箸休め七品目:監視者
ある寂れた村落の外れ。真夜中というのに、男は村落の耕作地と森林のちょうど境目にに鎮座している巨石に背もたれていた。今宵の夜は雲が濃く、一寸先を見る事すらままならないというのに、男は辺りに鋭い視線を向けている。
男は何かに気付いたのか、ある一方向に視線を集中させる。
「来たか」
体重を預けていた巨石から体を浮かし、来訪者へ殺気を放つ。
すると、男の立っている所から殺気を放った方向へ延びている、雪解けでぬかるんだ泥道から一つの人影が現れた。
「へっへっへ。相も変わらず勘の鋭いやっちゃねえ」
人影は何が愉快なのか楽しげに男へ声を掛ける。
しかし男の態度はそっけない。
「あいにく忙しくてね。早く用件を言ってくれないか」
「そう急くなよ、旦那ぁ……今日の獲物はどでかいぜえ。へっへっへ」
下卑た笑いがしんと静まり返った真夜中の空気の中響く。
「いいから言え」
「おいおい、報酬なしとはひどいねえ。これでも苦労して獲って来た獲物なんだぜ?」
「五でどうだ」
「五? 割に合わねえよ。四十だね」
「正気か?」
自身の提示した数字の八倍だ。男は思わず聞き返した。
「俺の情報が良心的価格なのは旦那知ってるだろう? これでも安い位なんだぜえ」
煽るような口調が男の心を苛立たせるが決して表には出す事はない。
「……いいだろう。お前は俺を裏切るとどうなるかも分かっている筈だからな」
少し考えたが、男は人影の要求を容易に呑んだ。殺気という贈り物も忘れずに。
「へっへっへ、怖いねえ」
男は、近付いて来た人影が出す手に金貨の入った袋を懐から出して乗せてやる。
「おお、確かに頂いたぜえ。へっへっへえ」
中身を確認した人影の口から汚い笑い声が漏れ出る。
「さあ、言え」
「……大統領だがな、とある女にご執心らしいぜえ。とびっきりの美女……いや、ガキらしいから美少女か?」
「詳しく離せ」
「公安と調査室、一部は国際情勢局からも極秘に腕っこきを引き抜いて出来た合同調査班が、アレシアつうガキを洗っているらしい。まあ俺に漏れちまってんだからロミリアの防諜体制もお里が知れるやな」
「無駄口を挟むな」
「へっへっへ。こりゃ悪りい、でだな、そのガキの何が怪しいかってったら怪しいなんてもんじゃねえ。真っ黒々さ。父親は軍のお偉いさんで今は参謀次長、将来は軍のトップになるのも確実の超エリート。母親は学園の元講師でかなりの美人。この両親から生まれたアレシアちゃんはお勉強も出来て魔法も得意、しかも見た人間を陶酔させる美貌の持ち主とさ。そんで六歳の若さで学園に入学し大統領の娘とお友達。何から何までうらやましい限りさね。しっかしアレシアちゃんの人生はペロポネアとおっぱじめるきっかけの現場に居合わせおっ死んじまった。かあいそうかあいそう……と思いきや十日位めえにいきなり現れさあ大変! こんなにもネタが豊富なのに新聞が書き立てないのも不思議なこった。ロミリア中で話題になってもいい位だろう?」
「そうだな」
「実は秘密があるんだねこれが。いあいあ、俺にゃあよく分からんがアレシアちゃんの事を見た奴は何でか知らんが言い触らす気になれないそうだね。独占したくなるんだとさ」
「魔法の作用か?」
「んにゃ。そんな形跡は見つけられなかったらしい」
「容姿だけで人をそこまで操る事が出来るとは思えん」
「へっへっへ。俺はそんだけ魅力があるなら見てみてえがね。んま、それでも記者の中にゃあ記事にして売ろうとしたのもいたけどその度に何処かから手が伸びて握りつぶされるようだね。公安はその主を父親と見てるがそれだけじゃねえ。ぶっちゃけ大統領もいくらかの記事を潰してる。ただ記事を書き上げる前に上手く別の仕事を振られたりして書く前に妨害されるから記者連中でもアレシア関連知ってるのは少ねえんだな。ただこの程度じゃ情報ってのはせき止められねえ。俺の見立てじゃあ記憶いじられてる奴もいるぜ」
「そんでだな、アレシアちゃん保護を目的とする組織があるっぽいんだ。大抵はキャーキャーうるせえ人気歌手の追っかけみてえなのだが、一番ヤバいのは大統領と繋がってるらしい。どうやらアレシアちゃんの何かを利用したいそうだが、何なんだかさっぱりだ。まあウワサじゃあそれは都市も吹き飛ばす超兵器らしいぜ、へへっ。どうだい? すげえネタだろう?」
「もっと聞くかい?」
「話せ」