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イフ  作者: 秋華(秋山 華道)
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神野華恵

港川警察の山瀬さんからの仕事を終わらせてから数日、俺はギャラを貰う為に、前に会った六本木のカフェで再び会っていた。

「いや、ありがとう。おかげで全てうまくいったよ。」

そう言ってお札が入っているであろう封筒を、俺の方に差し出してきた。

俺はソレを黙って受け取ると、そのまま懐のポケットに差し込む。

「あれ?確認しなくていいのかい?」

「ええ、相手は警察ですし、信用してますよ。」

まあ本音を言えば、こんな所で札を数えるのもどうかと思っただけ。

ファーストフードやコンビニで、皆がいるところで札を数える店員、アレはどうかと思うのは、俺だけだろうか。

「そっか。後から、少ないとか文句言われても受け付けないよ。」

「ええ、かまいません。」

「ふふ、本当は、少し多く入れておいたから、驚くところが見たかっただけなんだけどね。」

「そうですか。それはありがとうございます。」

そう言われれば、これが万札だとするならば、かなり多く入っている気がする。

かなり気になったが、俺はどうでも良いような風を装った。

「でも、よく見つけたね。どうやって見つけたのか、教えては貰えないかね?」

まあこんな事を聞かれる事はわかっていたから、正直会いたくなかった。

お金は振り込みでお願いしたのだけれど、警察の事情とやらで、手渡ししか無理らしい。

一体どういう事情なのか。

「企業秘密ですね。でもきっと普通ですよ。」

ああ、もうお金も貰ったし、早く帰りたいなぁ。

「君の事を信用していなかったわけではないけど、君の此処1週間の行動を、見せて貰っていたんだけど、ほとんど探している感じでは無かったみたいだね。」

やはり見ていやがったか。

「そうですね。人捜しは別の人に任せてましたから。」

ある程度予想できたので、冷静にこたえる事ができた。

「会社は、一人の会社だとなっているけど、別に行動する人がいるんだね。」

「アルバイトと、後はまあ仲間って奴ですよ。」

めんどくさい。

早く帰してくれ。

「マンションで捕まえた時も、君は通りに止めた車の中にいたよね。なのに裏から逃げる奴らを逃さなかった。」

「見てたのは仲間ですよ。」

「わざとサイレンならしてマンションに向かったんだけど、それでも奴らには逃げられなかった。君の万屋は優秀だね。」

やっぱりアレもわざとだったのか。

山瀬さんにしては、馬鹿な事すると思っていたけど、狙いだったとはね。

「でももう一度やれって言われても無理かもしれませんよ。仲間がしばらく離れますから。」

ハチはそろそろ動けなくなるし、Gも寒い外を活発には動けなくなるから、嘘ではない。

「その優秀な仲間っての、紹介してほしいな。これからも犯人探しってのは必要になるから。」

「それは無理です。我々は、信用と信頼で成り立っている関係ですから。」

Gを「山田くんと田中くんです。」なんて紹介できねぇって。

「ではまた何か有れば、君に頼むよ。」

「今回のように上手く行く可能性は少ないですよ。」

「それでも、他に頼むよりはよっぽど可能性がありそうだ。」

ああ面倒くせぇなぁ。

でも刑事は味方に持っていると便利っぽいよなぁ。

昔流行った漫画でも、こういった職業をしている主人公は、警察や暴力団なんかと裏でつながる事はメリットだからなぁ。

「世の為、弱い者の為なら、喜んで仕事は受けますよ。誰かの私利私欲からの依頼は断りますけど。」

「うん。わかった。じゃあ、要人のボディーガードとか、そんな仕事でも受けて貰えるのかな?悪い人から狙われてる可哀相な人がいるんだけど。」

おいおい、いきなり次の仕事の依頼ですか。

でも、これは無理だろう。

虫をおおっぴらに使う事になるからそれは無理だし、俺が身をていして守っても良いけど、拳銃で撃たれて死なない俺をさらすのもねぇ。

「ソレは無理ですね。そのスキルは我々にはありません。」

「そっか。まあ無理なら仕方がない。でも、私は何があっても、他人に話す事はしないから、信用してくれるようになったら・・・」

山瀬さんはそう言いながら、伝票を手に取った。

俺は座ったまま、黙って見ていた。

「では、何か有れば又ヨロシク。」

「はい。」

山瀬さんは伝票をひらひらと振って、出口の側のレジへと歩いていった。

なんとなくだけど思った。

もしかしたら、山瀬さんは俺の秘密を、ある程度理解しているのではないかと。

はっきりと能力についてばれているとは思わないけれど、何かしら不思議な事ができる事はばれているかもしれないと思った。


人探しの仕事の後は、特に何の仕事も無かった。

G退治も、活発に動く時期が過ぎたから、もう最近は入ってこない。

特に宣伝もしていない会社だし、仕事が無い時はこんなものだろう。

一緒に住んでいるメグミと華恵は、期末試験に向けて勉強に熱心だ。

さっき二人に「教えて~♪」なんて猫なで声で言われたけれど、俺に高校2年生の勉強など、わかるはずも無い。

なんせあの頃既に俳優だったか、トレーニング中だったし、実際何十年も前の事だから。

それに二人は、都内お嬢様高校と、都立だけど進学校に通っている。

最初こそ二人の間には壁があったけれど、知能レベルが同じだからなのか、今ではすっかり仲良しになっていた。

勉強は、万屋イフの事務所で、二人並んでやっている。

どうやら試験範囲とか教科書とかが同じらしく、二人で時々教え合っているようだった。

「蜘蛛だったら、賢い人の頭上から覗けば、100点だっていけるよね。」

「そっかぁ~。それは良い考えね。ハチだと目立ちすぎるしねぇ~。テストの内容を、先に調べるのが良いかもねぇ。」

どうやら勉強ではなく、それぞれの虫を使ったカンニングの方法を教え合っていた。

しかしまあ、学生の頃のカンニングなんて、世に出てからの犯罪と比べれば可愛いものだ。

こういった学生の頃に、少しの悪を経験しておけば、社会に出てからストレスで犯罪に走る事は少ない。

大きな事件や犯罪を犯す人の多くは、エリートと呼ばれていたり、子供の頃に真面目過ぎる子だったりする。

ずっと大きな失敗や挫折を経験せずに育ったら、大人になってから、少しの挫折が受け入れられなくなるものだろうか。

一言で全てを説明する事は、俺の頭では無理だけど、子供の頃の少しの悪は、俺は必要だと思っている。

「カンニングか?」

俺は二人の後ろから、少しのぞき込むような感じで声をかけた。

「えっ?!ああ、そんな事しないわよ。だた話してるだけだから。」

「ええっ?やらないの?でも華恵ちゃん賢いから、普通にやっても大丈夫か。」

俺が注意するとでも思ったのか、華恵は少しうろたえて、メグミは気にする事なく話をしていた。

「俺も学生の頃はカンニングしたな。」

「えっ?!そうなの?」

 「光一ならやりそう~♪」

華恵の中では、俺はそこそこ真面目に見えるらしい。

メグミの方が、現状俺の事をわかっているって事かな?

