雪の日に
普通な二人の、普通な物語。
「雪だ」
「あら、久しぶりね」
神山君は地球人になりすました火星人を見つけた時の小学生のように、降り注ぐ白い結晶を見る。
「どうしてだろう、雪を見るとテンションがあがるんだ」
「それはきっと、神山君が犬型だからね」
「犬型?」
「ほら、『雪』っていう童謡があるでしょう。『犬は喜び庭駈けまわり、猫はこたつで丸くなる』って」
「あぁ、そんなのがあったね。じゃあ青空さんは猫型かい?」
「いえ、こう見えても私の心は絶賛フィーバー中よ」
犬型の二人、神山君と青空さんは並んで冬の街を歩いていた。
とくに目的地はない。
「寒い」
「あら、情けない。それでも犬型かしら?」
「この際、情けなくても猫型でも構わないよ」
「ダメよ、猫は」
「どうしてだい、青空さん」
「私は猫アレルギーだから」
青空さんは割と真面目に言った。
本当かどうかは定かではないが、触らぬ神になんとやら、神山君は従うことにする。
「急に庭を駈け回りたくなってきたよ」
「ここは街中よ、神山君。駈け回ってもいいけれど、私は他人のフリをさせてもらうから」
「冷たい」
「私は年中無休でフローズンよ」
「青空さん、君はスキー場だったのかい」
「平らで悪かったわね」
「そういう意味で言ったんじゃないよ」
雪は勢いを増してきたようである。
童謡のごとく、降っても降ってもまだ降り止まぬ。
「これはそろそろ帰った方がいいかもしれないね、青空さん」
「あら、夜はこれからよ、神山君」
「まだ四時じゃないか」
「四時でこの暗さだなんて、これだから冬は陰鬱なのよ」
「冬は悪くない。文句を言うなら、地軸にでも言いたまえ」
いつの間にか雪が積もり、一面銀世界である。
「一面銀世界・なーんて表現は誤解を招くと思うんだ。その辺に銀がごろごろ落ちているみたいじゃないか」
「歪んだ解釈ね、神山君。素直に銀色の世界を想像しなさいな」
「それも歪んだ解釈だと思うよ、青空さん」
「じゃあ、一面白世界と言い直すべきね」
いつの間にか雪が積もり、一面白世界である。
「異常気象ね。この街で十七年間暮らしてきて、こんなに積もったのは初めてよ」
「どうやら君の嫌いな地軸が狂っているようだ。良かったね青空さん」
「洒落にならない冗談はやめなさい」
二人はまだ歩き続けた。
山も野原も、ビルもコンビニも、通りをゆく人々も、神山君と青空さんも綿帽子をかぶり、白い世界をつくりあげる。
「別世界に来たみたいだ。見慣れている景色もここまで変わるなんて」
「いいえ、どうやら本当に別世界に来たみたいね」
「え?」
「調子にのって歩きすぎたみたい。隣町よ、ここ」
「つまり迷ったってことかい、青空さん」
「肯定よ、神山君」
二人はプチ遭難した。
行動範囲の狭い二人にとって、隣町は未知の領域である。
といっても、見たところ繁華街のようで人もたくさんいる。
誰かに道を尋ねれば済むだろう。
「仕方ない、その辺の人に道を……」
「ちょっとまって、神山君」
「?」
「ここは私達だけで解決しましょう」
「どうしてだい?」
「面白そうじゃない。私は一度、『寝たら死ぬ』というシーンを体験してみたかったの」
「体験しないにこしたことはないんだけど」
二人は自力で帰り道を探すことにする。
雪は依然衰えず、一メートル先もまともに見えないほどである。
「ワクワクしてきたわ」
「君は本当に犬型だね、青空さん」
「とりあえず今来た道を引き返しましょう」
二人は記憶をたよりに引き返す。
と言ってもおしゃべりに夢中だった二人が道を覚えてるはずもなく、すぐに迷う。
「本格的にやばい」
「楽しくなってきたわ」
青空さんとは逆に、神山君は冷静に状況を分析する。
雪はやむ気配を見せず、辺りは深夜並みに真っ暗である。
人通りもほとんどなくなり、このままでは道も聞けなくなる。
「青空さん、そろそろ」
神山君が振り返ると、そこには誰も居ない。
「青空さん?」
返事はない。
「青空さん!」
叫ぶが、むなしく響くだけである。
「これはひょっとして」
その先は言わない。
考えるのも極力避ける。
思考を止め、大きく深呼吸。
「……はぐれた」
青空さんは道路標識を見る為に、神山君から離れた。
戻ってくると、神山君がいない。
「神山君?」
返事はない。
「神山君!」
叫ぶが、むなしく響くだけである。
「これはひょっとして」
その先は言わない。
考えるのも極力避ける。
思考を止め、大きく深呼吸。
「……はぐれた」
一時間後。
電話とGPSを駆使して、二人は再会を果たす。
「今回ばかりは文明の利器に感謝したよ」
「自然の力を舐めていたわ」
「帰ろうか」
「ええ」
二人は携帯で道を確かめながら、自分たちの街へと戻る。
「我が家に帰ってきた気分だ」
「気が早いわ、神山君。まだ街に戻ってきただけじゃない」
「遠足は家に着くまで終わらないってかい?」
記録的な積雪量である。
二人は全身雪だらけになって、家路につく。
「ほどほどに楽しかったわ、神山君」
「僕もそこそこ楽しかったよ、青空さん」
二人はようやく、繋いだ手を離したのだった。
『異常性志向』から神山君と青空さんでした。
よかったら、本編での彼らの活躍もみてやって下さい。