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イフ  作者: 秋華(秋山 華道)
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中山競馬場

4月18日、日曜日晴れ、皐月賞当日、俺達三人は、船橋法典駅に来ていた。

此処で鈴木と合流して、一緒に中山競馬場へと向かう事になっている。

と言っても、この駅から競馬場へは直通通路があって、この駅が既に競馬場の一部であるように感じるから、競馬場に向かうという表現は、今一しっくりこない。

俺達が乗ってきた電車の次の電車に鈴木は乗っていたようで、すぐに合流できた。

「おはようございます。」

俺はごく普通に、しかし普通ではない挨拶をした。

「あ、おはようございます。」

鈴木はどうやら、少し緊張しているようだった。

こんなに緊張する奴だったかとは思ったが、目の前の鈴木は、まさしく俺の好きな鈴木で間違いなとも思った。

「おはようございます!」

「あ、今日はよろしくおねがいします。」

カエもメグミも少しいつもより硬くなっているが、初めて二人が出会った時ほどではないかなと感じた。

この二人も、成長しているんだなと、何故だか嬉しい気持ちだった。

逆に鈴木は、二人の女子高生に挨拶されて、更に挙動不審になっていた。

ぶっちゃけ「おちつけ!」なんて言いながら背中をたたきたかったが、今は高橋光一だ。

そうしたい気持ちを抑えた。

それにしても、このメンバーは傍から見るとどう映るのだろうか。

父親に競馬場につれてきてもらった、息子と娘二人か。

なんとも仲良し家族だな。

変な想像をして、笑顔が隠しきれなかった。

俺の笑顔を見てか、鈴木もどうやら落ち着いたようで、共に中山競馬場へと向かった。


競馬場内は、人があふれていた。

こんな朝っぱらから、どうしてこれだけの人がいるのかというくらい人があふれていた。

そう言えば俺も、この人たちと同じように、熱い視線で競馬を見ていた事があったのだ。

今日は、鈴木が指定席をとってくれていて、ゴール前の陣取りに奮闘する事はない。

でも、上から見下ろすそこには、30年前の俺がいるようで、少し気分が高揚していた。

不思議な感覚だ。

数年前の俺は、もし此処に来ていても、あのゴール前を見て、こんな思いは抱かなかったような気がする。

とにかく余裕がなかった。

おそらくゴール前を見降ろす余裕さえもなかったはずだ。

何故こんなところに来ているのか、他にやるべき事はなかったのかと、自問自答していたに違いない。

人生は、余裕がないとますます余裕がなくなり、悪いと更に悪くなるものだと、いつのころからか気が付いていたかもしれない。

それでも努力すれば好転させる事もできると思っていた。

まっすぐ誠実に生きていれば、必ず認めてもらえるものだと思っていた。

でもそんな事はない。

俺の人生そのものが答えだ。

毎日努力を続けて、結局こんな人生だったのだ。

それでも今の俺は、あの頃の俺でもないし、努力しなくても幸せを手に入れられる状況にある。

本当に理不尽で、神は無慈悲だ。

俺は苦笑いを浮かべながらも、せっかくだし、楽しまなくてはと思った。

鈴木が二人の女子高生に、競馬新聞を広げて何やらレクチャーしている。

高校生は馬券を買えないが、鈴木がかわりに買ようだ。

さて、俺も予想するか。

少しドキドキしていた。


レースが消化されていくにつれ、二人の女子高生は疲れてきたようだ。

競馬観戦は、序盤とばすと、後半疲れてくる。

朝10時からレースが始まり、最終は16時を過ぎる。

6時間以上も観戦し続けるスポーツなんて、そうそうないだろう。

しかもパドックに移動したり、馬券を買いに行ったりと、移動も激しい。

朝も早いし、睡魔とも戦う事になる。

メインイベントは、その日ある12レースの内、11レース目だから、そこまではゆっくり休日を満喫するのが正しいすごし方だ。

それでも、二人の女子高生からは、それなりに予想を楽しんでいる事も伝わってきたので安心した。

流石に若いという事か。

それから、ちょっと値の張る昼食をすませ、またパドックへの移動、予想、馬券購入、観戦を繰り返した。

そしていよいよ、メインレースの時間がやってきた。

このレース、皐月賞は、俺にとって特別の意味を持つレースだ。

妻の名前をつけたレースに勝った馬、ヴィクトワールピサが出走する。

そして、もしこの馬が勝ったら、俺は鈴木に全てを話すと決めていた。

「ヴィクトワールピサが、断然の一番人気か。」

「ローズキングダムは、新場戦でヴィクトワールピサに勝ってるのですよ。私はこっちに注目してます。」

俺の独り言に、鈴木がこたえてきた。

鈴木の予想は、昔からよく当たる。

ただし、それは今すぐではない。

おそらく今回の皐月賞では、ローズキングダムが1着にくる事はないだろう。

ダービーか、菊花賞か、後にヴィクトワールピサに勝つならそのあたり。

ダービーはローズキングダムから流して買ってみようか、そう思った。

ただ、俺がそう思っている事を、今話す事は出来なかった。

まだ俺が、西口悠二である事を話すとは決めていないし、話していないのだから。

でも、俺にはなんとなく自信があった。

「間違いなく、ヴィクトワールピサが勝ちますよ。」

「自信があるみたいですね。では私もヴィクトワールピサから流してみますか。」

「じゃ、私も!」

「私もそうします。」

いつの間にか話に入ってきてたカエとメグミも、どうやら俺の予想に乗るようだ。

ただし、俺のは予想ではない。

ただの願望と、根拠のない確信なのだけどね。

俺はヴィクトワールピサの単勝に1万円。

オッズは現在2.4倍だ。

当たったとしても、そんなに儲からないが、儲ける事が目的ではないし、コレで良い。

鈴木は、ヴィクトワールピサとローズキングダムの組み合わせ1点買い。

メグミとカエは、ヴィクトワールピサから、いくつかの馬に流していた。

本馬場入場が終わり、GⅠのファンファーレが響き渡る。

これだけは、何度聞いてもドキドキする。

いよいよだ。

このレースは、俺の人生を変えるかもしれない。

いや、間違いなく変えるレースだ。

そのレースが、今スタートした。

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