表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イフ  作者: 秋華(秋山 華道)
28/38

皐月賞

4月18日、第70回皐月賞。

ゲートが開いた。

まずはスタンド前を通り過ぎてゆく。

ヴィクトワールピサは後方4番手といったところか。

二人の女子高生はそれを見て、「前へ前へ!」なんて言っているが、全く問題無い。

ペースは早くもなく遅くもなく。

前半1000mは60秒、思ったとおりだ。

俳優時代に鍛えた俺の体内時計はくるってはいない。

ヴィクトワールピサは、まだ馬群の中。

前と後ろが詰まって団子状態の進行。

ヴィクトワールピサは、此処から抜け出せるのか?

少し不安になった。

負けるとするならば、内に包まれて、抜け出せない時なのかもしれない。

俺は人生で、融通がきかず、自分で自分を閉じ込めた鳥かごから、抜け出せず終わりを迎えた。

嘘はつかない、信念はまげない、約束は絶対に守る、他人に迷惑をかけない。

もしかしたらどれも、どうでもいい事だったのかもしれない。

だけどその鎖に繋がれた俺は、そこから抜け出せず、誰の迷惑にもならないように、南極で死のうとしたんだ。

今の状況になってからは、盗聴したり、暴力団と手をとり、金を盗んだり、あこぎな商売もして、色々悪い事もしたように思う。

それでも今、何故か幸せを感じている。

なんだろうか、この状況は。

俺が俺ではないからだろうか。

俺が、西口悠二ではなく、高橋光一だから、幸せになれたのだろうか。

嫌だ。

俺は本当は、西口悠二として、幸せをつかみたかったのだ。

西口悠二として、俺は鳥かごから抜け出したかったのだ。

馬群の中に閉じ込められたビクトワールピサが、なんだか自分自身のように思えた。

「いけ!」

俺は叫んでいた。

もし、今からでも遅くないなら、西口悠二の人生を、西口悠二の幸せをつかみたい。

俺の声に、女子高生二人も、そして鈴木も、みんなで声を上げていた。

「いけぇ~!!」

その声にこたえるように、ヴィクトワールピサは内をついて、抜け出してきた。

一番の経済コース。

走る距離の短いコース。

上手く世の中を渡ってこれなかった俺とは対照的に、楽をして勝とうとしているように見える。

でも、それが悪いとは思わなかった。

抜け出せないところから抜け出す強さ、俺に無い強さを感じたから。

抜け出したヴィクトワールピサは、追撃も封じて、当然のように1着でゴールした。

感動した。

嬉しかった。

そして悲しかった。

自分が悩んでいた事が、バカバカしくなった。

またそれが悲しかった。

失笑が漏れた。

それでも、涙はでなかった。

とてもすがすがしい気分になった。

鈴木は、なんとも言えない表情で、ただ呆然とターフを見つめていた。

ゴール直前、ローズキングダムは4着に沈んでいた。

カエは俺を見ていた。

メグミは的中馬券を俺に見せていた。

二人の顔は、今日の俺の思いを知っているような表情だった。


皐月賞が確定したところで、メグミの的中馬券だけ換金して、俺は自分の単勝馬券はそのまま持って帰る事にした。

特に金が欲しくて買った馬券じゃない。

でもこの馬券には、俺の思いが詰まっている。

2.3倍で確定した馬券は、2万3千円の価値であるわけだが、俺にとってはそれ以上のものだ。

換金する気にはなれなかった。

さて、いよいよこれから、俺は鈴木に全て話す事になる。

抜け出せなかった鳥かごから、今更だけど俺は抜け出すのだ。

西口悠二に戻ったら、俺はまた不幸になるかもしれない。

少し怖かった。

それでも、俺は言うと決めたのだ。

やると決めたのだ。

「鈴木さん、この後、家にきませんか?話したい事があるので。」

俺はようやく、出る事の出来なかった卵の殻に、傷をつけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