田沼遼 ふたたび入院
酔いどれ詩人田沼遼は、事もあろうに、あの鎌倉の江ノ電の和田塚の駅の小さな階段で大転倒して大腿骨を骨折してしまった。
事もあろうにと言ったのは、和田塚駅は鎌倉幕府三代将軍源実朝の時、執権北条氏の策謀にかかり謀反と言うことで亡ぼされた、和田義盛を筆頭とする一族が腹を切って、今は墓石が立ち並んでいる和田塚から百㍍ほどにある駅だからだ。田沼は詩人ながら歴史好きで、十年前に「源実朝」という小説を書いている。和田義盛は、作品中では歌人でもある実朝の最も敬愛する武将として登場する。だから和田氏の呪いでも何でもないはずなのに、その和田塚駅で転倒して、救急車で、おなじみの鎌倉海浜クリニックへ救急車で搬送された。
すると、文華爛漫社の三十台の女子編集員山辺沙也香が早速やってきた。
「田沼センセまたご入院ですか」
「あれ、なんかうれしそうだね。また仕事ができるみたいな・・・」
「そんなことありませんよ」
「事もあろうに、和田塚駅構内でやってしまったよ」
「呪いではありませんよ義盛さんが、良い仕事をしろよと仕組んででくれたにちがいありませんわ。義盛さんはお酒が好きで竹を割ったような気性の武将で田沼さんそっくりだから、きっと親近感を持ったんじゃないんですか?先生近頃創作の方、ご無沙汰ですからね」」
「そんな事言ったって、先日『オフィスでこっそり詩を書こう!』という作詩手ほどきを書いたばかりじゃ無いか」
「でも、詩を書こうなんていう入門書の売れ方なんかたかが知れてますよ。だからね・・・人気の海浜クリニックの究明シリーズやりましょう。ということなんですよ!」
「ほら、ホン音が出た。そうして、お気に入りの早川裕司君も呼ぼうね!」
沙也香の顔が赤くなった。「あの人とは何でもないんです。・・・それに冷たいし。歴史オタクですし・・・」
「おんや?ツ・メ・タ・イだって?てことは・・・」
「センセ、もうこれ以上はセクハラですよ!」
「おっとっと、同じ缶詰でも病院ならいいけど刑務所は嫌だからこのぐらいにするよ」