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夜のお仕事 ー大きな地図を描く人ー

 『仕事は看護師』と伝えると、なぜだか皆決まって尋ねてくるのは夜勤のこと。

 それも「夜勤って大変?」「夜勤って辛い?」これが圧倒的に多い。


 皆が寝ている時間に起きて仕事するのは大変そうだけど、実際やること無さそうだから暇だったりするのかな?

 聞いてきた人は、こんな考えの人が多かった気がする。


 結論から言うと、辛い時もあるしかなり大変。


 私の場合、夜勤という仕事だけではなく、人が寝るはずの時間に起きているというのが非常にしんどい。

 睡眠をこよなく愛していて、典型的な昼型人間だからだ。

 だけど、夜勤はいろんな出来事が起こって、いい意味でも悪い意味でも退屈しない。 

 昼間とはまた違った風景がそこにはあるのである。


 今回はそんな夜勤について語ってみようと思う。



 まずは夜勤の時間について。

 私の働く病院では二交代制なので、夜勤のスタートは十六時半で終わりは九時。

 途中で仮眠をとるといっても大して休めないし、長丁場になるので、それまでにたっぷり自宅で睡眠をとっておくのは必須。


 私の場合、夜勤前は必ず十二時間近くを睡眠に費やしている。

 先日「寝溜めは効果ないんだって」と友人に言われた時の衝撃といったらなかったが、数年このスタイルを続けているので効果があろうとなかろうと、今さら変えられない。



 ちなみに十六時半スタートの夜勤だが、病棟への出勤は十五時過ぎになる。


 夜勤が始まるまでの一時間ちょっとの間に患者さんの情報をとったり、夜勤帯の内服を確認したりしなければならないため、早めに出勤するのだ。


 もちろんこの時間にはお給料は出ない。

 残念ながら、事前準備もなしでいきなり働けるような強心臓でもないし、記憶力も今一つなので、安心して仕事ができるようにきっちりと準備を進めていく。



 夜勤の勤務体制としては、一病棟三人の看護師でチームを組んでおこなっている。

 『その日の夜勤メンバーが誰なのか』

 夜勤では結構これが重要で、それ次第で働きやすさや緊張度、スピード間、仕事量、その他様々な運命が決まっていく。


 三人のうち二人がスタッフとして動くため、スタッフは病棟の患者さんの半分、多い時には患者さん二十数人を受け持つ。

 ちなみに残りの一人はリーダー役なので受け持ちはしない。

 この辺は病院や病棟次第でいろいろパターンがありそうだ。


 メンバースタッフの場合、時間も限られているなかで二十人近くの話を聞いて検温して回るので、それが結構大変だったりする。

 一人三分の対応で計算しても、二十人いれば一時間かかるし、ナースコールの対応もあるからだ。


 看護師的には夜勤のタイムスケジュール上、一時間程度で患者さん全員分の病状を確認しなければならないわけで、とにかく一分一秒が惜しいし、忙しい日は競歩並みのスピードで廊下を歩きまわることもある。



 それなのに……


「なんか俺、朝からずっと腹痛くってさぁ。今から医者に診察してもらえない?」


「うーん、気持ち悪いような平気なような。この間の時はむかむかっと気持ち悪くなって、吐きそうだったけどその時は平気で、でもその前は……だけどね……」


「どうしてかしら、喉が乾くの。今も私の喉カラカラで(ちらちらっ)」


「しばらく行ってないし、トイレに行こうかな」


 …………。

 天使の微笑み仮面参上。 

 どんな話にもとりあえず、天使のような優しい笑顔で対応はする。

 しているつもりだけれども。



 朝から痛いのなら、何故朝に言わない!? 今、二十時だし主治医はきっと家だよ。それに今日の当直医師は婦人科なんですが。


 いろいろ話してるけど結局、今は吐き気あるの、ないの? 簡潔明瞭に教えてってばぁぁ。


 コップに水がないなら「水入れてください」って言えばいいのに、なんでそういう回りくどいアピールすんの!?

