独楽の世界の明るい浮浪児
デビルトライアングルの一柱、金色覇との分身同士の対決です
それは、およそ一年前の話。
一人の神の分身が人の世界に降臨した。
その神の名は、知略戦神、金色覇。
神々の頂点に立つ、七極神、デビルトライアングルの一柱である。
金色覇が周りを見回すと穏やかな人の生活が行われていた。
「この安穏とした生活を、僅かな力で打ち砕いて見せましょう」
不気味な笑みを浮かべる金色覇。
『この世界にお前の分身が居るのか?』
白牙の言葉にヤオンが頷く。
「多分ね」
眉を顰める白牙。
『随分といい加減だな?』
ヤオンが肩をすくめて言う。
「分身を集めているのは、あちきだけじゃないからね」
エーゼットの事を思い出して舌打ちする白牙。
『本気であいつは、どうにかしないとまずいな』
難しい顔をしてヤオンが言う。
「その事なんだけど、何か嫌な予感がするんだよ」
それを聞いて白牙も真剣な顔をする。
『お前の嫌な予感か……、本気で大変な事の前兆だな』
そんな会話をしながら町に入るヤオン達だったが、即座に数人の男に囲まれる。
「おい、こいつ雌だぜ、身包み剥いで女郎に売ってやろうぜ」
「売る前に回そうぜ」
「馬鹿言え、オボコの方が高く売れるんだ、我慢しろ」
そんな会話をヤオンは、落ち着いて聞いていたが、白牙は、前足を大きくした一撃で地面の一部にする。
『植物の栄養に成れば良いがな』
ヤオンは、あまり気にした様子を見せずに歩き出す。
「白牙、毒性がありそうな物を地面に埋めると周りの作物に悪い影響があるよ」
『それは、悪いことをしたな』
反省する白牙から周りに視線を移したヤオンが言う。
「完全に荒れているね」
白牙が爪を伸ばして言う。
『こんな所にお前の分身が居ると思うと、害虫駆除もしたくなるぞ』
苦笑するヤオン。
「それより、気付いている?」
白牙が頷く。
『ああ、この気配は、神、それもかなり高位の神の分身だ。下手をしたら、紫縛鎖かもしれないな』
ヤオンは、頬を掻きながら言う。
「多分、紫縛鎖では、無いね。でも高位って言うのは、間違いないよ」
そんな会話をしていると、人混みが裂けて行き、その先から神輿が迫ってくる。
『向こうから現れてくれたみたいだぞ。どうする?』
白牙の問い掛けにヤオンは、そのまま普通に立ち止まり言う。
「今更、逃げられないし、ご対面といきますか」
そして、神輿の露払いをしている奴らがヤオンに気付く。
「貴様、この神輿が、金色覇様の神輿だぞ、道を開けろ!」
手を伸ばしてくる男をヤオンは、無視する。
『まさか、本当にデビルトライアングルが出てくるとは、思わなかったぞ!』
慌てる白牙だったが、男の手がヤオンに届く前に神輿に動きがあった。
『待つのだ』
その声に男が驚いている中、神輿の中から、金色覇が現れる。
「こんな所で、貴女に会えるとは、思えませんでしたよ」
ヤオンが頷く。
「あちきもだよ。それで、どうする?」
その言葉に金色覇は、完全に有利な事を確信した様子で言う。
「ここで、貴女を滅ぼすのは、容易い。しかし、それでは、面白くない。ゲームをしよう。一日、私の配下の者たちから逃げ果せたら、見逃しましょう」
ヤオンも笑顔で答える。
「それは、優しいことで。それで、そのゲームは、何時から?」
金色覇も笑顔で答える。
「無論、今からです。皆の者、その娘を捕らえよ。殺しても構わん。捕らえた者には、我が側近の資格を与えよう」
周囲の人間が一斉に動くが、ヤオンは、人々の頭を足場にしてその場を逃れる。
「決して逃がすな」
金色覇の言葉に答え、追跡を解析する民衆であった。
ヤオンは、人々を振り切ってから町の人間が居そうも無い橋の下で落ち着く。
