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英雄になれと言われても?  作者: 織田璃空
第一部 英雄になれと言われても?
10/24

10 『憂鬱な晴天の下で』

 小鳥のさえずりに目を覚ます。木戸を開けると、己の気持ちとは正反対な、スッキリとした青空が広がっていた。


 妙な夢を見ていたような気がする。ありえない、これが現実でであったら良かったのに、という夢。しかし、それを嘆いても仕方がない。夢は、夢なのだ。


 身支度を整え、部屋を出る。

 仮の拠点にしているこの宿も、ずいぶん長く居座っている気がする。まあ、金さえ払えば文句は言われないのだが……そろそろ、本格的に家を探した方が良いだろう。金はあるが、宿住まいは少々、無駄が多い。


「今朝は早いですね」

「何だか目が覚めてしまってね。出かけてくる」


 宿の主人に鍵を渡し、バッグと剣を携えて出かける。己のやることなど、依頼をこなすことと遺跡探索くらいしかないのだ。


「イラつくくらい、良い天気だな……」


 まだ日が登りきらない空を見ながら、思わず舌打ちする。

 ああ……イライラする。



☆ ☆ ☆



 冒険者ギルドに顔を出すと、馴染みの職員に「お前さんに勧められる依頼は無いよ」と言われる。

 別に寝食に困るほど金に困ってはいないので、焦る必要はない。ただ、何もしないというのは、ひどくイライラするのだ。


 依頼が貼り付けられた掲示板を眺める。余程くだらない依頼以外であれば、何だって良い。


「これは……」


 その中の一つ、『無法者から婚約者を守ってほしい』という依頼を拾う。何でも、婚約者にしつこく言い寄ってくる男がいて、何度追い返してもやってきて困っているという。それだけならただの迷惑だが、徐々に嫌がらせもするようになり、抗議した依頼者はその男と仲間達に暴行されたらしい。

 警察に暴行の件で通報したものの、証拠がないとして、立件には至っていないという。――この街の警察のことだ、どうせ金でも掴まされているのだろう。ため息混じりにそう思う。


「こいつを受ける」


 カウンターで依頼書を突き出し、簡易な説明を受けて依頼受理。このギルドを中心に活動している冒険者の中では実績も上位のため、口煩く何かを言われることもない。何かあれば、冒険者の自己責任――わかりやすい話だ。


 ただ、今日対応した職員は、ややこちらの顔色を窺いながら話をしていたような気もする。あまり記憶に残っていない顔だったので、新人なのだろうか? どうでも良いことだが。





 依頼人の所に顔を出すと、包帯が痛々しい青年が応対した。依頼書に書いてあった暴行によるものかと思ったが、その後の傷だということだ。これについても警察はろくに動いてくれないという。……クソッタレな話だ。


 依頼人は家業の商店を継いだ七代目で、事業も安定し、自分自身が仕事に慣れたタイミングで婚約者と結婚式をあげようと準備していたところ、今回の騒動に遭ったという。

 見た目は(包帯を抜きにすれば)好青年という感じで、話した感じも穏やかな、悪く言えば人が好すぎるタイプの人間だ。育ちの良さと、本人の良さもあり、彼を悪く言う人間は嫉妬する奴らを除けばだが、いないだろう。


 依頼人に案内されて婚約者の家へ行くと、そこには絵に描いたようなチンピラ達がウロウロしていた。

 依頼人の顔を見て近づいてきて、非常に分かりやすい、陳腐な罵詈雑言を吐き出しながら威嚇してくる。見ていて、滑稽だ。


「言いたいことは、それだけか?」


 言うやいなや腰の剣を抜き、手近にいたチンピラが持っていた角材を切り落とす。――コイツら、俺のことは目に入っていなかったのか?


「な、なんだテメェ!」

「それはこっちの台詞なんだがな……この人に依頼されて、この家の警護にきた冒険者だ」


 そう告げると、チンピラ達は「おい、話が違うぞ」と慌て出す。……何だ、冒険者にも根回ししていたのか? 用意周到なことで。


「ここで俺に死ぬ直前までボコボコにされるか、お前らの親玉にボコボコにされるか……どちらを選ぶ?」


 殺しはしない。殺すのは、色々と面倒だからな。


 チンピラ達の選んだ選択は、前者だった。

 気晴らしに、丁度良い。





 ……ところが、気晴らしにもならないくらい、チンピラ達は弱かった。


「イラつくな……もう少し頑張れよ?」


 内蔵をやられたか、血を吐いている男を踏みつけながらそう言ってみたものの、それに答えられるような奴は一人もいなかった。


「あの、それくらいで……」


 依頼人に言われては仕方がない。少し離れた路地裏にチンピラ達を捨ててきた後、警護対象と会うことにした。

 依頼人が少々怯えているようなのは、気にしないことにした。――こういうのは、慣れている。





 依頼人の婚約者は、彼と同じく人の好さそうな、少々おっとりした美人だった。件の無法者が手に入れたがるのも、(倫理的にどうとか除けば)頷けるレベルの女性だった。

 彼女の他には、家には彼女とよく似た(順番からすれば逆だが)母親がいた。母親は体調を崩しており、顔見せが済むとベッドへと戻っていった。父親は依頼人の商店で働いているという。


