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イフ  作者: 秋華(秋山 華道)
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告白

俺の自宅への誘いに、鈴木は喜んで応じてくれた。

カエとメグミは気を使って、「少し何処かに行ってくるよ。」なんて言ってくれたが、そんな気遣いは無用だ。

カエとメグミもまた、俺にとっては大切な仲間であり、もう家族なのだから。

テーブルを囲んで椅子に座り、俺と鈴木は向かい合っていた。

それぞれの横に、カエとメグミも座っている。

もうここで冗談を言って、ごまかせる雰囲気ではない。

逃げ道はもうないという事だ。

自分で決めた事なのに、ただ大切な人に、大切な話をするだけなのに、俺は此処まで自分を追い詰めないと言えないのか。

約束を守る事、ただこれを自らの意思で破るだけだ。

約束を守らない人なんて、この世にはごまんと存在する。

それが駄目な事だと分かっていながら、平気で破る。

その代表的なのが政治家だ。

到底達成できないマニフェストを掲げ、人々に良い顔をして票を集め、当選したらマニフェストなんてあってないようなものだ。

もちろん、全てを守って欲しくて投票する人なんていない。

逆に守られると困る事さえある。

だからやらないマニフェストがあっても良いのだ。

理屈では分かっている。

今の俺の約束は、破っても良いはずの約束だ。

日本では人権が保障されているのだから。

でも、どんな約束でも、守ってほしい人がいるから約束なのだ。

約束した限りは守るべきではないのかと、やっぱりどこか思ってしまう。

一部の者の利益の為の約束は、最初から約束しなければ良いのではないだろうか。

俺は、施設から出る為に約束した。

俺個人の利益、いや人権を守る為に約束して、破る事によって、政府や山田に何か迷惑がかかるのか。

いや、鈴木になら話しても、誰にも迷惑にはならないだろう。

だけど今回のこの告白は、おそらくそれだけにとどまらない。

俺は、鳥かごから抜け出したいのだ。

西口悠二の幸せをつかもうとしているのだ。

この理不尽な世界を変えたいと思った。

こんな世界腐っていると思った。

でも、俺一人の力では、この世界を浄化するなんて、到底無理だと分かった。

山瀬さんは頑張っているが、マフィアの下っ端を捕まえて、悪い奴らを少し懲らしめるくらいがせいぜいだ。

俺が協力したとして、このままでは100年かかっても変える事はできないだろう。

何故なら、この腐った世界を作ったのが、この国の人々なのだから。

人間が作ったものなのだから、腐っていて当然。

欠点があって当然。

これを少しでも良くする努力をやめてはいけないが、ある程度受け入れる事も必要なのだと分かった。

だったらどうするのか。

みんながやっているように、この腐った世界の中で幸せをつかむしかない。

西口悠二だった俺が、分かっていたのに出せなかった結論を、今、出そうとしていた。

「話と言うのは・・・」

俺は何とか声を絞り出し、鈴木を見た。

すると鈴木は、俺の顔の前にサッと掌を向けた。

喋るのをストップしろという事だが、一体どういうつもりだろうか。

だがその疑問は、すぐに消えてなくなった。

「悠二なんだろ?」

鈴木の顔は、確信をもった笑顔だった。

俺は驚いた。

何故そんなにハッキリと、そう思えるのだろうか。

確かに本人だし、30年以上も前の俺と同じ姿ではある。

でも、30年以上も前の記憶なんて、そんなにあるものでもない。

写真を見ても、髪型も違えば、服装も違う。

確信なんて持てるはずないじゃないか。

だいたい、人が若返るなんて、常識としてありえるものではない。

そんな都合のいい力があれば大騒ぎだ。

俺は少しの間、声がでなかった。

すると鈴木が続けて喋ってきた。

「どうして分かったのかって思ってるだろ。当たり前だろ。30年以上も親友やってて、俺がお前を間違えるわけがないじゃないか。悠二はなにか?俺が若返って目の前に現れたら、俺じゃないと思うのか?」

