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三、ある朝の食事室




 台所から聞こえる賑やかな物音に耳を寄せながら、席に着いてしばらく足をぶらぶらさせてるとお母さんが木のトレーにスープを四皿載せて運んで来た。スープから立ち上る湯気が私の傍に漂って来て鼻孔をくすぐる。

「美味しそうな匂いですね」

「ふふっ、お代わりはいっぱいあるわよ」

 お母さんは次々とスープをテーブルに配置していった。

 その配置は私のいた頃と変わっていない。長方形のテーブルの短辺にお父さん、お父さんの右手の長辺はお父さんに近い順にお母さん、そして私。左手には一つ空席を空けてお祖父さんが座る。空席は私の生まれる前に亡くなったお祖母さんの席。四つのスープはお母さんとお祖父さんと私の席、それと私の右側にもう一皿と置かれる。最後のはディーウァの分だろうか。

「少し待っててね、お義父さんを呼んでくるから」

「はい」

 お母さんが居間に消えると、入れ代わりに台所からディーウァが植物で編まれた籠を抱えてやって来た。平たい籠には丸いパン――こちらではパンヌと言う。まあ、たいした違いじゃない――がいくつも入っている。

「パンヌ屋さんに行ってたのか?」

「その通りで御座います」

「ご主人のモファラスさん、元気にしてた?」

「私がパンヌを受け取った中年男性がモファラスさんでしたのなら、健康に差し障りはなさそうで御座いましたよ」

「そっか、良かった」

 あの人にも随分お世話になった。我が家の食卓で出て来るパンは全てモファラスさんのとこで焼いて貰ってて、昔は毎日私がパンを受け取りに走っていたなあ。時々くれたクッキーはさくさくほくほくしてて、格別の味だった。

