三十九、地方紙の文面
周囲の人々の反応を無視しつつ一路図書館へと歩みを進めていた私達だったが、図書館前にて待ち受けていたお祖父さんに遭遇する。
「アレシア、あんまり外をうろつくとお母さんが心配するよ。さ、お家に帰ろう」
そんな殺生な。
「せめて少しだけ図書館に寄ってはいけませんか?」
私が頼み込むと、お祖父さんは少し頭をひねり考えてくれる。
「……じゃあ、正午の鐘が鳴るまでだ」
「ありがとうございます!」
「仕方ない子だ」
笑いながらそう返事するお祖父さん。何と優しいのだろうか。
だが時間はない、感謝の念に浸ってないでさっさと行動を開始するとしよう。
新たに加わったお祖父さんも引き連れて白色の大理石の列柱を通り抜けると、広いホールが私達の前に現れその中央部に図書館の受付カウンターが設置されている。カウンターに立っている受付嬢はそこそこ顔を合わせた事のある人だ。
「お久しぶりですね」
「しばらくぶりねえ。本日はどのような用件かしら?」
そうだな、初めに公的な記録から見て行こうかな。政府が主要な出来事を編纂して一年毎に発行している、ロミリア年間記録をまず見るとしよう。
「取り敢えず、過去一年分のロミリア年間記録の閲覧を希望します」
「過去一年分……残念、まだ発行してないわ」
「そう言えば、まだ三月ですからね」
うっかりしてた。例年八月下旬辺りに発行だったっけか。なら新聞でもいいか。
「なら過去一年分の新聞は何処にありますか?」
「それならこの階段を昇ってすぐよ」
受付嬢はカウンターの右側にある階段を指差しながら教えてくれた。
「ありがとうございます」
私達は二階に昇ると、新聞コーナーが設けられていた。
あ、そういや家じゃお母さんやお祖父さんやお父さんが回し読みするから発見が困難で読めてないんだよなあ。それに、皆どうにも私を世間から一定程度隔離する事を望んでいるような素振りもある。まあ、魔物が闊歩するなんて知ったら普通の子は怖がるだろうしあまり教えたくないのだろう。ま、それはともかくとして新しいのから順番に見てこうか。とは言うものの、私の知る限り新聞の発刊のサイクルは週刊紙が一番短いから何日前の情報になるのやら。
「お祖父さん、今日は十一日ですよね」
「そうじゃな」
一番近いのは……十日に発刊された中間層向け週刊紙『クイリテス』か。首都ロミリア近郊では全国紙『ロミリア国民新聞』と発行数を二分する位の大御所地方紙だし、一般公開されている範囲での情報は十分知る事が可能だろう。
早速新聞を読んでみる。一面は『脅威を増す魔獣危機!!』。数日前にお祖父さんが読んでいた新聞も魔獣について大きく取り上げていたし、随分話題になっているようだ。
『三月四日にゲルマフィリオ州を襲った未曾有の大災害から六日が経過したが、今もなおこの大災害が静まる気配は見えない。軍の発表によると北方軍が全力を挙げて殲滅に当たっていると言うが我々の見る限りその努力は報われていないようだ。ゲルマフィリオ州を境にして、軍は一歩も先へ進む事が出来ない事実が現状を物語っていよう。この大災害のもたらした被害は甚大な物がある。少なくとも二百万人にも及ぶ死傷者に加え、未だ州内に取り残されているであろう膨大な行方不明者。大災害から逃げ延びたギルド所属の冒険者の証言によれば未だ数多くの生存者が州内で助けを待っていると言う。この証言が事実ならば、軍は一刻も早く魔獣を駆除し生存者の救援に向かうべきだ。この際ペロポネアによる侵略の危険性は忘れて全力をこの大災害対処に注力しなくてはならない。国家が滅ぼされては、元も子もないのだ』
この記事の下には『各国に広がる大災害』という記事。
『我が国を襲う大災害に限らず世界では各地で魔獣の大量発生が見られているが、特に大災害に比肩し得る規模で魔獣が発生しているダキア王国とペロポネア南東部は深刻な事態となっている。特にダキア王国は先の戦争での消耗と圧政に対する民衆の不満もあって政情がかなり不安定化しており、我が国と海を隔てて接しているだけに予断を許さない』
トップ記事左の『政府の対策効果出ず』という記事。
『大災害発生を知った政府の反応は早かった。事態を知ったワイヤット大統領が即座に北方軍の総力投入を許可した時、我々は軍の力を疑わず事態が解決すると信じて疑わなかった。しかし数万とも十数万とも言われる魔獣の大攻勢に軍は押される一方で、前線では疲労のせいか竜を見たとかついさっきそこまでいた魔獣の群れがいきなり燃えていなくなったとかいう話も聞こえてくる。我々は彼ら前線の兵士諸君の苦しみを聞くに堪えない。彼らの負担を和らげる為にも早急に大部隊を応援に出してやるべきではないのか。政府は非常事態に備えた対策を数々発表している。だがいずれにしても魔獣を駆除せねば根本的対策となりえない事を忘れているのではないだろうか』
二面記事、『魔獣とは何か』。
『旧来から我々は危険な生物を総称して魔物と呼びその対処法を先人からの知恵に頼ってきた。しかし近年魔物は先人の知恵通りの行動を取らなくなっている。その原因については諸説あるが、最も有力なのが魔獣の存在だ。二年程前から突如として出現した魔獣は急速にその数を増し、三月四日の大災害を起こすまでになった。これ程までの被害を出す魔獣とは一体どんな生物なのだろうか。軍による発表によるとトカゲのような頭を持ちその頭の首に当たる部分から多数の触手が生えた大柄の大人程の大きさの体長がある灰褐色の魔物で、人を見るなり襲いかかってくる狂暴な性格をしているという。さらにこの魔獣が出現した地域では他の魔物も気性が荒くなり人を積極的に攻撃しだす。だがこの程度の魔物なら軍やギルドが容易に討伐出来るはずだ。どうしてここまで事態は拡大したのだろうか。答えは、異常なまでの繁殖力だ。軍の調査によれば、この魔獣は単体で繁殖が可能でなおかつ短時間で多数の卵を産む。卵から生まれた幼体はすぐに大気中のマナを消費し成長、一日も経てば成体と変わらない肉体を手に入れる。この話を極秘だとして私に話したある軍の高官は”こんな化け物、どうすれば減らせるんだ”とため息をついた』
ここまで記事を読むと、正午を告げる鐘の音が耳に届いて来た。
「約束の時間じゃよ」
「分かっています」
どうにも世間は物騒になったものだ。
「新聞には魔獣の事が書かれておったろう」
「ええ、今大変な事になっているようですね」
「そうじゃな、だが安心しなさい。アレシアは儂らが必ず守ってあげるから」
それは頼もしい限りだね。だが、その台詞は私のものだ。