「ああ。机にびっしり英単語書いたりね。でも結局、1点にもならなかったけどね。」

まあそうなのだ。

カンニングなんて、机に書く程度なら、教科を選ばないと点等取れるわけがない。

数学だって公式書いたところで、ちゃんと公式を使って例題を解いていないとなかなか解けないし、英単語がわかっても、文法がわからなければ意味がない。

「確かにカンニングなんて、誰かのを見る事以外だと、あまり意味がないかもねぇ。」

「私はカンニングなんてしないから、そんな事どうでもいいわよ。」

俺はそんな話をしている二人を、ただなんとなく、少し嬉しい気持ちで見ていた。

「試しにやってみようよぉ~。」

「私がそんな事できるわけないじゃない。お父さんにばれたりしたら。」

メグミはおそらく、昔から結構、悪戯なんてやっていたに違いない。

どういった理由かはわからないけれど、俺にはなんとなくわかった。

おそらくは50歳を越えている歳のせいと、メグミが心を開いて話してくれているせいだろう。

華恵は、家がそこそこの名家っぽいから、かなり厳しくしつけられたのだろう。

それが何故今、此処で暮らす事を許しているのかはわからないけれど、締め付け続けた事を、両親が今になって後悔しているのかもしれない。

俺の実の親がそうだったから。

「大丈夫だよぉ。私達のやり方なら、絶対ばれないって!」

「そういう問題じゃなくて・・・とにかくダメなの!」

「ははは。華恵は怖いんだな。メグミ、お前だけ試してみろよ。」

俺は少しいやみったらしく、華恵をチラッと見てからメグミに声をかけた。

「大人がそんな事言って良いの?」

メグミは逆に少し引いていたが、これは作戦どおり。

悪い事をしている、又はしようとしている人に「やっても良い」と言えば、ある程度常識のある人ならやる気を無くすのだ。

ただ、逆効果になる時もあるから、重要な時にこの方法は使わない方が良い。

むしろどっちでも良いくらいな時に言うのがこつだ。

で、やらないと言っていた人は、この場合やるとか言い出すはずなんだけど・・・

「ええ、私は怖いからやらないわよ。」

あら?まだまだ俺は、華恵の事をわかっていないようだ。

「まあ、初めからやる気はなかったけどねぇ。」

あらあら、しらけさせてしまったかな。

「光一、なんだか残念そうね。カンニングさせたいなんて、大人として失格じゃない?」

どうやら見透かされていたようだ。

だから俺は正直にこたえる事にした。

「ああ、メグミは結構子供の頃から、悪戯とかやってそうだけど、華恵はずっと真面目に生きてきてそうだから、少しは悪い事も経験したほうがいいかと思ってね。」

横から「えー!私もそんなに悪戯とかしてないよぉ~。」と、メグミの声が聞こえた。

「わっ、私だって・・・」

少し寂しそうに、少し照れたような、華恵の顔が印象的だった。

「いや、悪い事をしている事が良いって事はないからな。やらないで済むなら、それが一番良いはずだから。」

そうなんだ。

悪い事をしない為に、悪い事をしようなんて、本末転倒のなにものでもないはずなんだ。

言ってみれば、インフルエンザの予防接種。

風邪をひく前に、少し風邪をひかせて、抵抗をつける。

人を傷つける前に、小さな傷を負って、傷の痛みを知る。

大きな悪い事をする前に、小さな悪い事をして、心の傷を知る。

それをせずにそれがわかれば、無理に悪い事をする必要はないんだ。

それに負けない強い心が有れば。

「光一って、お父さんと同じ事言うんだね。」

「えっ?!」

お父さんと同じ事。

それにはさほど驚きは無い。

きっと古い時代の人間なら、子供がする悪戯程度の悪など、悪だとは思っていない。

驚いたのは、それを言った時の華恵の表情が、なんとも寂しそうだったから。

もしかすると、悪い事をしてもいい、もしくはしてみろと言われる事が、嫌なのだろうか。

だとすると・・・

「お父さん、昔はそんな事言わなかったんじゃないのか?」

これはあくまで俺の勘。

