第三話~やっと改革ターン~
1766年
王太子の突然のベリー公領への視察は宮廷内にさまざまな憶測を呼ぶこととなった。
「パリはあまりにも不潔すぎる。私が国王となったら整理しよう。うん、そうしよう。」
セーヌ川は14世紀以降の人口増加とともに排出されるゴミ・糞尿等が全て投棄されていたために、何層ものヘドロが堆積する汚泥の川と化していた。
これらの不衛生さは疫病の温床となり、数え切れぬ市民たちの命を奪ってきたにもかかわらず、一向に改善されなかった。
ペストはともかく天然痘とコレラについては早急に対策が必要だ。
天然痘に関しては種痘をすればいいし、コレラも経口輸液をすれば多少は良くなるだろう。
―――
ベリー公領はフランスの中部に位置する豊かな農産地である。
フランスがイギリスに産業革命で先を越されたのは肥沃な大地に恵まれていたからだ。
単位面積あたりの収穫量が土地の痩せたイギリスより格段に大きいため工業化を推進する動機に欠けるのである。
とはいえ農民たちの生活は楽ではなかった。
余剰を貴族と聖職者たちが吸い上げる強固な仕組みが出来上がっていたからだ。
彼らは学業によって弁護士あるいは兵士、聖職者となり、貧しい農民生活から解放されること強く望むようになっていたのである。
「………うーん………」
頭の痛い問題だが、法による統治体制と工業化による国力の増進には知識階級の力が欠かせないものであることも確かなのである。
彼らを全て排除することはラボアジェのような化学者をギロチンにかけた革命政府となんら変わることがない。
「お待ちしておりました」
知的な風貌の青年がうやうやしく頭を垂れる。
彼の名はアンヌ=ロベール=ジャック・テュルゴー。
5年ほど前からリモージュ州知事として数々の進歩的な施策で脚光を浴び始めている男であった。
彼をベリー公領の全権代官として招聘したのである。
「新農法は進んでいるか?」
「区割りにまだいささかの時間が必要かと」
その「新農法」とは、輪栽式農業などを取り入れ、休耕地をなくし家畜の継続的な使用を可能にする。
が、そのためには集約された労働力と広い耕地面積が必須であった。
土地の区画整理と労働者の集約なくして「新農法」…すなわち農業革命はない。
そして農業革命による人口の増加と余剰労働人口なくして産業革命もない。
いずれにしろ効果が目に見えるようになるまでにはまだしばらくの時間が必要
だ。
「………それにしても殿下の奨励されたジャガイモは寒さに強く保存にも向き、さらに手間もいらないのでかなりの収穫が期待できそうです」
「私はこれで人民が飢えの苦しみから救われることを願うよ」
救荒作物としてのジャガイモの力は強力で、量産が間に合えば小麦の不足を埋めることができる。少なくとも餓死の心配は取り除くことが出来る。
将来的に経済政策・産業革命を推し進めるうえで障害は出来るかぎり取り除いておくべきだった。
※輪栽式農業
小麦などの「冬穀」→カブ・てんさいなどの「根葉類」→大麦・ライ麦などの「夏穀」→クローバーなどの地力を回復する性質を持つ牧草と、ローテーションを組んで耕作するのが特徴。
この世界では、
大北方戦争でロシアがスウェーデンに敗北し、
またフメリニツキーの乱が早期に鎮圧されたため、ポーランド・リトアニア共和国が未だ健在。
ただ、ポーランドはリヴォニアの残りをスウェーデンに割譲する等、弱体化が始まっている。




