五、理性は何処へ
お父さんと抱き合い、お互いの存在を確認しあっていた時の事、あの時お父さんが近所のみなさんに「皆さん、申し訳ないが家族だけにしてくれないか」と言ったのが始まりだった。それに対してデウラテさんやアティースアさんみたいな良識的な一部の人を除き、一斉に抗議しだしたのだ。
「あら、私もアレシアちゃんを抱っこしたいわ」
「おいおい、オレ達にも少し位触れ合わせてくれよ」
「その肢体にすりすりさせれ!」
「いいなあ、ジェイソンさん」
「マリーさん聞いてるのか! いくらでも出すから!」
「おやまあ政府の奴隷になったジェイソンさんのお出ましかい?」
「ちょ、おばあちゃん黙って!」
「えーっ! ワタシもあの女神様といちゃつきたーい!」
「気持ちは分かるけど……あたしゃあんたの将来が心配だよ」
お父さんはみなさんの剣幕に一瞬たじろいだが流石は軍人、直後に言い返す。
「本当にすまないと思う。だがしかし」
「何よ! アレシアちゃんは私の物よ!」
何という事でしょう。逆接詞を口にすると即座に反撃されてしまいました。
ずんずんとファーティマさんがお父さんに近寄り、私はあっという間にファーティマさんの胸の中に強制移送されてしまった。
「あー、もう! くうー!」
そしてファーティマさんは私の頬に顔を擦り付けて来る。おーい、あなたは何がしたいんだ。
「あら、私にも抱かせてちょうだいな」
「オレにも少しだけいいだろ?」
「ファーティマさんずるいぞ!」
「アレシアちゃん……欲しいなあ」
「大体政府は情報を民衆にもっと流すべきなんだよ。そうすりゃ平和になるんだ」
「あーはいはい。そうですネー」
「ママ! ワタシ行ってくるっ!」
「え? どこにだい?」
というか……ファーティマさんに顔を擦り寄せられる私は恥ずかしさで一杯だ。
大体私はこの体に転生してから言葉遣いと排泄方法以外何一つ変えてないんだ、その言葉遣いだってTPOを弁えてた私は昔から使い慣れてた丁寧語に変えただけなんだ。髪は確かに長いが、これは両親の強硬な反対にあって仕方なしにしているだけだし、私の傍には長髪の美少女顔の男子がいたからそこまで変だと思えないんだ。排泄方法はもう諦めたよっ!
とにかく! まだ精神は肉体が第二次成長を迎えていない以上、転生以前の男性のソレを維持し続けているんだ。だからつまり何が言いたいかと言うと妙齢の女性に抱き着かれて頭が沸騰しそうなんだよっ!
お父さん、何とかして。すがるような思いでお父さんに目を向けるも、生暖かい目線で見つめ返された。ひどい! 貴様それでも父親か!
「おばさんワタシにもっ! ワタシにも触らせてっ!」
軽い振動と共に私の足が何者かに掴まれる。下を見ると六、七歳の女の子が私の両足を抱きしめている。何をしてるのこの子!?
「お、おばさん!? 失礼ね! 私まだ二十歳よ!」
残念ながら地球と違って結婚適齢期が十五歳前後なので立派に行き遅れだよ。というか放して! って、今まで脳内でしか喋ってないじゃないか私の馬鹿! よし、声に出すぞ!
「あ、あの。恥ずかしいんで、取り敢えず下ろしてくれませんか」
私の足に縋り付く女の子と睨み合うファーティマさんにはっきりと自らの意思を伝える。
「え? あっ! うわ! そ、その表情は……辛抱たまらん」
辛抱してるのはこっちだよ。て、うおいっ! 何で服の中に手を入れようとしてるんだ!
白い就寝用ワンピースのスカート部分に手を差し込もうとしてくるファーティマさん。その手を拒絶したいのは山々なのだが女の子が両足を抱きしめ、ファーティマさんのもう一方の手により両腕が使えないとあっては身じろぐ事でしか抵抗出来ない。
ただね、衆人監視の中制止する者がいないとでも思っているのか。見てみろ、皆あなたの暴挙を止めようとにじり寄って来ているぞ!
「あらあらまあまあ私も混ぜて頂戴!」
「何、ちょっと撫でるだけさ。そう撫でるだけ撫でるだけ撫でるだけ……」
「はあはあはあはあはあはあはあはあ」
「む、無理。我慢出来る訳ないよ」
「ワシもまだまだ現役じゃ!」
「頑張りましょうおばあちゃん!」
「あの馬鹿あたしより早くあのふとももに顔を……っ!」
「あ、アレシアちゃん! お母さん我慢出来ないわ!」
「わーわーわー! マリーさん何言ってんだ! 一体何を見た……こ、これはっ!」
「金では買えない価値が、彼女にはある。ならば我が腕に掻き抱いてくれようぞ!」
一斉に喋り出すから何言ってるか分からないがにじり寄る者全員が危険だとは分かった。だが、だがね! お父さんは頭を抱えて天を仰いでいるけど、まだにじり寄る者達にはない正常さが感じられるんだ! そう、今の私にはお父さんだけが頼りだ!