『面倒な事になったな』
白牙の言葉にヤオンが平然と言う。
「そうかもしれないけど、この町の荒れた原因は、解ったよ」
白牙が頷く。
『あれの性格は、報告を受けている。間違いなく自分の楽しさの為だけにこの世界を変えたな』
ヤオンが呆れた顔をする。
「正直、その感覚が解らない。あちき達が本気を出したら、人の世界なんて何でも思い通りになる。でもそれは、他人が作ったゲームを、ルールを無視して違法改造する様な物だよ」
白牙が吐き捨てるように言う。
『所詮は、成り上がり、世界を構成するって本当の意味が解っていないんだ。それよりどうやって逃げ出す?』
それを聞いてヤオンが驚く。
「白牙、まさか逃げるつもりだったの?」
『いくらなんでも奴を倒すことは、出来ないぞ』
弱気な白牙の言葉に対してヤオンが言う。
「その前に、あちきの分身の有無を確認しないといけないでしょうが」
『それがあったか……』
苦虫を噛み潰したような顔をする白牙。
そんな時、人の動く音がして、奥から数人の浮浪者が現れる。
「騒がしいが、何が起こっているんだ?」
一番年配そうな老人の言葉にヤオンが言う。
「あちきが、金色覇様の狩のターゲットにされているだけです」
あっさり答えると、浮浪者達は、気にした様子も見せずに、それぞれの寝床に戻っていく。
『随分とあっさりとした反応だな』
逆に白牙の方が戸惑っていると一人の浮浪者の少女が近寄ってくる。
「お姉ちゃんも大変だね。これ食べる?」
差し出された虫が集るおにぎりをヤオンは、二つある一つを口に入れる。
「美味しいね。ありがとう」
残りを食べて少女が言う。
「本当だね」
笑いあう二人を見て白牙が溜め息を吐く。
『呑気な奴らだな』
すると少女が言う。
「この猫、人の言葉を喋れるんだね」
それを聞いてヤオンが苦笑しながら言う。
「一つ聞いて良い?」
少女が頷いたのでヤオンが質問を開始する。
「どうして、ここの人達は、あちきを捕らえようとしないの? きっと捕らえれば浮浪者だって関係なく良い思いが出来るようになれるよ?」
少女が普通の様子で答える。
「だって、ここの人達は、皆、狩に反発して市民権を奪われた人達だもん」
それを聞いて白牙が言う。
『どうして、狩に反発するのだ? 相手は、本当に神だぞ?』
すると少女が答える。
「神だからって何だって従えるわけじゃない。人にも人の意思があるんだから、その心に従って生きて行きたいって。死んだ、あたしを育ててくれた人もそうだったよ」
その答えに頭を掻くヤオン。
「これだから、人間は、侮れないよね」
白牙が深く頷く。
『逃げるのは、止めだな。どうやってあいつを倒す?』
ヤオンが少女を見て言う。
「彼女が、強い心を持った人達が居るから楽勝よ」
安穏だったこの世界に金色覇は、自分という神を配置し、それに従順するものだけに恵みを与え続けた。
それだけで、人々は、営みは、変化していった。
ただ、金色覇に従うだけで、生きていける日々が人々を腐らせていったのだ。
一年足らずで、それまでとは、百八十度変わった身分制度による格差社会が生まれ、貧困と犯罪が爆発的に増加した。
「所詮人間など、我々のおもちゃなのだ。どれだけ手間をかけずに遊べるかが神としての才能ですね」
自分の出した結果に満足し、高笑いをあげる金色覇。
そんな時、部下から報告が入る。
「八百刃の分身を捕まえただと。良し、連れて来い」
そして、ヤオンが橋の下に居た浮浪者達に連れられてやって来た。
「よく、浮浪者にあっさり捕まったな。まあ、私には、解らない下らない感情でしょうね」
