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イフ  作者: 秋華(秋山 華道)
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プロローグ

夢は、諦めず努力し続ければかなうもの。

そんな事を言う人がいる。

夢は、夢であるから夢なのだ。

そんな事を言う人もいる。

ぶっちゃけ言ってしまえば、どちらが正しくて、どちらが間違っているとは言えない。

どちらも正しければ、どちらも間違っているのだから。

でも、俺に言わせれば、後記の方が正しいと思っている。

いや、正確に言えば、前記が当てはまるのは、極少数であるから。

そして、身の丈に合った夢は、夢ではないと思うから。

みんなは子供の頃、どんな夢を持っていただろうか?

プロ野球選手になりたい。

俺がガキの頃は、支持率の高かった夢だ。

で、プロ野球選手になれた人が、どれほどいるだろう。

途中で諦めたからなれなかったと言うかもしれないが、仮に諦めずに頑張って、プロなったとしても、プロ野球選手の数はある程度決められているのだから、プロ野球選手になる夢を叶えられる人は、結局変わらない。

夢を叶えるという事は、結局競争って事になる。

歯医者になりたい。

みんながなっても、それで生活できるようになる人は、限られる。

患者数が増えるわけでもないのだから。

でも、みんな一度は歯医者さんになって、夢を叶えているではないのか?

そう、夢を叶えると言う事は、やりたい事で、生活できるだけのお金を稼ぐという事なのだ。

小説家になりたい。

だったら、ブログにアップしていればいい。

漫画家?

書けばいいのだ。

ほら、夢はかなうじゃないか。

俳優になりたい?

ギャラ無し、むしろ金払うなら、いくらでもやらしてやるよ。

でも、そうじゃないんだ。

お金が稼げて、生活できなければ、それは夢がかなった事にはならないのだ。

子供だったあの頃の俺が、そんな事を知る術は無かった。

ツラがちょっとばかり良かった俺は、調子にのっていた。

イケメン、美形、二枚目、色々言われていた。

俳優になったら?

