八、皆でお昼ご飯
皆と一緒に階段を下り、廊下を通って食事室に足を踏み入れる。
食事室ではイヤニヤさんとデウラテさんが料理の配膳をしている所だった。木で出来た食卓には真っ白いテーブルクロスが掛けられ、並べられた料理の合間には花瓶が置かれて色取り取りの花が飾られている。窓から差し込む明るい太陽の光も合わさり、食事室は随分と晴れやかになっていた。
「あんた達遅かったねえ。一体何をしてたんだい?」
イヤニヤさんが大きな銀白色の四角いお鍋から陶器で出来た円形の平皿に、雪魚と言われる、冬季にしか捕れないアジみたいな青魚を丸ごと焼いた物を盛り付けながら、声を掛けて来る。
「久しぶりの再会だったもので、少々話し込んでしまったんです」
「……そうかい。良かったねえ」
私の返事を聞き、微笑を浮かべるイヤニヤさん。
「はい」
そこにラインラ君が近くにあった椅子を引っ張り出し、背もたれにあごだけを乗せた格好で座りながら会話に割り込んで来た。
「なあ、オレ達はどこに座ればいいんだよ母さん。どこでもいいのか?」
「ラインラ。みっともないからよしな」
顔をしかめて注意するイヤニヤさんだが、ラインラ君は姿勢を正そうとしない。
「腹減ったんだよ。もう動けねー」
「ラインラっ!」
イヤニヤさんは辛抱出来ず、ラインラ君を怒鳴る。
「へいへーい」
あ、一応言う事聞くんだ。ラインラ君は気のない返事をしてから、椅子に背を預けた。
「全く、始めからそうすりゃいいんだよ」
イヤニヤさんはそう呟き、また魚を取り分ける作業に戻った。
席、ねえ。お父さんとお祖父さんはいつもの場所に着席しているようだし、私も定位置に着こうかな。私はいつもの場所、廊下から食事室へ入ると食卓で左右に食事室が分断されるのだが、その左側の奥から二番目の席に座った。ちなみに椅子は左右共に五脚ずつあり、ラインラ君は廊下から入ってすぐ右側の椅子に座った。
「アレシアちゃん。あの、さ。隣に座ってもいいかな?」
するとアーザス君がもじもじしながら近付いて来た。私の隣の席を所望らしい。
「ダメーっ! お姉ちゃんの隣はワタシ!」
しかしアーザス君の後ろにいたチャーイちゃんから猛烈な抗議の声が上がる。
「チャーイちゃん、落ち着いて。アレシアちゃんの隣は右と左と二つあるから大丈夫だよ」
「そっか」
チャーイちゃんはすぐに納得した。
「それで、どうかなアレシアちゃん」
目線を不自然にあらこちへ向けながら私に話し掛けてくるアーザス君。私は黙って立ち上がり、一つ右の席に移動した。
「あ、アレシアちゃん?」
そんな不安げな目で見ないでくれ。
「私の左隣りの席はお母さんの席だったんですよ」
「それじゃあ……」
意味を理解したアーザス君が顔をほころばす。
「ええ、アーザス君もチャーイちゃんも、もし座りたければご自由にどうぞ」
「ありがとう!」
「えへへへー、お姉ちゃんとお隣りー」
そんな事をしていると、食事室に扉一枚隔てる台所から、銅製の底の深い寸胴鍋を抱えたディーウァがやって来るのが見えた。肢体に密着している灰色のライダースーツの上に、フリルの着いたレモン色のエプロンを着用した姿はちぐはぐな気がしてならない。
「皆さん、気を付けて下さいまし」
ディーウァは鍋をお祖父さんのすぐ隣に安置する。その後ろからスープ用のお皿を持ってお母さんがやって来た。
「後はスープだけみたいね」
「マリーさん、私手伝うわ」
「ありがとう」
ディーウァがお玉でスープを盛り付け、お母さんからデウラテさん、デウラテさんからイヤニヤさんの手を渡っていき、スープは全員の元に行き渡った。あ、お手伝い位すれば良かったかもしれない。まあ、次から気を付けよう。
スープの配膳が終わると、お母さんはアーザス君を挟んで私の左側に、ディーウァはチャーイちゃんを挟んで私の右側に着席した。
「では、食べましょうか」
食卓の短辺に座り、全員を見渡せる位置に座るお父さんのこの言葉を合図に、一斉に皆食べ始めた。
私はまず手始めに雪魚の丸焼きから手を付ける。僅かな焦げ目の付いた皮をフォークで破り、中の身を見てみる。白くて脂もたっぷりのおいしそうな見た目だ。
よし、じゃ……骨の排除作業に移ろうか。
