三十六、真夜中に
寝静まった我が家で一人、私は自室に立っていた。
窓からは澄み切った夜空が見えるが、今回の目的は天体観測などではない。
「さて、やるか」
私は恐らく異世界で初めてこの星を宇宙から眺めようとしている。
その方法はロケットに乗る必要もないし、巨大な管制センターに赴いて人工衛星が送信してくる情報を受け取る必要もない。
ただ、モノクルを物質創造するだけで用は足りる。それだけで、私はこの場から動く事なく遥か上空に浮かぶ人工衛星と接触出来るのだ。
しかし、人工衛星と直接通信をする訳ではない。
三百を超える人工衛星を一元的に管理運用している宇宙船とコンタクトを図り、間接的に情報を得る事となる。
先ずは、この星の地図でも見てみよう。
思考操作でモノクルに命令を下し、地球儀(地球ではないが)を立体映像として映し出す。
目の前に電子的な光を放つ半透明の惑星が浮かび、くるくるとゆっくり回転している。
海は青で、大地は緑で表現されている単純な惑星儀。
私が生活しているアルバロンガ大陸は以前本で見た通り、ひらがなの”つ”の字みたいな形をして大海の中に浮かんでいる。大きさは……縦は五千五百キロ、横は六千五百キロ位か。そしてアルバロンガ大陸北西部に島国グレリア王国があり、大陸東部には魔族の住む島国。グレリアは縦が二千キロ、横一千。魔族の島は縮尺の都合上豆粒みたいに小さい。
その他にも大小様々に島は存在しているがアルバロンガ大陸ではまだ認知されていないみたいだし、大陸と呼称出来るのはアルバロンガ位だね。例外として南極にも大陸があるが、この惑星は気候が地球とほぼ同じだから人は住めないだろうなあ。
こうして見てみると、地球に比べ居住可能な陸地が恐ろしく少ないな。
ふむ、まあ、取り敢えず地理の勉強はここまでにしよう。
第一に州境の状況の確認だ。
つい五分程前に更新された情報によると、魔物に侵攻されたゲルマフィリオ州は依然予断を許さない情勢らしい。おかしいな、確か十二万もの魔物を火葬してやったと思ったんだがいつの間にやら確認出来るだけで三万程の大群が湧いて出てきている。
現状ロミリア軍が貼り付けている戦力はおよそ八万兵。それらが数珠つなぎ状に薄く広く配置されていて、魔物が一点突破を図ったら防衛線から魔物がこぼれ出してしまう。とはいっても槍主体で戦い徒歩での移動が主なロミリア兵じゃ機動力がない。前方に少数の兵を置いて敵を知らせ、後方に待機していた纏まった大部隊が目標を撃破なんて戦い方を取るのは難しいか。
しかし、魔物が一点突破を狙うだけの知能があるのだろうか。近くにいる人間を手当たり次第に襲わず、纏まって行動するとはね。
不可解な行動だが、対処はしなくてはならない。近隣の機械兵一個連隊を突っ込ませて時間稼ぎし、その間に爆撃機で阻止爆撃すればいいかな。まあ機械兵連隊は戦車や榴弾砲も持っているし三万相手でも時間稼ぎは出来るだろう。機械兵という名前の如く、機械なのだから損耗もあんまり気にしなくていいし。
それとゲルマフィリオ州は隣国でありロミリア最大の仮想敵国ペロポネアと国境を接しているんだが、そっちはあんまり被害がないのもおかしな話だ。魔物の奴、ロミリアに恨みでもあるのか?
まあいい、今は爆撃機を送り込むのが先決だ。うーん、ディーウァを安心させる為に爆撃機を常に上空に待機させる案を実行すべきかも知れない。というかそもそも、何か即応性のある対地支援戦力はないものか。
戦場に長時間留まっていられるのはやっぱり海上戦力だろうが、戦艦……は、射程が短い。トマホーク巡航ミサイルを満載した潜水艦……トマホークミサイルが亜音速だから即座に支援が出来ない。空母……空母、ねえ。意外といいかも。いやむしろ、滑走路を造って陸上基地を建造してしまおうか。
今日の所は爆撃機を送るとして、空母を近隣の海域に待機させるのは中々いい考えかもしれない。
考慮しておこう。
爆撃機を見送った私は次に情報収集の今後について考えてみる。
人工衛星は情報収集の為の手段として有効ではあるのだが、惑星軌道上を高速で回っているので細かな目標の追尾には不向きだ。それを補完するのに、航空機や地上偵察機材からの偵察が必要となる。
補完手段として、空母は魅力のある存在ではある。航空機が運用出来るし、地上兵力も置いておける。だが展開速度の遅さが問題だ。海上を時速五十から六十キロ程で出来るので決して遅いとは言わないが、早くもない。
ああもう面倒だ! いっそ宇宙に巨大宇宙要塞を浮かべてそこから陸上戦力を投入してやろうか?
だが、それだけの代物を【物質創造】するとなると魔力消費が激しい。私の体から漏れ出る魔力もその分膨大な物になる。何処か人気のない場所を探してからの実行となるな。
いずれにせよ、この件については明日考えよう。
あとは、魔物の襲撃時に行方不明になってしまったサイトをどうにかして見つけてやてやらないとな。ただ、こればかりは手掛かりが少ないから探しようがない。これは明日最後の目撃者であるディーウァに幾つか質問してからじゃないと行動しようがない。そういや、エルフの島から何も言わずに出て行ったっけ。死んだと思われているかもな。
やる事は結構あるが、まあ頑張りますか……明日。