三十七、上空に増える目
朝、私がいつもの習慣としてパンヌ屋さんに行こうと裏口から家を出ると雲がまんべんなく青空を覆い隠していた。
今日は少しばかり空を移動する事になるかもしれないから、好都合な事この上ない。
朝食をお父さんを除き全員で食べた後、私は以前の習慣だった散歩を口実に外出する事にする。
お母さんとお祖父さんが一緒に付いてくると言ってきたが、そこはディーウァを引っ張ってきて大丈夫と主張し何とか抜け出す事が出来た。
「……と、思ったんだがなあ」
「どう致しますか?」
私達の後方をこっそりとお母さんが付いてきている。
今私たちが歩いている道は住宅が立ち並び、住宅と住宅の間に幾つもの分岐道があるから振り切るのは難しくないが、振り切ったらそれはそれで後々面倒な事になりそうだ。
「おや、アレシアちゃんじゃないか?」
「何? おお! 本当だ!」
「え? 何々? 何かあったの?」
「ほら、あそこを見てごらん」
「きゃあ! 噂じゃなかったのね!」
近所の人にも見つかってしまった。こうなると早いもので、一分かからない内にあれよあれよと辺りの人々が何事かと騒ぎ出す。
そして私達にとってはお母さんを撒く絶好の好機だ。
「おおい! アレシアちゃん何処へ行くんだい!」
「待っておくれ~!」
「すみません! 行くとこがあるので失礼します!」
近所の人達から逃げ出すように見せかけて、お母さんの目を抜け出す事に成功。
「助かりましたね」
「そうだな」
近所の人達の話題にまだ私の生還のニュースは新鮮なものとして残っててくれて助かった。そうでもなけりゃ、子供一人であそこまで騒ぐ事もないしな。
「それで、これから何処へ向かうので御座いますか」
「そうだな」
私達は今我が家のあるチェリアの丘を大分下った所にいる。もう少し下ると住宅街から商店街に街並みが変わり出す辺りだ。人の往来も随分と増え、数秒に一回は誰かとすれ違う。その度に私達に注目が集まるのだが何故だろうか。学校のある時間に私がふらついてるからか? しかし学校に行っていない子供だって少なくはないだろうに。
「とにかく人目に付かない場所に移ろう。こんな所じゃ何も出来ない」
こうして私達は歩みを進めた。私の頭の中では森で色々と済ましてしまおうと思っていたのだが、ラインラ君が遊び場として使っているとなると予定変更せざるを得ない。なあに、私はこの土地で六年過ごして来たんだ。候補地はまだまだあるさ。
という訳で辿り着いたのが、ある集合団地。この場所は人口の急増で不足した住居事情に目を付けた建築業者が一体の土地を買い占め一挙に建造した五階建集合住宅が十二棟建っている。
下層階級をターゲットに建造したようだが、だからって建築費をケチったのが失敗の元。重大な構造の欠陥があったらしく、住人を受け入れる前に二棟が崩壊してしまった。それを機にお役人が介入し、欠陥が改善されるまで入居者の募集が禁止のお達しが出た。
しかし建築業者には立て直す予算がないようで、立ち入り禁止の木製の柵が周囲に巡らされたまま放置されている。
以降不逞な輩が住み着かないよう自警団が目を光らせている。のだが、一部の柵がたかだか成人男性の腰辺りまでしかない。入りたい放題な訳だ。
ただし柵が低い場所は人通りの多い場所に面しているからそのままにされているのであって、夜ならばともかく朝っぱらからこの経路は使えない。
幸い私とディーウァは魔法という便利な力があるので人のほとんど通らない寂れた通路に面した柵を飛び越えて侵入した。まあ、ざっと三メートル位の柵だったかな。
柵を越えると、三棟の集合住宅が並んで外付けの階段を私達の前にさらしている。階段は木製で、以前侵入した時上ってみたら最初の一歩目で階段を踏み抜いた経験がある。当時六歳だった私の体重は計測していないが、三十キロもないだろう。というのにこのありさまだ。使う気にはなれない。
幸い外付けの階段とは別に、建物内の階段がある。そっちは大丈夫だった……昔は。
「ディーウァ、もう少し奥に行こう」
「はい」
隙間から雑草が顔を出しているでこぼこになった石畳の上を歩き、集合住宅と集合住宅の間を進む私達。時折吹く風に踏むとがこんと動く石畳だけが音を響かす中、私はある一棟の集合住宅に入……ろうとした。
「御待ち下さい! 入るので御座いますか!?」
私の後ろを歩いていたディーウァが私の肩を掴み私の歩みを止める。