なれるなれる。

みんなのそんな言葉で、俺の夢はいつのまにか俳優になる事だった。

高校の頃、学校に通いながら、俳優養成所に通った。

プロダクション直結の養成所で、入った頃はかなりちやほやされた。

すぐにエキストラの仕事なんかやるようになった。

演技力なんて、全くない。

ただツラが良いだけで、仕事が来た。

テレビでのちょい役。

今有名な俳優と、同じところでやっていた。

とにかく楽しかった。

それで、少ないながらもお金が貰えた。

プロだ。

俺もプロになったと実感したんだ。

でも、良かったのはそこまでだったのかもしれない。

ココは、いやこの世界だけではない。

社会は全て競争社会なんだ。

プロデューサに、「次はレギュラーで。」なんて言われて喜んでいた。

でも、恥ずかしい演技はできないから、俺は必至に色々な事にチャレンジした。

ダンスや音楽のレッスン。

お金はかかったが、自分の力を上げる為の先行投資だ。

舞台俳優。

演技にも色々ある事を知ったし、発声も変わった。

俺は、自分の実力が上がっている事を感じていた。

しかし、プロデューサのあの言葉以降、そんな話は全く来なくなっていた。

あのドラマのレギュラーの話は、別の奴に話がいっていた。

演技力でも、ルックスでも、人気でも、負けてはいない。

でも、プロダクションの力で負けていたんだ。

それだけじゃない。

俺自身の営業力でも、負けていた。

まあ、負けたというよりは、俺は全く営業などやっていない。

力をつける事、演技力向上が、俺の使命だと信じているから。

結果的にこれが間違いだったと、今になって思うのだけど、この世の中、実力がある程度有れば、後は営業力の力だった。

生活は、最低レベルの生活だった。

それでも、俳優として活動していたから、俺は頑張った。

辛いバイトも、我慢して続けた。

舞台も続けた。

チケットも、友達に売りさばいた。

まだ、この頃は良かった。

でも、毎回毎回友達にチケットを送っていたら、最初は来てくれた友達も来なくなり、気がついたら連絡もとれなくなっていった。

相手の立場に立って考えれば簡単だったのだけど、そりゃ毎回毎回買わされる身になれば、それはいやだろう。

それに、連絡するのはその時だけなのだ。

ちっとも友人らしいつきあいなんてしてない。

金も時間も無いから、遊びになんていけるわけもない。

チケットを買う、買ってもらうだけの関係。

それは友人ではない。

結局、俳優の仕事関係以外の友達は、二人だけしか残らなかった。

そして、そのうちの一人が、俺の妻となった。

今振り返ると、俺の友達は、残ったこの一人だけだったのかもしれない。

後は全て、仕事関係の友人。

皆、金によって繋がれたつき合い。

俺はぞっとした。

皆、友達だと言いながら、利害関係が無くなれば、つき合いなんてなくなるんだ。

三十歳から四十歳を越えてる、男性社会人の方々、考えてみて欲しい。

仕事関係以外の友達で、今も年数回以上遊んだりする友人が、どれくらいいるか。

そんなに多くは無いはずだ。

かつて友達だと思っていた数多くの友達は、そのほとんどがその場限りだったのだ。

友と呼べる人は一人、そして妻。

俺はこれだけの中で、俳優という夢を追い続けた。

これで生活できるようになるために、自分自身の向上に努めた。

年300万円の所得。

これが2年続いたら、子供を作ろう。

そんな約束を妻としていた。

しかし、この約束が果たされる事は無かった。

300万円なんて、サラリーマンをやっていれば、簡単に手に入る額だ。

でも、俺は生まれてから今まで、それを達成する事はかなわなかった。

今でも、演技力やルックスで、テレビに出ている有名人に負けているなんて思っていない。

ただ、俺を認めてくれる人がいなかった。

ただ、俺が俺自身を売り込めなかった。

そして結局、妻と共にかなえようと頑張った夢を見る事なく、妻は亡くなった。

友達だと思っていた奴に、舞台チケットを買うかわりに、入ってくれと言われ、入った生命保険。

無い金から無理矢理かけていた保険だったが、妻の死で、俺に少しばかりの金が入った。

俺は五十歳を越えたところで、俳優を辞めた。

ずっと続けていた、コンビニのバイトも辞めた。

年金なんて払っていない。

このお金がなくなれば、俺はもう一文無しで職無しだ。

まあ、それでもいい。

俺は努力しても報われない世の中に疲れたんだ。

この金が無くなるまで、世界でも旅するかな。

そしてきっと、この地球上のどこかで、俺は死ぬんだ。

もし、俳優なんかやらなければ、俺はどんな人生を送っていたんだろう。

もし、身の丈に合った何かを見つける事ができていれば。

もし、俺の力を認めてくれる、力のある監督と出会っていれば。

もし、俺に、少しでも営業力が有れば。

もし、結婚したところで、普通にどこかに就職していれば。

もし、夢が簡単にかなえられる力が、俺にあれば。

もし、若かった頃に戻れたなら・・・

しかし、「もし」はあくまで「もし」なんだ。

今の俺に与えてもらえるものは何もない。

1年程、世界を旅して、今までの辛かった人生を取り返すつもりで遊んだ後、俺は南極へと来ていた。

特に理由はない。

いや、理由は有るが、大した理由ではない。

死ぬには良いところだと言う事と、温暖化により永久凍土がどれだけ溶けているのか見たかっただけ。

ある国の南極ツアーに参加し、折を見て俺はツアー団体から抜け出す。

この場所は、10年前はまだ、氷の中にあったらしい。

しかし、見渡す限り、氷を探す方が難しいただの岩場。

一つ岩を動かしてみた。

虫がいた。

こんな所に、こんな虫がいるのか。

見た目普通のゴキブリのようだ。

でも俺には、こんな所で生きている一匹の虫が、とても儚く、でもたくましく、愛すべき存在に見えた。

手を差し出すとゴキブリ、いや、ハッキリとこの名前を言うのもアレなのでGとしておこう。

Gは、俺の掌へと昇ってきた。

俺は優しくGを包む。

この寒さから、守るように。

こんな寒い所にGなんておかしい。

そう思う中、俺の意識はなくなっていった。

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