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箸休め五品目:妄想か洞察か




 首都ロミリアはこの世界有数の人口を抱える一大都市である。郊外の住民を含めると百万にも届こうかという人間が集うこの都市には、あらゆる娯楽が存在している。


 その中の一つ、中流階層が好んで集まる一角では居酒屋や賭場が公然と立ち並び、夜になると松明や蝋燭、魔力灯が煌々と辺りを照らしていた。ゲルマフィリオ州で起きた大事件を知ってか知らずか、この界隈は多くの人で賑わい、肩と肩が触れ合いそうな程には混雑が激しい。

 この界隈に、一人の男がいた。髪形をロミリア国内では軍人の証と言ってもいい丸刈りにし、服装は北部の人間や鉱員が好むズボンと長袖の毛織物を着用している、何処か雰囲気の固い若い男だ。男は目線を前を歩く男に向けている。視線の先の男は金髪を七三に分け鋭い目つきをしており、ロミリアでは伝統的な成人男性の服装である白いトーガを身に着け、先を急ぐのか混雑をかき分け突き進んでいる。どうやら尾行をしているらしい。

 視線の先の男はしばらく混雑の中を歩いていたが、やがて混雑している幅の広い道を逸れ人がようやく一人通れる程度の幅しかない脇道に入って行く。その脇道には照明の類は一切なく、夜という事もあって全く先がどうなっているのかが分からない。尾行しているらしき男は見失う事を恐れて早く脇道に入ろうと駆け足になる。

 男が脇道に入ろうとしたその時、何者かにいきなり腕を掴まれ脇道に入る事を阻止された。驚いた男が自身の腕を掴んだ人間を確認すると、それは既知の人物であった。

「エリソン、邪魔をしないで下さい!」

 男は尾行の邪魔をされた事に対して怒りを張り上げる。

「ジャレド、勘付かれている。自然に振る舞うんだ」

 だが、エリソンの言葉を聞きその意味を理解すると即座に彼の言う事に従った。


「良し、もういいだろう」

 先ほどの路地から歩いて数分。二人は下層階級の者が集まる狭い居酒屋に入っていた。幸いエリソンの服装も変装して冒険者といった風情だったので、食卓を置けるだけ置いてぎゅうぎゅうと狭苦しく客を詰め込んでいるこの汚らしく騒々しい居酒屋に入るのに二人は相応しい格好をしていた。

「こちらの席へどうぞ」

 くたびれきった中年女中に、少しばかり動くと肩が触れ合う席へと二人は案内される。二人の席の右側は壁で、左側は図体がでかく柄の悪い男達が喚き散らしている。この男達に限らず何処の食卓でもどんちゃん騒ぎが繰り広げられているので、少し声を絞れば会話が聞かれる恐れもない。照明も隣の席の人間の顔を判別出来る程度の光度しかないので、人相も注意すれば割れないだろう。他人に聞かれたくない話をするには中々良さそうな場所である。

「どうして俺を尾行したんです?」

 腰掛けすらない木製の小さな椅子に座るなりジャレドはエリソンに詰め寄った。自分をどういう料簡で尾行したのというのだろうか? 事と次第によってはジャレドにも法的措置も含めて考えがある。

「お前をじゃない、ジェレイコスを尾行していたんだ」

 一方のエリソンは喧嘩腰でつっかかってくる後輩に苛立ちを覚えていると共に呆れていた。お前を尾行する程俺は暇じゃない。

「あなたも?」

「ああ、そうだ。一か月前からな」

 エリソンの言葉にジャレドは驚かなかった。いつもエリソンは自分の数歩先を進んでいる。

「それで?」

 それよりも、エリソンが得た情報を知りたがった。

「あの路地に入る者は全て監視される。一度監視を承知で潜入してみたが、撒くのに大分苦労した。それ以降は方針を変えたらしい。許可なく入った者は問答無用で消されるようになった」

 エリソンとて、厳重な警備の前にジェレイコスの行動の秘密を解き明かせていなかった。それにしても、ジェレイコスの秘密主義も入った者は問答無用で消すともなると、徹底している。

「そこまでしてジェレイコス部長は何をしているんです?」

「分からん。政府の重要ポストに就いている人間も何人かあそこに入っているようだが、何を企んでいるのか……」

 また、ジャレドの知らない情報が出てくる。あの路地に入っているのは、ジェレイコスのみではないらしい。もっと情報をジャレドは欲しかった。

「それじゃあ、他の機関との会合しているだけって事もありませんか?」

 軽い冗談のつもりでエリソンに言ってみる。否定して何か漏らすかもしれない。

「その可能性もある」

 しかし、エリソンは食いつかなかった。ジャレドを眼中に入れていないようでもある。

「何を考えているんです?」

「ジャレド、俺は……」

 この世界に隠れた秘密結社のような存在があるような気がする。と、言おうとしたがエリソンは思いとどまった。あんまりに荒唐無稽な気がして他人には話す気にはなれなかった。

 世界を裏から操る輩がいるなんて、そしてそれを俺が追っているなんて馬鹿げてやがる。

「何です?」

「いや、何でもない。とにかく、お前は手を引くんだ。確証もないのに、付き合う事もないだろう」

 席を立ってお話の終わりを告げるエリソン。

「嫌です。あなたがここまでこだわるなら何かがあるんでしょう。俺はそれを突き止めるまで動き続けます」

 見ていろよとばかりに捨て台詞を吐き、去って行ったジャレド。

「……後悔するぞ」


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