言われて思った。

確かに鈴木が鈴木であるならば、俺はきっと分かるだろう。

今なら、たとえゴキブリになったって分かると思う。

「ふっ!」

なんだか笑えてきた。

そうだよな。

そうなんだよな。

俺達は親友だったんだ。

何を悩む事があったのだろうか。

俺が言わなくても、これくらいわかっちまうんだよ、鈴木なら。

「なんだか悩んでいたのがバカみたいだな。」

さっきまでの重い空気はもうなかった。

「ま、どうしてこんな事になったのか、話せないなら話さなくて良いが、とにかく、悠二が生きていて良かったよ。」

鈴木の目から少し涙が流れていたが、顔は笑顔だった。


その後、俺と鈴木、それにカエとメグミも含めて、色々な事を話した。

俺が西口悠二である事。

どういうわけだか、若返ってしまった事。

政府の秘密機関によって、若返った事について色々しらべられた事。

施設を出る条件として、定期検査と守秘義務を守る事。

こんな事が公になると、世間が大騒ぎになるので、西口悠二は死んだ事になり、高橋光一として生きている事。

そして、ゴキブリの力、生命力の力の事を。

「どうしてそんな力が身についたんだろうな?」

鈴木の軽い気持ちの質問だった。

こんな突拍子もない話を、疑っている様子は全く無い。

だから俺は普通に、思ったままにこたえる。

「南極に、永久凍土の溶けた場所を見に行ったんだ。そしたらそこにゴキブリがいてさ。そこでゴキブリと接触したのが、何かの原因かもな。」

この能力を得た人間、俺とメグミとカエの共通点。

一つは、永久凍土の溶けたところに行った事。

そして、少なからずその虫に好意をもっていたり、助けたりした事。

言いかえれば、その虫と接触した事、とも言えるかもしれない。

後、俺の場合には、何やら未知のウィルスが見つかったとかって話もある。

これらから、永久凍土内に閉じ込められていた何かが、俺達に感染し、それが原因で、何かしらの力がついたと考えるのが、一番分かりやすそうだ。

虫が特定されるのは、もちろん接触があった為。

「南極には、やっぱり行ったのか?」

鈴木がなにやら少し驚いていた。

「ああ。正直に話すと、マジで死んでやろうと南極に行ったんだ。永久凍土の溶けた場所が見たかったってのもあるがな。」

俺の言葉を聞いて、鈴木が何やら考え込んでいた。

もしかして何か知っているのだろうか。

そう言えば、鈴木は動植物や微生物なんかの研究をしている。

と言っても、どちらかというと、健康を補助する菌だとか、美容に良い成分を持つ動植物だとかを研究しているので、ウィルスなんかは関係の無い分野ではある。

という事は、なにか別の話題なのだろう。

「俺が動植物なんかの研究をしているのは知ってるよな。」

「ああ、なんど聞いても、言ってる事はわからんがな。」

こうやって普通に話すのは心地いい。

正直、話の内容なんて、どうでも良いと思った。

「地上の動植物の研究ってのは、世界ではかなり進んでいてな。調べられる場所ってのは、ほぼ誰かが調べているわけだ。」

「ほうほう。」

「で、今、俺達の世界で注目されているのが、永久凍土の溶けた地域なんだ。」

なるほど。

もしかしたら鈴木も行ったとか、同じ時期に南極にいたとか、そういう話かな。

「何か未知のウィルスでも見つかったか?」

「よく分かったな。」

俺の何気ない一言に、鈴木が少し驚いた顔をした。

鈴木の言葉、そしてその表情を見て、俺も冷静でいられなくなった。

「もしかして、すぐに死滅して消えてしまうとか、そんなウィルスなのか?」

冷静な俺が見れば、かなり白々しい演技に見えたかもしれないくらい、俺は動揺していたかもしれない。

「そうだ。もしかして、悠二も何か知ってるんだな?」

「ああ、俺を調べていた施設の山田が、そんな事を言っていた。」

「なるほどな。」

鈴木は少し笑っていた。

この笑顔はどういう意味だろうか。

この時の鈴木は、俺には何かに恐怖しているように見えた。

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