侮蔑しきった表情を向ける金色覇にヤオンが苦笑する。
「最後に一つだけ確認したいんだけど、貴方は、この世界を自分の物に出来たと思っているの?」
金色覇が周囲の人間を見下ろして言う。
「当然。ここに居る全ての人間は、私の思惑通り動く駒」
ヤオンが頷き言う。
「一つだけはっきりした事があるよ」
金色覇が余裕の表情で尋ねる。
「何を?」
ヤオンは、はっきりと答える。
「金色覇、貴方は、極神には、相応しくない」
「何だと!」
声を荒立てる金色覇にヤオンは、はっきり答える。
「何度でも言うけど、貴方は、極神には、相応しくない」
苛立ちを見せた金色覇だったが、目を瞑ると落ち着きを取り戻す。
「それがお前の手か。私を興奮させて、余計な力を使わせてそれを逆に利用しようと考えたのだな」
ヤオンが答えないと金色覇は、笑みを浮かべて言う。
「甘く見ないで貰おう、私は、知略戦神。その程度のトラップに掛かりはしない」
余裕の笑みを浮かべてヤオンに近づく金色覇。
その時、ヤオンが大きく息を吸って叫ぶ。
「あちきは、やっぱり死にたくないから助けて!」
その声に金色覇が呆れる。
「今更、そんな事を言ってもどうしようもないぞ」
しかし、周りの男達がヤオンを隠すように動く。
「逃げるんだ!」
その言葉に従ってヤオンが人混みに隠れる。
それを見て金色覇が怒鳴る。
「退くのだ! 私の言葉に逆らったら、恵みを与えないぞ!」
しかし、男達は、退かない。
愕然とする金色覇王の耳元でヤオンが言う。
「この世界の人々を完全に支配できたと勘違いするような貴方に極神は、やっぱり相応しくないんだよ」
金色覇は、力を集中させてヤオンに振り下ろす。
『八百刃の名の下に、白牙よ、刀と化せ』
その声は、金色覇の後ろから聞こえて来た。
動きを止めた金色覇の腕が白牙に因って切り落とされる。
そしてその腕に溜められた力をヤオンが操り、金色覇の胸に突き刺される白牙の力に変換する。
白牙が刺さった所から滅び始める金色覇が愕然とした表情で言う。
「馬鹿な、どうしてこんな事に?」
「あたしも八百刃の分身だったんですよ」
そう答えたのは、金色覇の後ろに居たヤオンと話していた浮浪者の少女だった。
「そんな訳が無い。八百刃の気配は、あの時は、目の前の娘からしかしなかった」
ヤオンがあっさり頷く。
「そう、彼女を八百刃の分身として覚醒させたのは、今さっきだよ。貴方が自分の意思に従わない人間に驚いていたと時にね」
その言葉を聴き終わるのと同時に金色覇の分身は、この世界から完全に消えた。
神々の世界の金色覇の本体が胸のほんの小さな痛みを感じ、それを受けたことで出来た自分の誇りへの大きな傷に叫ぶ。
「八百刃! お前は、絶対に私が滅ぼしてみせる!」
そんな金色覇を遠くから観察して居た同じ、デビルトライアングルの一柱、無法神、無色器が呟く。
「八百刃には、金色覇では、勝てない。紫縛鎖も同じ。八百刃に勝てるのは、八百刃だけ」
意味ありげな呟きを残し、無色器は、他のデビルトライアングルにも悟られないように移動を開始するのであった。
「この世界は、徐々に戻っていくけど残らなくても良いの?」
ヤオンの言葉に浮浪者の少女だった分身が頷く。
「うん。だって、あんな不完全な極神を放置しておけないもん」
そしてヤオンと一つになる。
『この世界は、大丈夫だろうか?』
白牙の言葉にヤオンが頷く。
「大丈夫だよ。金色覇の思惑に打ち勝てる強い人間がいっぱい居るんだから」
ヤオンは、無謀とも思えたはずの自分の計画に手を貸してくれた人達を思い出す。
「さてと、次の分身を探しに行くよ」
そう言って、別の世界に移動していくヤオンと白牙であった。