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田沼の詩

 昼前にクリニックに帰ってくると、紗耶香が来ていた。ソファーで本を読んでいて、田沼が部屋に入ってゆくと紗耶はドアのほうをふりむいた。「あら先生お帰りなさい。車いすでお出かけだったんですね」

「犬だって散歩するだよ!ましてや僕は落剝していても詩人の月桂冠を一応は授かってるからには放浪の人なんだから閉じ込められてはいないよ。」

「先生が落剝した詩人であるものですか。あたりをみまわしても谷川俊太郎さんとか吉野弘さんとかのほかに田沼さんしか詩人と呼べる人はいませんもの。私、家にいるとき昔の『詩学』をめくっていましたら投稿作品に田沼さんの名前をみつけたんです。ちょっと本を出しますね。付箋のここだわ。


  子供と   田沼 遼


 ほら お空に

 大きな白い馬が

 駆けてるよ


 あの白い馬を追いかけて

 一人の男が走ってる

 おーい待ってくれと手をあげて


 こちらは

 呑気に野次馬で

 六郷川の土手に座って

  

 あめりかあたりまで行ったら

 捕まるかしらとおしゃべりし


 あちらはあちら

 こちらはこちら



 ・・・これに詩誌『詩学』主催者で詩人の嵯峨信之さんらが合評をよせていますね。それはこうですね。


 合評 田沼 遼 の作品について


 編集部 次に十一位になりました田沼さんについてです。井川さんから一点、木坂さんから一点入っています。

 井川 これはいいですよ。子供っぽい作品だけど、そのままの感じで『あちらはあちら』とか最後の方で、なかなか率直で、率直ではないと思うけど。

 木坂 他愛ないといっちゃ他愛ないんですが、余計なものもないし、あと『おーい』と言って呼びかけてどこへ行くんかという詩がありますね。

 井川 山村暮鳥のね。

 木坂 でも、あれよりもこれは現代的で『あめりかあたりまで行ったら』 とか入っていて、詩としてのとてもいい価値観とかいうのじゃなくて、単純にまあいいかなというあたりなんですけどね。

 井川 『呑気に野次馬で/六郷川の土手にすわって』見ているわけですからね。

 八木 そういう人が出ると思ったよ、俺は。

 井川 しかもこれは、題が『子供と』と書いてある。作品中に『子供』が出てこなくとも、ちゃんともう題名で『子供』と一緒にいるなとわからしているから、なかなかこれは聡いんです。賢い詩だと思います。

 八木 疲れた人はこういう詩を。やっぱり雲を『白い馬』というのもちょっと恥ずかしいし、『おーい待ってくれ』というのはほんとうに山村暮鳥の方がいいわけで、もっと言いようはあると思うの。

 太原 でも、一つ軽やかなところがないし、読む楽しみ何もありませんでした。

 井川 そういうのをもとめるのは無理なんですよ。

 太原 読む楽しみがある詩の方がいいと思う。

 編集部 嵯峨さんはどうですか。

 嵯峨 詩以前の想像力だな(笑い)

 太原 やっぱり何か切り開かないと見えないものな。

 木坂 それはそれであるけれども、小ちゃくっても何かひとまずおさまりがついているというのも、やっぱり価値があるということではなくて、これはこれ。

 八木 この人ふざけて誰かが引っかかるだろうと思って書いているんならいいけど、大真面目で書いているから。

 井川 大真面目。

 八木 これは困ったものですよ。



 ・・・こんなの見つけました」


 田沼はにやにやしながら紗耶香の話を聞いていて言った。「けちょんけちょんだね。僕としてはリメークのつもりで、それなりに良いと思って応募したのにひどいものだ。嵯峨さんの詩は僕は今でも好きなのだが、この一言には苦笑いしかなかったね!居並ぶ弟子の詩人たちがこのありさまだから、今や詩人はいなくなってしまった!詩は今やわけのわからない長い呪文のようだから人気が出るわけがないさ。僕が20代の頃詩壇には新人応募の良い場所がなかったのだよ。詩学はかっては詩壇の最有力な詩誌だったけど、その当時、つまり68年ごろすっかりマイナーになってしまっていて本屋に置くだけでは成り立たないので予約購読にたよる状態になっていたのだよ。本屋においてあるメジャーな『現代詩手帳』には詩の投稿欄が無いに等しかった。きっとそれが今の詩の低迷につながっていると思うね!!・・・さて、ちなみに山村暮鳥の詩は、ちょっとキンドルで見てみるね・・・


 おうい雲よ

 いういうと

 馬鹿に呑気そうじゃないか

 どこまでゆくんだ

 ずっと磐城平いわきたいらの方までゆくんか



 こうあるね。」






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