 私を試してんの!?


 トイレ、トイレって。トイレは一時間前と三十分前に行ったばっかりだって! 膀胱そんなにやわじゃないって!


 

 天使の微笑みの裏、その頭の中ではこんな突っ込みが渦巻いていたりする。

 そしてさらに油断していると……



「ちょっと! 何脱いでるんですか!!!」

 かけ布団の下にいる田中さん(仮)何故か全裸。


「さ、寒い。布団返してよ」

 八十代とは思えぬものすごいスピードで布団を取り返す。


「そりゃ寒いですって! こんなクーラー効いてる中で裸族なんて何考えてるんですかって、この臭いまさか……」


 放尿。つまりベッド上でされたであろうお漏らし発見。

 クーラーの効いた部屋で、裸族で、敷き布団に放尿。

 立ちこめるアンモニア臭を嗅ぎながら、冷静に視線を移す。 


 ウワァ、何コレ。シーツニマデ染ミテンジャン。


 汚れ防止の防水シーツを飛び越え、一番下のシーツにまで広がるおねしょ。

 全取っ替えか……


 先輩にヘルプを求めて、ナースコールの対応をしながら二人がかりで黙々とシーツを変えて、服の着替えを手伝っていく。


 小さな明かりだけがつく暗い部屋で全てを終えて、呆れながらもこう尋ねる。

「着替えたら、寒いのとれたでしょ?」


「うん、ありがと。もう寒くないよ」

 ふにゃりと、田中さんは入れ歯の入っていないシワシワの口のまま笑う。


 超絶に眠いし、みんないろいろ言うし、夜勤なんか大嫌い!

 ……と思ってたけど、あぁもう!


「風邪ひいちゃうから、次は脱いだままお漏らししないでくださいよ」

 そう言って部屋を出て、先輩とまた笑いながら仕事を続けていく。



ーー何だかんだ言いつつも、やっぱり患者さんのあの言葉と顔に、私らは弱いのだ。

 



※解説※

・二交代制

 看護師の勤務体制。一日の勤務を日勤と夜勤で分けたもの。勤務時間は長いけれど休みはまとまってとれる。


・三交代制

 看護師の勤務体制。一日の勤務を日勤、準夜勤、深夜勤に分けたもの。勤務時間が短いのがメリットだが、一日に二回出勤することもあるらしい。残念ながら、詳しいことはよくわかりません。


・勤務表

 病棟責任者が作成。いつ誰と一緒の勤務になるかは運と師長の考え方次第。毎月二十日頃に創刊。売れ筋。


・夜勤リーダー(看護師)

 夜勤帯の責任者。患者さんの安全を守り、スタッフが働きやすいように調整する役。医者とも連携する。


・受け持ち患者さん

 その看護師が自分の勤務帯に看護活動を行う患者さん。


・当直医師

 当番で回ってくる夜勤担当の医師。外科の当直と内科の当直がいる。

 基本は救急外来にいるので、相当なことがない限り頼らない、というか頼れない。


・天使の微笑み仮面

 星影の造語。嫌なことがあった時も、仕事だからと天使のようにひたすら微笑んでいくこと。微笑みの仮面を身に付けたその心の中に天使さはほぼなし。


・防水シーツ

 排泄物や血液などでベッドが汚れる可能性がある場合に敷くゴム性のシーツ。ゴムなので多少なら汚しても、一番下のシーツまでは汚れないが敷き場所を誤ると効果なしになることも。



・田中さん(仮)

 一年に数回登場するタイプの患者さん。実在する人ではありません。

 何故か服を脱ぎたがり、そしてそのままベッドがトイレと化す。

 看護師は着替えとシーツ交換を毎晩のように繰り返す。

 いたちごっこ状態。

 でも、こういうタイプの方、本当によく入院されるんです。

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