日芸における授業の実態
「『バリケードを吹き抜けたか風・日大全共闘芸闘委の軌跡』という橋本克彦君のこの本には、芸術学部の悪い授業の例として『芸術社会学』の授業をあげている。狼に育てられたアマラとカマラの人間性の発生の考察を社会学者のウエーバーやスペンサーとからめた珍無類の独断で押し切るこの研究を
『芸術社会学』と称するのだが、わけのわからないこの講義の単位を取るためには『世界の三大社会学者名を記せ』という問題に、その一人として教授の名を書けば良いと書いている。僕自身の思い出によれば、この講義はおよそ200人が入る古びた大教室で行われて、講義内容は教授の著作をなぞって毎年変わらないもののようだったね。橋本君は芸術学部の授業がすべて劣悪であるかのように書いているが僕にはそうは感じられなかった。放送学科における授業で僕が一番好きだったのは『放送脚本』の授業だった。この授業を担当するのは西沢実という放送作家なんだな。この人はNHKで、ラジオドラマ『狐切支丹』(芸術祭奨励賞)学校放送(お昼に僕は小学校でこれを聞かされたね!)『マイクの旅』(日本放送教育協会賞)などを書いた人なんだ。この先生から僕は、コメディア・デラルテ(イタリア仮面喜劇)の話を聞き、アリストパネスの「女の平和」(女たちが戦争反対のためセックスストライキをする話・先生はサイパン・テニヤンを転戦し苦労されている、それでお気に入りの劇かも)・それからシェイクスピア・モリエール・イプセンなどなどずいぶん読まされたのだ。このような新鮮な教授は放送学科に限らず僕が知るだけでも各学科は神保光太郎(詩人・立原道造が兄として親しんだ)・三浦朱門(小説家・曽野綾子夫)・赤塚行雄(評論家)を教授として採用していた。・・・ここから思うに、ひどい教育環境というよりむしろ他大学より優れていたのだと思う。しかしながら、僕らには何かの不満があったのだね。それが全共闘となって爆発することになるのだけど、それはもう少し、当時の学生の気持ちを探っていかねばならないな。