「助けてお父さん!」
「アレシア? っ!」
私の必死の叫びに瞬時に反応し飛び出したお父さんは、一瞬の内に私をお父さんの手の内に確保する。お父さんは知恵も回れば戦闘能力もある有能な人物、頼りがいがあるね。
「た、助かりました」
ともかく感謝する。あれ、何で丁寧語だとすらすら言葉が紡げるんだろう。
「それはどうかな、アレシア」
「え?」
お父さんの懐疑的な返答に辺りを見回すと完全に包囲されていた。やばいです。
「ジェイソン、お帰りなさい。アレシアちゃんを渡してくれるかしら」
呼吸の荒いお母さん。私と同じ白銀色の長髪を振り乱し翠色の目を爛々と輝かせながら口元に垂れたよだれを拭こうともせず、にじり寄って来る。綺麗な顔が台なしだ。
「マリー、今の君は正気じゃない。少し頭を冷やしてくるんだ」
ちょっとおかしい事になっているお母さんに、お父さんが強烈な口撃を与える。
「な、何ですって!?」
うわあ、オブラートに包んで言おうよお父さん。お母さん激昂しちゃったじゃないか。
「何よっ! 私が帰って来てって言っても帰らないくせに何で今日は帰って来るのよ! アレシアちゃんは確かに可愛いし綺麗だし食べちゃいたいなーとは時々思う事もあるけどそれでも私はあなたの妻なのよ! 妻より娘が大事なの!?」
お父さん、これは本格的にやばいじゃないか。頭に離婚の二文字がちらつく。私はいいから妻と答えとくんだ。
「マリー、アレシアは今まで死んだと思っていたんだぞ?」
「だから何よっ! そんなにアレシアが大事ならアレシアと結婚……させないわ! 絶対させるもんですか! アレシアは私が引き取ります!」
もう何言ってるんだ。目茶苦茶にも程がある。
「マリー!」
「あ……」
お父さんは私を床に抱き下ろし、お母さんを抱きしめた。
「マリー、君の事が好きだ。君を大事に思っている。そうでなければ結婚なんてしないさ」
ひゅーひゅー、よく真顔でそんな事言えるねー。ん、誰だよ腕の袖を引っ張るのは。今大事な所なんだ。
「アレシアちゃんはこっちでいい事しましょうね」
はは、ファーティマさんまだやる気満々みたいですね。
「え、いや、ちょっと、お父さん?」
悲痛な思いでお父さんを見つめるが、今お取り込み中のようだ。真剣な眼差しでお母さんと見つめ合っている。
「中々帰って来られないのは本当にすまないと思っている。でも君だって今帰って来たのがいつもと違う意味なのは分かるだろう? 亡くなったはずの娘が突然帰って来たと知らされたんだ。マリー、君ならこの知らせを聞いたオレの気持ちを理解してくれるんじゃないか? どうだい?」
「うん……ごめんなさい怒鳴ったりして。でも、寂しかったの」
ファーティマさんに引きずられ、近所の皆さんの中心に連れ込まれる。どうしよう、このまま私は一体ナニをされてしまうのだろう。
「あんた達邪魔よ! 男は消えなさい!」
「何!? そりゃ差別じゃないのか!?」
「何でだよ! 愛でるだけじゃないか!」
そこに一つの光明が差し込んで来た。男性陣を女性陣が排除にかかったのだ。この抗争、上手くすれば隙をついて逃げられるぞ。
「うるさいねえ! さっさとどっかいっちまいな!」
「うわあ! 狭いんだから杖を振り回すなっ!」
「痛い! 当たってる! 当たってる!」
な、情けない。あんたら男だろ。男性陣はホーエル家のお婆さんによってあっさりと廊下の隅に追いやられてしまった。
「仕事にのめり込み過ぎていたかもしれないな。これからは出来るだけ帰って来るよ」
「本当!?」
「本当だとも」
「ジェイソン!」
「ぐ……無念、だ」
「いてて……杖は反則だろ」
「まさか本当に当てに来るなんてなあ」
「さあここからは女だけよ」
ファーティマさんが胸を張って宣言すると同時に、体の至る所をべたべたと触られていく。
「あらあらまあまあ! 触り心地の良い肌ねえ!」
「はあー、どうやったらこうなれるのかしら。この白銀の髪、腰まで延びてるのに梳いても全然手に引っ掛からないんだけど」
「ワシもこんな孫が欲しいねえ。見てみいこの目! 紅いんだよ。幸運の印だよ」
「本当、宝石みたいだね」
「えへへー、女神様のお肌すべすべー」
「あたしは複雑な気分だよ。でも、ま、アレシアちゃんなら仕方ないかねえ」
あー、何だかむかむかして来た。何だろう、俗に言う勘忍袋とやらが切れてしまったみたいだ。
「もう服が邪魔くさいわね。脱がしちゃいましょう」
「あら! 大胆ねえ!」
「えぇっ!? ぜ、全裸にしちゃうの!?」
「全く、最近の若いのは……服からちらっと見えるのがいいんじゃないか」
「おばあちゃん、いいじゃない!」
「えへへー、女神様脱ぎ脱ぎしましょー」
「初夜って訳かい、気が早いねえ」
私はね、伊達にここまで生きてないんだよ。この程度の修羅場、本気を出せばちょちょいのちょいと解決出来るんだ。でもね、久し振りの再会で私の為に舞い上がってるんだと思ってたからこそ遠慮をしてたんだよ。
だがもう限界だ。付き合ってられん。
「ふふふふふふ。ふふふふふふふふふ、今までこうも好き勝手にやってくれたものですねえ」
「ア、アレシアちゃーん。何だか怖いんだけどー」
「あ、あらあら。やり過ぎたかしら」
「ご、ごめんなさいアレシアちゃん。私どうかしてたわ」
「め、女神様……ふええーん! ママーどーしよー!」
「おー、よしよし。自業自得だね」
「も……もう付き合いきれません! さようなら!」
私は魔力を身体に纏わせ【身体強化】し、力技で包囲網を離脱。階段を駆け上がり自室に閉じこもった。少しは反省しろ!
私の表現力不足で申し訳ありませんが、近所の人々の凶行はひとえにアレシアの魅力が原因なのです。彼らが異常なのではなく、アレシアが異常なのです。