 まったく似ていないが、この婚約者を見ていて、今は亡き少女を思い出す。

 思い出したところで、何もならないのだが。


「依頼は警護そのものではなく、今回の騒動の解決、ということでよろしいですよね?」

「ええ。もう、貴方しか頼れる人はいないのです。よろしくお願いいたします」


 依頼人から事情を聞いた婚約者も、彼と共に頭を下げる。余程悩まされているのだろう、よく見れば婚約者の顔色は、やや悪かった。


 最終的な確認もでき、さっそく警護を始めることになった。日中は婚約者の家に間借りする形で待機し、夜間はさすがに気が引けたので、外で。

 何度か襲撃があったものの、件の無法者はやって来なかった。





 何日か経過し、ようやく無法者本人が現れる。見た目は冒険者崩れといった感じの、ガラの悪い、そして頭の悪そうな格好をした赤毛の筋肉ダルマだった。


「テメェか、俺の女にちょっかい出しているのは」


 どこをどうしたら、そういう発想になるのだろうか? 見た目だけではなく、やはり中身も馬鹿なのかもしれない。……いや、きっとそうなのだろう。


「お前の頭は、飾りか?」

「何だと? もう一回言ってみろや!」


 馬鹿にしたことはわかるらしい。面倒な奴だ。


「何度も言わせるなよ、馬鹿」

「貴様……少々腕が立つらしいが、俺に勝てるとでも思っているのか? 俺は、元Aランク冒険者だぞ!」


 いやいや、お前みたいな馬鹿がAランクとか、そしたら冒険者ギルドはAランク冒険者の大売り出し状態になるだろう。そんなことを思いつつも、面倒なので一言で済ませる。


「寝言は寝て言えよ、馬鹿」

「……後悔したって遅いからな!」


 腰に提げていた剣を抜き、襲い掛かってくる男。


「遅すぎるな。そんなんでAランクとか、冗談としても笑えないレベルだな」


 男の背後に周り、そう言ってから尻に蹴りを打つ。

 大袈裟に転げまわる男を、ため息を吐きつつ眺める。……楽しくは、ない。


「おいおい……これで本当に元Aランクだとしたら、遊びすぎにも程があるだろ」

「き、貴様っ……!」


 顔を真赤にして、男が立ち上がる。怒りのせいか、構えた剣は震えている。


「そんなんじゃ、俺の苛立ち解消にはなりそうもないな……ガッカリだ」

「ふざけやがって!」


 斬りかかってくる男。それを躱しながら、さてどうしたものかと考える。

 ここで殺してしまった方が早いのではないか? こういう馬鹿は、同じことを繰り返す。依頼人の望む『平和な日常』が乱される可能性は、ゼロとは言い切れない。それならば、二度とそんなことが出来ないように、ここで息の根を止めた方が……そう思うが、それが依頼人の望む結末とは言えない。気弱そうな依頼人だ、出来れば『穏便に』解決して欲しいと考えているだろう。


(こういうのは、面倒なんだよな……)


 だが、個人的な心情として、容赦なくこの男を排除したいという『願望』は消えない。プロとしては失格かもしれない、それでも、この男のような者を、活かしておくというのは我慢ならないのだ。


「依頼でなければ、お前みたいな奴は殺して終わりなんだがな」

「く、クソがっ!」


 悪態をつく男をつまらない気持ちで眺めつつ、魔術の構成を展開する。

 もう、この男の顔を見ているのは我慢ならなかった。


「燃え散れ――フレイム・ウォール」


 魔術による火柱――いや、壁が男を囲み、燃やす。熱さと痛みによる絶叫が辺りに響き渡る中、虚しい気持ちでそれを眺めた。


 加減しているとはいえ、長くやれば殺してしまう。そろそろ良いだろう、と魔術の行使を止めると、そこには重度のやけどを負った男が倒れていた。


「この程度でそのザマか……Aランクなら、この程度の魔術じゃ致命傷にはならないんだがな」


 男は、答えない。答えることも出来ないほど、重症だった。


「では、この男を警察に連れて行きます。家でお待ち下さい」


 状況を確認するために外に出てきた依頼人の婚約者にそう告げ、男を引き摺って警察署を目指す。スムーズにはいかないだろうし、誤魔化そうとするかもしれない。その時は……実力行使に出れば良い。


 今、少なくともこの国で『鮮血』の二つ名を持つ自分を止められる者など、いないのだから……。


「虚しいな、本当に」


 空を見上げながら、そんなことを呟く。

 彼女は、笑うだろうか? いや、怒られるだろうな……。そんなことを思いつつ、憂鬱な晴天の下、息も絶え絶えな男を引き摺りつつ、苦笑した。





 今更何を考えたところで、手遅れなのだ。あの日、あの瞬間から。

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