華恵は、華恵とその母親や家を見ればわかるとおり、かなりしっかりとしつけられて育ってきている事は明白だ。

だからカンニングしろとか言われても、此処までかたくなに拒否するだけの、意志が存在する。

だけどそう言われるのが寂しい。

あっさりと家を出て、此処に住んでいる事、それをあっさり許可した父親、考えれば答えは一つしか浮かばない。

「うん。昔はずっと厳しかったのに、高校生になってから、なんだか見捨てられたみたい。」

「いや、それは違うよ。」

俺は笑顔で、自信に満ちた顔でこたえた。

まあ、実際にそんな顔であったかどうかは、俺自身にはわからないけどね。

「どうして?ずっと私を縛り付けて教育してきた親が、突然「好きにしろ!悪い事でもなんでもやってみろ!」って言うんだよ?見捨てられた意外にどう説明できるの?」

少し、華恵の目が潤んでいるように感じた。

何故カンニングの話から、こんなマジな話になってしまったのかとも思ったが、俺は真面目に華恵にこたえた。

「お父さんはね、華恵をしばって育ててきて、友達と遊ばない、遊びをしらない、勉強以外の事がわからない華恵を見て、きっとわかったんだよ。」

「えっ・・・」

「華恵があっさりと此処に住むと言いだした時、きっと何かあるんだろうと思ったけど、まあそんな誤解だから良かったよ。」

家をあっさりと出る華恵、そしてそれを承諾する親。

やはり普通ではない。

家を出る事が、華恵にとって最高の悪で有り、見捨てた親から離れる手段だったのだろう。

「父親は、自分のしつけが間違っていた事に気がついて、世間を勉強させる為に俺に預けたんだろうな。勉強だけじゃ、今の世の中渡っていけないからな。」

そう、勉強よりもなにより、人とのつき合いが大切である事は、俺はいやと言うほど知っている。

「えっと・・・ホントに、そうなのかな・・・」

華恵はまだ不安なようだ。

まあ俺に言われたくらいで信じられるわけはないだろうな。

きっと、ずっと悩んでいた事だろうから。

「じゃあ、父親と話してみたらどうだ?何事も、本人と話すのが一番なんだよ。人付き合いってのは。」

「ええ!!」

「恋人でも、恋人の悩みを友達にするより、本人同士話した方が解決も早いし、絆も深まるってもんだ。さあ、行ってみよう!!」

俺は、立ち上がるように、華恵をあおった。

「ええっ!今から?」

「そうそう、思い立ったが吉日っていうじゃん?」

この言葉は、実に便利な言葉だ。

TPOってのは本来、同じ事を成すにしても、成功と失敗を分けるとても大切な事だ。

しかしそれを考えるのが面倒な時、「思い立ったが吉日」なんて言われたら、本当にそう思えてくる。

「よし、俺が車出してやろうか?電話じゃ顔が見えないからな。」

「ええ!!なんでそんな事になってんの?いいよ、自分で行くから。」

「そっか。じゃあこれ電車賃な。頑張って行って来いよ。」

俺は立ち上がった華恵の背中を強引に押して、玄関から追い出した。

「わかったからー!」

「はいはい。ちゃんと話するまで戻ってくんなよー!!」

俺は入り口の通路を歩いてゆく華恵に、少し大きめの声で言った。

華恵は恥ずかしそうに、そそくさとエレベータホールに消えていった。

「強引だねぇ~」

すると後には、苦笑いしながらメグミが立っていた。

「まあ、最初から変だと思ったんだよね。家を出る高校生って、普通の家庭じゃあり得ないから。」

「此処にもいるんだけどね。」

そう言えばそうだ。

メグミの場合は、特に問題は見あたらない。

父親であろう喫茶メグミの店長とは、仲が良さそうだし、あえて言うなら母親の姿が無かった事くらいか。

「まあ何か悩みが有るなら、俺が全部聞くからな。話したくなったら話してくれ。」

「あいあい!」

愛と書いてメグミだけに「あいあい!」ですか?

少し笑いそうになった。

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