先ずは背骨を視認しなくては。片側の肉を細かい骨が混じらないよう細心の注意を払いながらお皿の隅に寄せる。そして背骨を鮮明に視認出来るようにし、慎重に尻尾を掴んで骨と肉の剥離作業に入る。慎重に、慎重に……くっ、まだ骨と肉がくっついていた。これを一気に引っ張ってはならない。そんな事をしようものなら、背骨に付随している小さな骨達の剥離が困難となってしまう。びーけあふる、なのだ。右手で尻尾を掴んだまま、左手でフォークを取る。こういう時、お箸があればと思うが贅沢は言ってられない。骨と肉のくっついちゃっている部分をフォークでこつり、こつりと慎重に叩いていく。よし、剥離成功。背骨排除作業に戻ります。フォークを置き、左手は雪魚の頭へ。一回深呼吸をして、背骨を剥がし始める。あと少し、よし、えいっ。
任務成功。背骨と肉は完全に別れましたっ。
「……えーと。何ですか?」
背骨排除作業の成功に達成感を覚え、何となくおでこを腕で拭おうとしたら、皆がこっちを見ているのに気付いた。
「お姉ちゃんすごいね……」
チャーイちゃんは目を輝かして私の雪魚をじっと見つめている。
「そうですか?」
つい私は懐疑的になってしまう。というのも何ていうかだね、チャーイちゃん以外からは生暖かい目線で見られてるんだ。例えるなら、ひまわりの種を一生懸命頬袋に溜め込んでいるハムスターに向けられそうな目線だろうか。うーん、我ながら上手くない例えだ。
「ち、チャーイちゃん。骨取ってもいいですか?」
「やったー! お姉ちゃんありがとう!」
向けられる目線に、何だかいたたまれない気持ちになった私は、チャーイちゃんの未だ手付かずの雪魚と私の雪魚を交換し再度骨取り作業に入った。
よし、この調子、この調子……ふ、もうその手には乗らないぞっ、終わりだ、えいっ。骨、排除完了。やっぱりこれ、楽しいな。でも流石にお腹が空いて限界だ。食べちゃおう。
私はほぐした雪魚の身をフォークに突き刺し、口へと運ぶ。うん、美味しい。雪魚に染み込んでる甘酸っぱい調味料が雪魚の脂とよく合ってるね。
何口か雪魚を食べた後、次に私はデウラテさん持参の野菜サラダにフォークを延ばす。まだ生野菜は危ないご時世、野菜は調理して食べるのが基本。このサラダも全て茹で野菜が使用されている。青いカブ(らしき野菜)に、紫のニンジン(に似ている根っこ)、赤いトマト……てこれは日本でも同じか。ともかく、三種類の茹で野菜には透明な液体が掛けられてるようだ。パクリ。ん……ぽん酢っぽい。醤油もないのにこの味を出すとは、デウラテさん恐るべし。ていうか、懐かしい。私は左隣りのアーザス君をちらりと見遣る。こやつ……前々からこの疑似ぽん酢を食していたのであろうか。何て、羨ましいんだ!
雪魚の骨を気にせずばりぼりと頬張るアーザス君が私の視線に気付く。
「どうかした? アレシアちゃん」
「いいえ。何でもないです」
私はアーザス君から目を背け、お母さんの作ったスープを飲む。
ん? あれ、お母さん……これ、朝のスープを水増ししたのでしょ。具に味は染みてて美味しいのは確かだからいいけど、人を集めた食事で手抜きをするとは、何という度胸なんだ。
「アレシアちゃん、手が止まってるよ?」
「ふぇ?」
おっと、スプーン口に突っ込んだままだった。アーザス君に指摘され、慌てて引き抜く。
「何だかさっきから気になるなあ。本当に何でもないの?」
いぶかしがるアーザス君の方に顔を向ける。するとアーザス君の背後にお母さんがいるのだが、今お母さんの顔が私に向けられていた。その顔はにこやかに微笑んではいるが、スープの件は話すないでね、と目だけが笑わずに語ってるのが分かる。
「ハイ。何でもないですヨ」
「本当にかい?」
「いや、その、久しぶりに美味しい料理が食べれて感動してるのですよ」
「そう言われると嬉しいねえ」
対面の席右側に座っているイヤニヤさんから機嫌の良さそうな声が届く。
「お世辞に決まってんだろ母さん」
イヤニヤさんの右側に座るラインラ君は、黙々と料理を口に運びながらしれっとそう言った。
「お世辞じゃないです。本当にどれも美味しいと思ってます」
私はラインラ君の台詞を打ち消そうと少々強い口調で声を出した。
「私もイヤニヤさんとマリーさんの料理、好きよ。アーザスもそうでしょ?」
イヤニヤさんの左隣りに座るデウラテさんも話に乗って来た。
「お母さん。ボクも美味しいと思うよ」
私とアーザス君を証拠にして、イヤニヤさんを納得させようとするデウラテさん。
「ね、イヤニヤさん。本当にこの焼き魚は美味しいわ」
「そうかい? そんなに手の込んだ料理じゃないんだがねえ」
謙遜するイヤニヤさんだけど、頬が緩んでいる。
こんな感じでお昼ご飯は始終和やかな雰囲気で進んでいったのだった。