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  との別れ



「何を言ってるのかな?」

 僕は諭すような、やさしい口調で言った。それでも、海人君は引き下がらない。それどころか、さらにかみついてくる。

「俺は知ってるんだぞ! お前が柚子と最後に一緒に居たんだろ! お前に決まってる!」

「海人君……あのね」

「警察の人にも、話したんだ!」

「!」

「おまえなんか、すぐ捕まる!」

 僕の顔から、力が抜ける。表情が、抜けていく。心が、少しづつ、確実に冷えていくのを感じた。

 海人君に近付き、肩をがしっと掴む。びくっと震えるからだ。手を振り払おうとするが、高校生の力などふりほどけない。

「なっ、なんだよぉ……」

「…………」

 思いっきり、砂利の上に突き飛ばす。悲鳴をあげ、倒れ、起き上がろうとする。僕はそんな海人君を持ち上げ、フェンスに押し付ける。制服は砂まみれに、頬には擦り傷が付いていた。

「おまえ、警察に言ったのか?」

「……ああ! いったさ! さっさとつかまれよこの殺人鬼!」

 頬を、渾身の力を込めて殴る。変な悲鳴をあげ、うめき声を漏らす。開いた口から、白い歯がこぼれおちてきた。

「おまえ、警察に行って、さっきのことは嘘でしたというんだ」

「っ、誰が言うもんか! ごぼっ」

 また、殴る。頬には紫色の痣ができ始めた。僕は、もう一度言う。

「さっきのことは嘘でした。さあ、言え!」

「いっ、嫌だ!」

 また殴られると思ったのか、目をつぶる。僕はそんな海人君に、にやりと笑いかけた。

「ちょっと、お仕置きが必要なようだね……」

「え?」

 フェンスの、針金が千切れ、とがっている場所に海人君の手を近付ける。僕は、笑いながら言った。やさしく、やさしく。

「君がさっきのことは嘘でしたって言ったら、許してあげるよ。でも、言わなかったら……」

「誰が言うか!」

 威勢良く、そう叫ぶ。残念。大いに残念。でも、仕方がない。

 海人君の手首を、針金に近付ける。手首に、とがった針金を当てる。そして、力を込めてそのまま引っ張った。

「う、わああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 絶叫する。手首に、赤い筋が深く深く刻まれる。まるで、リストカットのように。

 血が、滴る。あふれだす。地面に、海人君の制服に血が付く。

「いたい……痛いよぉ……」

「言って。さっきのことは嘘でした」

「いやだいやだいやだ!」

 駄々をこねる子供は、首を振る。僕はため息をつき、仕方なく、もう一本傷を作る。先ほどよりも、深く、深くえぐって。

「いたいいたいいたいいたいいたいいたい!」

 肉片が、砂の上に落ちた。ぽろぽろと涙を流す海人君に、僕は繰り返す。

「さあ、言ってよ。わかるでしょ? もう、二年生になったんだから」

「さ……さっきのことは、嘘でした」

「もう一回。覚えられるまで、ね」

「さ、さっきのことは嘘でした! さっきのことは嘘でした! さっきのことは嘘でした!」

 何度も何度も繰り返す。その叫びを、僕は黙って聞いていた。



 もう、あたりは暗くなっている。今日は満月のようで、月明かりが夜道を照らしていた。

 もう、海人君は警察署についただろうか。ちゃんと、言えただろうか。言えただろうな。もう、うわごとのように何度も呟いていたから。

 口笛を吹きながら、家の前にやってきた。玄関に鍵を差し込み、回すとなぜか鍵の閉まる音。もう一度回すと、扉が開いた。……開いていた?

 母は杏の家で桃花さんにつきっきりになると言っていたから、家にいる必要があるのは僕だけのはずだ。誰か、家の中に忍び込んでいるのか?

 警戒しながら、玄関扉を開く。玄関に几帳面に並べてある靴は……杏?

 何だ……杏か。僕は玄関に入り、呼びかける。

「あーん! どこにいるのー?」

 そう呼びかけたら、すぐに玄関に出て来てくれる。はずなのに、なぜか今回は出てこなかった。首をかしげながら、家に上がる。

「杏?」

 居間に行ってみたが、いない。温まったカレーが、台所に置いてあるだけだった。トイレにも、いる様子はない。

 まさか……そう思い、駆け足で階段を上る。目指すは……自室。

「杏!」

 勢いよく扉を開ける。そこには、恐れていた光景が存在していた。

 暗い部屋の中、テレビの前に杏が座り込んでいた。そして、画面に映っているのは、僕の、解体のショー。

 柚子の。

「優一……君……」

 ゆっくりと、ふりむく杏。その表情は、暗闇のせいでよく見えなかった。

「これは……なに?」

「…………」

「どうして……柚子が、こんなんになってるの? どうして、優一君の部屋にこんな物があるの?」

「杏、それは……」

 そのあとに、言葉が続かない。杏は、どんな表情をしているのだろうか。小さいころから知っていた、想い人が自分の妹を殺した。そんな事実を突き付けられて、杏は今、どんな表情をしているのだろうか。

「優一君……男の子の頭に棒が刺さってるって、まだ公表されてないんだよ……」

「…………」

「警察の人しか知らない情報を……どうして、知ってるの?」

 風で、カーテンが舞いあがる。一瞬照らされた月明かり。杏の顔は……泣いていた。

 人殺しの幼馴染を、憎むでもなく、怒るでもなく、ただただ、泣いていた。

「ねえ……自首しよ? 私も……私も、ついていくから」

 優しい瞳が、僕に近付く、覗き込んでくる。震える体を、温かい腕が包み込んでくれる。まるで、母の胎内にいるような安心感。本当に、本当に自首してしまいたくなった。全部、全部洗いざらい話したかった。僕は、異常者です、と。

 許されたい。

 でも。

「……だ」

「え?」

「いやだ」

 だれかが、優一を乗っ取って口を奪う。そいつの名前は、僕。

「絶対に嫌だ。僕は、僕は捕まらない」

 滑らかに口が動く。捕まりたくない。捕まりたくない。もっと殺したい!

「ゆ、優一君」

「もう、僕は優一なんかじゃない」

 沢田優一は、もういない。

 僕が、殺した。

「じゃあね」

 風が、また吹く。背中に、満月の光を受ける。杏は、僕のことを目を見開いて見ていた。窓枠に、足をかける。そして、微笑みかける。割れてしまった、仮面の笑みを。

「さようなら」

 窓わくから、手を放した。

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