習作(図書館企画)
膝の上に乗っているペロの頭をゆっくり撫でる。昔と手触りが違うのは、彼が年を取った証拠。顎の下をに手を回せば余っている皮がつかめる。これも、年を取った証拠の一つ。私が小さいときからずっと一緒にいてくれた彼の目は、今、私と同じように何も映さない。白内障だとお医者さんに言われた。
「ペロ」
「んぅ」
耳もすっかり遠くなって少し大きな声で呼びかけないと返事をしてくれない。のそり、と彼が顔を上げるのを感じながらゆっくりと大きな体を撫でる。耳をくすぐれば、笑い声が返ってきた。その声もどことなく元気が無い。ペロは、もうあんまり長くは生きられない。お別れは確実にすぐそばまでやってきている。それだから、思い出話をしたくなるのかな。
「ねえ、ペロ」
「なんだい」
「あのね。二人で一緒によく行った不思議な図書館覚えてる?」
「ああ、あそこか。楽しかったねぇ、あそこ」
「うん」
ぺろり、と手の平を舐められる。温かいなぁと思いながら、遠い昔のことを思い出す。
「たくさん本をペロに読んでもらったね」
「うん。朱鷺ったら、次々に持ってくるんだもん。おいらの喉が駄目になるぐらい」
「あの時のことは謝ったじゃない」
「そうだけどさ」
拗ねたような声音の彼の頭を必死に撫でる。彼が好きなところをたくさん撫でてやれば少し機嫌が直ったのか、手に顔をすりつけてきてくれた。それに安心しながら、ふと、忘れようにも忘れられない人が思い浮かぶ。
「あいつは元気かな」
私の心を見抜いたかのようなペロの言葉に、どきりと胸が跳ねた。そんな私に気付いているのかいないのか、彼は言葉を続ける。
「ヒコのやつ、故郷に帰るって言ってたけど」
「きっと、元気だよ」
不思議な場所で出会った不思議な人。真っ直ぐで、不器用で、とびきり優しい人。彼の口から紡がれるお話を聞くのが一番好きだった。そんなことを言ったらペロに怒られるから言えないけど。
「ヒコ君だもの。きっと故郷で元気にお話してるよ」
「ねえ、朱鷺」
「なぁに」
「本当は、あいつについて行きたかったんじゃないの」
その言葉に思わず彼を撫でていた手が止まる。ああ、これじゃあ、そうだって頷いているも同然じゃない。
「わかってるよ。今でも朱鷺が、あいつのこと好きなの。名前を呼ぶ声がすっごく、優しいんだ」
「……そうかな」
「そうだよ。ずっと一緒にいたおいらを疑うの?」
「ううん」
ごめんなさい、と抱きついて耳の横に唇を落とす。そうすればごろり、と彼が寝返りを打つ。お腹を手を伸ばしてお腹を撫でながらぐりぐりとペロの頭に自分の額を擦りつける。甘えるみたいに。ペロは何も文句を言わないでいてくれる。
「ねえ、ペロ。本当に私たちはそんな関係じゃなかったの。ただ、お喋りをするだけだったの」
「知ってるよ」
「でもね、彼の側はとても、居心地がよかった」
それだけは本当、と笑って彼の頭を膝の上から下ろして体を起こす。もうそろそろ夕方だから、ペロと散歩に行かなくっちゃ。
「もし、今またあの図書館に行けたらどうする?」
「どうもしない。私は、行かないことを選ぶから」
「なぜ」
「思い出はね、思い出だから綺麗なの」
きっと、図書館に行けば彼を探してしまうから。そこには決していない彼を。そんな寂しことはしたくない。
「おいらは、おいらがいなくなる前に朱鷺を預けても安心な奴を見つけたいんだけどねぇ」
「大丈夫よ、ペロ」
「あいつなら、カヅチヒコなら、安心なんだけど。残念だ」
「ちょっと言うのが遅すぎたかな。散歩に行こうか」
「うん」
一緒に立ちあがって、一緒にお散歩の準備をする。こうしていられるのも後どれぐらいかなぁと考えながら。