 後は何故だかいじめられた私をかばってくれたりもしたっけ。スカートめくろうとしてきたり背中を叩いてきたり、所詮ガキのいたずらだったから寧ろほほえましかったけどね。

「私は何処に座ればよろしいので御座いましょう?」

 物思いに耽っていた私を、所在なさげなディーウァの声が現実に引き戻す。


「ここだと思うけど、ディーウァも食べるつもり?」

「いけませんか?」

 俯くなよ。ショックを受けたらしいディーウァへ、慌てて訂正の言葉を放つ。

「そういう意味じゃなくて、食べる事が出来るのか? という疑問なんだが」

「はい、可能で御座いますよ」

「食べた後は?」

「……無粋な事を聞かないで下さい。私は魔力で構成されているので御座います」

「あ……すまない」

 ディーウァと会話を交わしていると、お母さんがお祖父さんを連れて戻って来た。二人は各々の席に座る。お母さんは私の隣に、お祖父さんは私の向かい側だ。

「待たせて済まなかったね。さあ、食べようか」

 お祖父さんの言葉を合図にして、全員がスプーン片手に食べ始める。

 スープは肉と野菜を具材に、塩で味付けされただけの簡単な代物。それでも少し薄味な塩加減は間違いなく、お母さんの料理だ。

「どうしたの、アレシア? もしかして、おいしくなかった?」

 私のスプーンを持つ手が止まっているのに気付き、お母さんが声を掛けてくる。

「いえ、とても美味しいですよ。ただ、お母さんの料理……懐かしいなって思って」

 嫌だな。涙が出て来た。いい加減にしてくれと思うね。もう散々泣いたじゃないか。

「おかしいですね、何だか勝手に……悲しい訳じゃないのに……」

 いくら指で拭っても溢れる涙は止まらない。おかしいなあ、私はここまで涙脆くはなかったはずなのに。

「アレシア……」

 お母さんが身を乗り出し、私に覆いかぶさるようにして抱きしめてくる。

「お母さん……」

 やめてよ。余計涙が溢れ出て来るじゃないか。




 朝ご飯の席はすっかり湿っぽい雰囲気になってしまった。全員が黙々と食事を口に運ぶ。雰囲気悪い。

「私がいない間、どうしてましたか? 何か変わった事はありましたか?」

 何とか場の雰囲気を転換しようと適当に話題を振ってみる。

「変わった事、ねえ……何かしら」

 悩むお母さんに対し、お祖父さんが誇らしげに口を開いた。

「ジェイソンが参謀次長になったじゃないか」

「参謀次長?」

 参謀次長というと……トップである大統領から数えて六番目か。以前が近衛軍団軍団長だったから大出世だね。

「わああ、アレシアちゃんのお父様は凄い方なのですね」

 ディーウァは早くも感嘆の声を上げる。

「そうね。おかげで戦場に行かなくてすむようになったのはいいけど、中々帰って来ないのよね」

 ただお母さんはあんまり嬉しくなさそう。

「しかし儂の息子も偉くなったもんじゃないか! あの歳で参謀次長には普通なれるもんじゃあない」

 対象的にお祖父さんは自慢げだ。

「確かに偉くなったわ。なりすぎなくらいね」

 お母さんの刺々しい口調の台詞に、お祖父さんも苦笑するしかない。

「マリーさんは社交会が苦手かい?」

「貴族が多くて堅苦しいのよね、司令本部主催の社交会って。あーあ、中隊長同士の社交会までは気楽だったのにな」

 愚痴をこぼすお母さん。口の中にスプーンを入れたまま話す。スプーンがお母さんの口に入ったまま上下にゆらゆら。つい、目で追ってしまう。

「軍団長辺りまでは下からの叩き上げもいるが、四軍司令部より上になると余程の才かコネクションがないと第三階級出身にはつらいからな……その点、ジェイソンは実力であそこまで行ったんだ。素晴らしいよ」

「まあ、あの人が有能なのは確かだけど。でももう少し家庭に貢献したっていいと思いませんかお義父さん!」

 あ、スプーンがテーブルに落ちた。

「あ、あぁ、そうだな。仕事に夢中になりすぎているきらいはあるな」

「でしょう!? あの人仕事優先で最近一回も帰って来てないし! 少しは顔を見せなさいよっ!」

 やばい、お祖父さんがお母さんの導火線を着火してしまったみたいだ。話題を変えよう。

「あー、ところでお父さんは私が帰って来た事知ってるんですかね?」

 今だ、お祖父さん。逃げるんだ。そんな意思を込めて目配せすると、お祖父さんはうなづく。

「え? あら、すっかり忘れてたわ。でもそれより……」

「そりゃ大変だ! 儂が報せに行こう!」

「いや、でも……」

「なぁに、朝食後の散歩も兼ねるから心配はいらんよ!」

 お祖父さんは食事室を出ていく前にちらりと私に振り向き、ウインク。私は微笑みを返事にして、計略成功を喜んだ。て、あれ。何で扉の前で立ち止まっちゃうんだ。

「お義父さん、大丈夫ですか?」

 その急な動作停止に、お母さんが心配になったらしい。椅子から立ち上がって、お祖父さんの元へ歩み寄る。私も心配だ。ついて行こう。

「あ、ああ。大丈夫じゃ。問題ない」

 確かに見た目は健康そうではあるけど、さっきのは流石に不自然だ。

「ですけどお義父さん。少し休んでからいかれたらどうですか?」

 お母さんも同意見らしい。お祖父さんを引き止めにかかる。

「いや、何。アレシアの笑顔に見とれてただけじゃよ」

 いや、その言い訳は無理があるだろ。

「あら、そうなんですか?」

 お母さんは私の方を見る。いやいやいや、こんな低級な嘘に騙されちゃ駄目だよ。

「本当だとも。それよりジェイソンに早くアレシアの帰還を伝えてやらねばな」

 そう言ってお祖父さんは食事室の扉を閉めていった。お母さんにそれを引き止めるそぶりはない。

「お母さん、お祖父さんは大丈夫でしょうか?」

 せっかく再会したばかりというのに、ぽっくり逝かれてはたまらないんだが。

「お義父さんもせっかちね……まあ、大丈夫じゃないかしら」

 そうかなあ。大丈夫かなあ。もういっそ私がお祖父さんと一緒に直接会いに行こうかなあ。

「では、私が同行致します」

 私の心情を察してくれたディーウァが申し出てくれた。ディーウァがついてくのなら、安心だ。

「そうしてくれますか?」

「任せて下さいませ」

「ごめんなさいねディーウァちゃん」

 申し訳なさそうにお母さんがディーウァへ声を掛ける。

「ちょうどロミリアの町並みを見てみたいと思っておりましたから、気にしないで下さい。では、行って参ります」

「お祖父さんの事、お願いしますね」

「行ってらっしゃいディーウァちゃん」

 お母さんと私に見送られて、ディーウァは玄関の扉の取っ手に手をかけているお祖父さんの後を駆け足で追いかけたのだった。


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