高校生ユーリ~2年生~①
2年生からは、理系、文系、医療系のクラス分けになります。
ユーリはC組の理系医療系混合のクラスで、村田君、マイ、とっこと同じクラスになりました。あいちゃんも一緒のクラスです。
経験者がいなかったので再び村田君と保健委員になり、少しほくほく。
さらに、あいちゃんが生徒会の書記に当選し、ユーリは一緒になってとても喜びました。
ダンス部の友達もいるし、全く話したことのなかった子とも少しずつ打ち解けてきました。
今年も楽しい一年になりそうです。
・・・しかし。
「・・・はい、河野さんそこまで。じゃあ次の段落から咲野さん、読んで」
「・・・っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・」
「咲野さん、読める?こうや、と読むの」
「・・・っ・・・げほげほっ・・・こ、こここここここここうやがひっひひ広がる大地の上、ぼ・・・・・・ぼ、ぼ、ぼ、ぼ・・・・・・ぉくはか、か、か、か、か、か、かか考える。ひっひひひひっひっひっひっひ・・・・・・・・・ひひひひ・・・・・・ひ、ひ」
(なんで?“ひ”ってこの前までは読めたのに!)
最近、音読や当てられて答えることが辛くなってきました。咳込んだふりや、読めないふりで必死にごまかします。
何故か、どもりが最近酷くなってきていたのです。
友達と話している時も思うように言葉が出ず、待たせてしまったように感じたり変な間が開いて気にするようになりました。
先生や友達は、特に何を言ってくるわけでもないので・・・・・・余計に辛くて、悲しい。
「じゃあこの答えを・・・咲野!」
「すすすっすっすーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・」
「・・・ん?すまん、もう一回言ってくれ」
「すーーー・・・・・・い酸化ナトリウム、です」
・・・どの授業も、誰と話していても、言葉が出ない。
(・・・・・・なんで、みんな言えるんだろう?あたしだけ言えないんだろう?)
久しぶりに、ユーリは疑問に思いました。
そして放課後、帰りの電車の中。
座席に座って落ち着いたユーリは、携帯電話の検索機能を使って調べてみることにしました。
(えーと、なんの言葉で調べよう・・・。“話す時 詰まる”、と。・・・あがり症?友達と喋るのに?チック・・・聞いたことあるけど、これかなぁ?違う気もするけど・・・)
窓の外は綺麗な夕焼けで、春の街を赤に染めています。母親と手をつないで帰る幼稚園くらいの男の子が見えます。
(“友達と話す 声が出ない”・・・え、失声症?違う違う。・・・悪霊がついてる!?いやいやそんなわけない・・・緘黙症・・・なんて読むんだろ。でも多分違うなぁ・・・)
近くで、他の高校の制服を着た男女のグループが楽しそうにお喋りしています。とりとめのない、今日のことや自分のことなど。
(えー、なんて調べればいいんだろ。“話せない 続く 詰まる”・・・ん?)
画面の文字をたどっていたユーリの目は、数行で止まりました。
(キツ、オン、ショウ・・・)
「ユーリちゃん、キツオンなのか?」
数年前に聞いた、鵜森さんの言葉がよみがえってきました。
(キツオンショウ、で調べてみよう・・・)
出てくる症状、どんなものが言いにくいかなど、ほぼすべて当てはまります。
これだ、とユーリは確信しました。
(あたしも、鵜森さんの息子さんと同じだったんだ・・・でも、キツオンショウって、何?)
乗り換えの駅が来ないか横目で確認しながら、ユーリは夢中でインターネットを渡り歩きます。
(キツオンショウ・・・・・・・・・吃音症。発語時に言葉が連続して発せられたり、瞬間あるいは一時的に無音状態が続くなどの言葉が円滑に話せない疾病。言語障害の一種のような症状を示す・・・え?)
ユーリは、一度目を閉じて深呼吸しました。
「言語、障害・・・・・・?」
小さく呟きます。胸に、氷のナイフが突き刺さったような気分です。
(吃音症は発達障害、脳障害、精神障害だと主張する派もある。多くの吃音の子どもは青年期までに改善し、青年以上の吃音の治療は・・・困難・・・原因不明で、決定的な治療方法は・・・ない・・・外国では障害認定も・・・って、嘘、でしょ・・・)
頭から、血の気が引いていくのがわかります。
(あ・・・たし・・・障害者、なの?言語、障害、者・・・・・・)
震える指で他のホームページも見てみますが、書いていることはあまり変わりません。
原因不明、自然に治る以外の治療法無し、万人に効果のある改善方法も無し。
言語障害の一種。
ユーリはこれまで、お父さんやお母さんが言う「そのうち治るよ」「大きくなれば良くなるよ」を信じてきました。
いつか良くなると信じて、頑張って音読もこなしてきました。
どんなに言われても、自分は普通だ、障害者じゃないと信じてきました。
やってやれないことはない、頑張ればいつかすらすら話せるようになる。
やろうと思えば、元気があれば、何でもできる。
逃げなければ、負けなければ、いつか。
・・・でも。
(・・・治らない・・・あたし治らないんだ・・・普通に話せる日なんて、来ないん、だ)
携帯電話の画面が、どんどんぼやけていきます。
大粒の涙がぼたぼたとユーリの膝もとに落ちて、スカートに染みを作ります。
「あなた、大丈夫?気分悪いの?」
ユーリの前に立っていたお姉さんが、急に泣き出したユーリに気付いて声をかけてくれました。
「だい、じょうぶ、です」
ユーリは涙を止められず、電車が次に止まった駅でふらふらと降りました。
そのまま線路と反対側のホームの柵を掴むと、泣きながらしゃがみ込みます。
もう、嗚咽を隠せませんでした。
(障害者・・・あたしは障害持ちだったんだ、中学で散々言われてたこと、合ってたんだ、みんなが正しかったんだ・・・!)
(良くなる、普通に話せるなんて、夢でしかなかったんだ・・・一生・・・あたしは一生、お礼もごめんも普通に言えないまま生きていくの・・・?笑われながら生きていくの・・・?)
(なんで、なんであたしが吃音症なの、100人に1人なら他の人でもいいじゃない、なんであたしなの、あたしが何か悪いことしたの・・・?)
(やだ、いやだよ、みんなと同じ声が欲しい、喉がほしいよ・・・こんな、普通に話せない喉なんていらない、あたしも普通に話したい・・・)
(どもる声しか出ないくらいなら、いっそ初めから話せなければよかったのに、そうすればこんな思いしなかったのに・・・!)
無意識に、ユーリは柵を握る手とは逆の手で、喉を絞めていました。
(こんな喉、いらない・・・!)
ぎりぎりと爪をたて、喉を絞めます。
(あたしなんか、死んでしまえ・・・!)
「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
「過呼吸?喘息かなにか?」
ふと、後ろから女性に声をかけられ、肩を叩かれました。
ユーリは、片手で首と柵を掴んでしゃがみ込んだ姿勢のまま後ろを振り向きました。
「ねえ、顔色悪いよ?何かの発作?苦しいの、痛いの?」
「どうしよう、過呼吸っぽいけど・・・駅員さん呼んでこようか」
「歩ける?」
・・・おそらく、凄い顔だったのでしょう。
「い、いい、です、か、えれ、ます」
ユーリはさっと涙をぬぐうと、再びふらふらと歩きだしました。
電車ではなく、改札口へ。
ユーリ・・・どこに、行くの?




