高校生ユーリ~1年生~④
ユーリの高校生活の中でもブルーな行事の一つ、試験期間がやってきました。
夕方まで授業と補講を受けて、それから友達と居残りして問題の出し合いっこをします。
今日はみんなで英語をしています。
「じゃあ次!bearの意味!」
はいっ!と数人が手を挙げます。
「ん、春海!」
「なんとかを我慢する!」
「正解ー」
「じゃあ次はー・・・government」
はいっ!
「ユーリ!」
「せ、せせせせせせっせせ・・・・せ、せ、せ・・・・・・せせせい、ふ」
「正解ー!じゃ次はユーリの番ね!」
ユーリが問題を出す番のようです。
「えーと、えーっとね・・・じ、generally。・・・・・・はい、マイ」
「一般的に!」
「ぴんぽーん!じゃあねー・・・・・・・・・・・・・・い・・・・・・・」
“い”の形になったままの口から、息だけが洩れていきます。
頑張れ、頑張れユーリ。
「・・・・・・・・・い、いぃぃ・・・いいいいいいいいindividual」
はいっ!
「・・・・・・っ・・・・・・と、と、と・・・と、と、とととと、と、こ」
「個人の、個々の!」
「せ、せ、せ、せ・・・・・・ぴんぽん!」
「とっこ、あんたやっと正解じゃん!」
「昨日あたしとあれだけやったのにぃ」
「ごめん桃、ほんっと暗記苦手なのー!そこだけかろうじて覚えたんだー当ててくれてありがとユーリ!」
「・・・っとっと・・・と・・・・・お・・・ぉ、こ、あああああ当てて、ほっほほほしそう、だったから・・・」
とっこと呼ばれた子が、わーい、とユーリに抱き着きます。
「さすがーユーリわかってくれるわー!意地悪な桃とは大違いーぶううぅぅ」
「なんだってぇぇぇ!?もう暗記手伝ってあげなーい!」
きゃはは、とみんなとユーリの笑い声があふれます。
(あたし、あんなに声出てないのに・・・とっこがこんなに呼びにくいのに・・・みんな、気づいてないのかな?)
ユーリはみんなといると、だんだん自分が普通に話せているんじゃないかと思えるのです。
だからユーリは、みんなとお喋りしたり、一緒に過ごすのが大好きです。
(もしかしたら、このままあたしも普通に喋れるようになるかも・・・)
と思ったその時、教室のドアががらがらと開きました。
「君ら熱心なのはいいけどねーもう7時だぞー。最終下校過ぎてるんだから早く帰りなさーい」
「はぁーい」
見回りの先生に見つかり、みんなでばたばたと帰り支度をします。
「坂本、お前こんな時間まで外にいて大丈夫か?歩く時気をつけろよ。咲野も電車で家遠いんだから、気をつけて帰るんだぞー」
坂本は、とっこの苗字です。坂本灯子。
「はぁーい」
「は・・・はい」
「先生、あたしはー?」
「うん?舞原は自転車だろー、不審者ぐらい轢け」
「ひどいー心配してくれないー」
「ほれ、いいから帰れ帰れ」
こうして、ユーリ達は追い出されるように学校を後にしました。
「あーあ。しょうがないね、また明日やろうね!」
「あと一週間かー、気重いなー」
「はぁ・・・・・やだね。か、かかかかかか、かっかかっかかえ、ろっか」
「ユーリ、電車だよね?駅まで一緒にいくー」
「じゃーまた明日ね、ユーリ、とっこ!」
校門を出たところで自転車登校組と別れて、ユーリととっこは駅に向かって歩き出します。
「・・・ユーリ、ちょっとさ、肩持たせてもらっていい?」
「い、いいいいい、けど・・・?」
不思議な質問に、ユーリは怪訝に思いました。
(・・・たしかに街灯少ないし・・・怖いのかな?)
とっこがユーリの肩に手を置いたまま、2人は色んな話をしました。
途中、前から来た男の子にとっこがぶつかり、持っていたカバンを落としてしまいました。
「お姉さんごめんなさい!僕が気を付けてなくて・・・」
小学生ぐらいの男の子で、ちょうど近くを飛んだヘリコプターが気になって前をあまり見ていなかったようでした。
「・・・ううん、いいよ、大丈夫、けがもして、ないし」
ほんとにごめんなさい!と言い残して、男の子は走り去っていきました。
「・・・・・・ぉ、とと・・・・・・と、と、と、こ・・・何、してるの?」
「・・・・・・か、カバン・・・」
(とっこ、どうしたの・・・?)
