ナースは世に潜む
私は今まで職業を公開することは親しい友人以外ではほとんどなかった。
もちろんここ『小説家になろう』でも。
だって職業を公開した途端……
「最近胃が痛いんだ、どうしてかなぁ?」
「目がしょぼしょぼしてつらいんだけど、そういう病気ある?」
あのね。私、外科系ナースなんだ。
胃痛だとか目のしょぼつきの相談されてもわかんないって!
「ストレスたまってるんじゃない?」とか「疲れ目かなぁ?」とか、一般人レベルの答えしか出せないんだって!
明日にでも医者に行けよって!
悩む二人に対し、とりあえず脈拍数だけ測ってみることにした。
76と65。値は正常だった。当たり前。
あとは他の病院に受診する時の職業欄。あれも絶対看護師とは書かない。
風邪だとかちょっとした受診ならば、伝えないことが優しさなのだと私は信じて疑わない。
なぜなら「私、看護師です」って言っている人の採血をとるなんて、自分だったら緊張してしまうからだ。
そうやって緊張するのは私だけなのかもしれないけれど。
だから事前に問診してくれる看護師に「これまでかかられたご病気はありますか」と聞かれた時も「虫垂炎です」とか「アッペです」とかは絶対に言わないで「盲腸です」と言うようにしている。
そうやって答える姿といったら、一般人にまぎれるスパイさながら。
能ある鷹は爪を隠す、ってやつだ。いやそれとは違うか。
というかアッペだなんて専門用語丸出しにして答えたら、ただのめんどくさい患者でしかないような気がする。
よし、この機会にやってみるとしよう。
「これまでかかられたご病気はありますか?」
「十二歳の時にアッペに罹患しました。マックバーニーの圧痛点ですぐ診断ついたみたいで。クラビットの内服だけでワイセもCRPも落ち着いたんですよ」
ぬぁぁぁぁ! なんだろう、この何ともいえぬイラっと感。
言い終えた後のドヤ顔と、問診中の看護師の戸惑いが目に浮かぶかのようだ。
うぅむ。これは美味しいワインを飲んでいる時に、横からうんちく語ってくる奴のうざったさに似ているような気がする。
まぁ私にはそんな経験はないし、ワイン自体もあんまり飲まないんだけど。
なるほどね。
パソコンを前にして一人うなずいてみる。
患者側なのにナースっぽさをまき散らしてるのは、思った以上に面倒くさい。
そして改めてこう思った。
やっぱり看護師オーラをばらまくのは、ほどほどにしたほうがいいな、と。
そして、自分と同じように世に潜み職種を隠す看護師は案外多いのではないか、と。
――・――・――・――
看護師っていつも何してるの?
夜勤ってどうなの?
やっぱり合コンばっかりしてるの?
患者さんから告白されたことはある?
オバケ見たことある?
3Kって言うらしいし、つらいよね?
もちろんナース服はピンク色だよね?←違います
こんな感じで、友人からこれまでいろんなことを聞かれてきました。
看護師ってドラマや映画でも良く出るし、皆さんの身近な存在のわりには、どういうものなのか案外知られていないのですね。
なんだかそれってもったいない!
もっと看護師を身近に感じて欲しいし、知ってほしい。
私の話を読んだことで理想が崩れたらごめんなさい。
でも、私らは白衣の天使と呼ばれる以前にまず人間ですから。
笑って許してくれると嬉しいです。
そんなこんなでひっそりと人の世に忍んでいた現役ナース星影が職業公開に至りまして、これからナースとしての日常を不定期でぽつぽつ書いていこうと思うのでよろしくお願いします。
※専門用語解説※
・アッペ
虫垂炎のこと。つまり盲腸に炎症が起きている状態。盲腸は小腸から大腸に変わったところらへんに、小さくくっついているらしい。使わない臓器なので取っちゃったって問題なし。手術なしで抗生剤で治まることも。
・罹患
病気にかかりました、ってこと。
・マックバーニーの圧痛点
右下腹部にあるスポット。虫垂炎の時に押すと痛む。詳しい探し方はネット参照してください。
・クラビット
抗生物質の名前です。結構良く使う。
・ワイセ
血液データでWBCと書かれるあいつ。白血球のこと。炎症が起こると上がる。
・CRP
確かC反応性たんぱく、みたいな名前だった気がする。こっちも炎症を見るための血液データ。