「入らなきゃ私達の所業が見られるかもしれないだろう」
縦三棟横四棟に並んで建てられた内の中央付近の一棟を選んでいるが、それでも万が一というのがある。中から天井に穴をブチ開けてそこから上空に昇るべきじゃないかと思う。
と、ディーウァに言ってみたが。
「そうまでしなくとも十分で御座いましょう。この中に入るのは勘弁して欲しいので御座います」
うん? 何やら暗がりを恐れている素振り。
「心配するな。窓なんてほとんどないから陽光も差し込まないだろうが、そこは私が照明を用意するから大丈夫だ」
「御主人様? この建物が倒壊するかもしれないとは思わないので御座いますか?」
「なあに、その時は貫通爆弾で穴をブチ開けて脱出するさ。さ、行くぞ」
私はディーウァの手を握りそのまま建物の中へ向けて歩き出す。ディーウァも諦めたのか抵抗しなかった。
この種の集合住宅には入口に扉を設けていないものが多い。そしてここもその一つ。よって一階部分は広々と口を開けた入口から外の光が差し込んで来ている。だが、入ってすぐ右手にある階段を覗き込んでも真っ暗で上の様子はうかがい知れない。
自警団が対策を取る以前には侵入し放題だったのだろう。壁にはいたずら書きがでかでかと描かれ、各所に破壊の跡が見える。足元は長い事人が通ってないようで、砂塵が積もっている。
まあ、そんな事はどうでもいい。さっさと上に行こう。
私一人ならモノクルの暗視機能を使って進むんだが、ディーウァは暗がりが苦手なようだ。ならばと、照明手榴弾を【物質創造】して階段へ投げ込む。
照明手榴弾から放たれる純白の輝きが階段を照らすと共に、手りゅう弾の周囲にあった可燃物が燃え出し黄色い炎が上がる。どうやら手榴弾から発せられる高熱によって発火したようだ。
「これで明るくなったらう」
さて、進もうじゃないか。
「御主人様! 火! 火!」
「なあに、かえって免疫が付く」
「燃え広がったらどうするので御座いますか!」
そう言ってディーウァは消火剤を【物質創造】しぶちまけて火を消し止めた。照明手榴弾の方は依然煌々と辺りを照らしていたが、二十五秒を経過するとその効果を終えた。
「仕方ない。じゃあこのまま進むぞ」
「え……」
「ほら、手を繋いでやるから。それともここで待ってるか?」
「いえ、随伴致すので御座います」
階段を上って行くと、二階に辿り着くまでの半ば辺りまで来た所で目視では何も見えなくなってしまった。そこでモノクルを【物質創造】して暗視機能を作動させる。視界が緑色に染められ、闇を見通すことが可能となった。
五階に到着した所で天井の煉瓦を赤光剣で切り抜き外からの明かりを確保。
天井から降り注ぐ外の明かりに目が慣れた所でディーウァに目を向ける。
「大丈夫か?」
「問題ないので御座います」
「……さっさと済ませようか」
「そう致しましょう」
現状私は人工衛星に情報収集活動を依存しているが、人工衛星は全体像把握に便利な反面細かい対象の追跡には少々不向きだ。そこをどう補完するかが悩み所だったのだが、もう魔力の量にもの言わせて強引に解決する事にした。
航続距離を魔力で数百日にまで延ばした航空機を出撃させる。
出撃させるのは無人機であるRQ-4”グローバルホーク”とMQ-9”リーパー”。グローバルホークは大型の無人機で普通の機体は三日間程連続で飛行可能な代物を【物質創造】による魔改造で投入した魔力が尽きるまで基本飛び続けるイカれた機体に変貌した。リーパーの方はグローバルホークより小型の機体(とは言っても翼の端から端まで二十メートルはある)で、ミサイルや爆弾を搭載が可能となっている。勿論こちらも機体の消耗なんておかまいなしのキチガイな仕様。
グローバルホークは偵察に特化していて、リーパーは色んな事が出来るのが両者の差だ。
こいつらを世界中にばらまき一大監視網を形成しようというのが私の構想だ。ディーウァが衛星管理をしているが、正直私の創造枠はこれで尽きる。これで拳銃一丁すら【物質創造】出来なくなっちゃうな。まあ代わりに上空からリーパーが対戦車ミサイルを叩き込んでくれるが。
「おらー」
光学迷彩まで施された無人機が次々とロミリアの一廃墟から飛び立っていく。
にしてもここまで無茶やっても魔力の回復量が圧倒的過ぎて全然目減りした感覚がない。何か年を経ていくにつれて指数関数的に魔力量が増えてる気がする。