とっこは、すぐそこにカバンが落ちているのに、何も見えていないかのように手をあちこちにやってカバンを探しています。
「・・・これ、カバン」
代わりにユーリが拾い、中身を確めてとっこに渡しました。
「あり、がとう・・・」
「・・・・・・っと・・・・・とっとっと、とっこ、そっそそそんなに、目、悪かったっけ・・・?」
「・・・・・・」
さっき問題を出し合っていた時の元気はどこへやら。とっこはとてもしょんぼりしているようです。
「カバン、ありがとうユーリ」
会話もないまま駅に向かって歩き続けていると、とっこが急に話し始めました。
「・・・あたしね、網膜色素変性症っていう目の病気でね。明るいところは平気なんだけど、明かりがないと、夜は目、見えないの」
「・・・そっそそ、そう、だったんだ」
(先生は、それでとっこのこと心配してたんだ・・・)
「ずっと病院行ってるんだけど、治らないんだって。どんどん進んで行って、最終的には・・・明るいところでも、目、見えなくなるかもしれないんだって」
「治らないの?」
「治療法も、進行を止める薬も無いんだって。・・・あ、ここまでくれば見える。ありがとね」
お店が多くとても明るい駅前まで来ると、とっこはユーリの肩から手を離しました。
頬をかきながら、とっこは話し続けます。
「本当は自転車で通える距離なんだけど、暗くなると1人で動けないから怖くて。今日は迎えに来てもらうんだー。・・・中学でもこんなだったから、修学旅行とか、夜外出れないし、キャンプとかも怖くて。遊園地でも動物園でも、暗い演出って何にも見えないの。ひどい時とか映画行ってもよくわかんないんだから、お金返せって感じ」
笑いながらとっこは語りますが、ユーリにはそれが、とても寂しそうにみえました。
「みんなと学校にいたら楽しくてさ。みんなの笑顔もっと見ていたい、あたしが今いる場所をしっかり見ておきたいって、思って、つい居残りしちゃって・・・カバン落としちゃうし、今日はやっちまったわー」
(とっこ・・・とっこも、あたしに似たこと考えてるんだ・・・)
「・・・あたし、自分が視覚障害者なんだって、病気なんだって、知られたくない。なんか、知られたらみんなが遠くなっちゃう気がして・・・怖い。まだみんなと仲良くしてたいし、一緒に過ごしてたいもん。だからユーリ、みんなには内緒にしといてね」
(とっこ・・・)
「ど・・・・・・」
「うん?」
ユーリは、まっすぐとっこの目を見て、必死に言葉を紡ぎます。
「ど、ど、ど・・・・・・どどどどん、な病気持っ・・・てても・・・っ・・・っと・・・・・・っこ、はあたしの、と・・・・・・だ、だだ大事な、おお、おお友達、だから。みっみみみみん、みんなも、いいいいいいいいいっしょ、のことおおお思ってる、んじゃないかな。」
「・・・だといいけどなぁ」
(だといい、じゃない。あそこの友達は、みんなそう思ってるはずだよ、とっこ!)
ユーリの声は続きます。
「あ、ああああたし・・・っ・・・・・・っとっと、この、前、あああ歩くよ。暗いとき、いいいいいいつでも、前行くよ。映画も、かっかっか借りてきてさ、ああああああ、ああ明るいところで、いいいい一緒に見ようよ。だから・・・たたたたたたたた、た、た、・・・たた頼って、よ。・・・いいいい一緒に、かかか、かかかえ、ろ?」
とっこの目に、じわりと涙が浮かんでいます。
「・・・・・・ありがとう、ユーリ。すごい、嬉しい」
その時、ぱっぱっ、と短くクラクションが鳴りました。とうこー、と誰かがとっこを呼ぶ声もします。
「あ、お母さんだ。じゃあユーリ、また明日ね」
「うん。まま、またあああああああし、た」
ばいばいと手を振りながら、とっこはもう一回言いました。
「ほんと、ありがとうね、ユーリ。また放課後に問題出し合いっこしようね!」
「うん!」
今度こそ、とっこは迎えの車に向かって走っていきました。
(ここは明るいから、目、見えてるんだ・・・。そんな病気もあるんだなぁ、知らなかったや・・・・・・あ、あたしも帰らないと)
坂本家の車を見送ったユーリは、定期券を探して改札に向かいます。
(あたしも、喋りにくい時とっこに助けてもらうもん。今度は、あたしがとっこのお手伝いする番だ!)
せっかく仲良くなれた人との間に溝ができてしまうかもしれない恐怖や
溝ができてしまう悲しさ、寂しさは・・・・・・痛いほどよくわかるもんね。




