸福な未来は無いぞ?」

「わかっているさ。それに、アンタはそれを避けられないと知っていながら、俺に付き合ってくれただろう? もう、無理なんだよ。これは、避けられない道なんだ」


 ヴァリスは、ため息を吐いた。


「かつて、強さ故に孤独に苛まれ、そして死んでいった者がいた。その男は皆を守りたいと戦い続け、その果てに守るべき者達に裏切られ、死んだ。君は、その男と似ている」

「こっちは、弱さ故に孤独になりそうだけどね」


 自嘲気味に笑うと、ヴァリスは「君は、君が思っているほど弱くはない」とつぶやく。


「自分がどれだけの力を持っているか、それを自覚している者は少ない。そして、その力を活かせる者は、もっと少ない。私は、君ならもっと違う道を歩けたであろうと思っている。――残念でならんよ」

「仕方ないさ。あの日、負けてしまった時から……もうこの道しか残っていなかったんだ」


 無くなった可能性について論じても、意味は無い。そんなのは、時間の無駄でしか無い。


「アンタを超えることは、流石に出来なかった。それでも……『アイツ』を殺すくらいなら、出来そうだ」

「諦めるつもりは、無いか」

「ああ」


 そう告げると、ヴァリスは再びため息を吐いた。


「君の言う通り、こうなることはわかっていた。それでも、そうならなければ良いと、思っていたのだが……」

「すまないとは思うよ。でも、今の俺には、こうするしかないんだ」



 荷物をまとめ、村を出る。門番役の二人――セシルとリゼルが「行くのか」と声をかけてくる。


「二人にも世話になったな。もう、会うこともないだろう……元気で暮らせよ」

「それで良いのかよ、お前は」


 セシルが、そう言って胸ぐらを掴んでくる。


「俺が選んだ道だ」


 そう告げると、何かを言いかけたものの、セシルは手を離した。


「アンタは、この先どうするつもりだ?」


 リゼルがそう問う。答えは、ヴァリスに告げたのと同じだ。


「さあね。考えていないよ」

「アンタは生きるべきだ。生きて、アンタ自信を許さなくちゃ」


 リゼルの言葉に、首を横に振る。


「自分自身を許せる日なんて、きっと来ない。己の弱さを嘆き、己の罪を悔いながら、死んでいくんだ」


 セシルとリゼルは、もう何も言わなかった。


「元気でな」


 村を出て、山を降りる。目的地は、故郷であるあの街。


「待っていろ……貴様は、俺が必ず殺してやる……」


 はやる気持ちを抑えつつ、街を目指す。悲願成就まで、あと少し。



☆ ☆ ☆


「や、やめてくれ……!」


 命乞いをする相手の右腕を斬り落とし、返り血を浴びる。徐々に弱っていく相手を前に、心は冷たく冷えていく。


「何故だ……! 何故、俺を殺す?」

「何故……? お前が、彼女を殺したからだ」


 壁に寄りかかった相手の腹に蹴りを入れ、そのまま壁に押し付ける。

 悲鳴が煩いが、この屋敷にそれを気にする者は、もういない。


「か、彼女だと……? まさか、アイツのことを言っているのか?」

「その通りだ。お前が殺した」

「アレは自殺だ!」

「お前があんなことをしなければ、彼女は死ななかった!」


 左足を斬り落とす。ヴァリスに譲ってもらった剣は、よく斬れた。

 支えを失った男は、そのまま倒れ、もがき苦しむ。


「がぁっ……! あ、足ぃっ……!」

「お前は、楽には死なせない。苦しんで、苦しんで……そして、死ね」

「お、俺が何をしたって言うんだっ!」


 この期に及んで、自らの罪を自覚しない男に、さらに怒りの炎が燃え上がる。


「お前が小細工をして、無理やり彼女を手に入れた。それがお前の最初の罪だ」

「あ、アイツは俺の妻にしてやったんだ! 贅沢な暮らしができたんだぞ! それなのに、アイツは俺を拒絶して……最後は自殺なんかしやがって!」


 聞くに耐えない。


「被害者は俺の方だぞ! 病死にして、その後の処理も金がかかった!」

「黙れ」


 残っていた左腕、右足を切断する。絶叫が響く。

 ひとしきり叫んだ後、男は静かになった。


「その程度で、許されると思うなよ。お前は、地獄で苦しめ」


 もはや何も言わぬ男を残し、屋敷を出る。

 これからどうするか……何も案は無かった。


 とりあえず、『彼女』の墓標に花を手向けよう。まずは、そこからだ。

 血塗れの上着を脱ぎ捨て、とりあえず身奇麗にしてから『彼女』に会いに行こう。胸を張って会うことはもう出来ないが、それでも『彼女』に会いに行くのだ。


「きっと、許してくれないだろうな……」


 そう思いつつ、夜明け前の街を歩く。とりあえず、山の小屋に戻り、これからのことを少しだけ考えよう。

 もう、急ぐ必要はない。そして、頑張る必要もないのだ。


 懐かしい声が、「馬鹿」と言ったような気がして振り向く。そこには、冷たい地面だけがあった。


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