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三十二、アーザス君と二人の学友




「入っていいかしら」

 ノックと共に聞こえてくるお母さんの声。

「……ええ! いいですよ!」

 私は息絶え絶えに返答を叫ぶ。

「アレシア。アーザス君がお友達連れて来てくれたわよ。どうしましょうか……それは何をしているのかしら?」

 お母さんは私の服の中に頭を突っ込んでいるチャーイちゃんを見て、凝視しながら質問してきた。チャーイちゃんの両手は私の背中をすりすりしている。

 この状況を、見られた!?

 うぅ……この場から消えてしまいたい。

「女神様をたんのーしてたの!」

 何を言っているんだこの幼女は!? 答えるんじゃない!

「そ、そうなの。良かったわね」

 お母さん完全に引いてるよ。

 私がおかしく思われるだろうが……幼女趣味とか流言流布されたら社会的に終わる……。

「わ、私なら大丈夫です。会いましょう」

 いや、お母さんがそんな事するとは思えない。ここはさっさと話題を変えて気を逸らしてしまおう。

「そう? 分かったわ」

 お母さんが階下に下りていく足音を確認し、少し冷静になった。

「チャーイちゃん。今日はもうこれで終わりにしましょう」

「え~」

 服の中からいかにも嫌そうな声がするが、無視無視。

「また今度という事で」

 強引にチャーイちゃんを引きずり出す。

「……約束ね」

「は、はい。それより、横になって出迎えるのもなんですし身を起きましょう」

 ムスッと頬をちょっと膨らますチャーイちゃんに、体裁が悪いのでベッドに腰掛けるよう促す。

「うん」

「入るよ。いいかな?」

 どたどたと幾人かが階段を上る音が聞こえて来たかと思うと、扉の向こうからアーザス君の遠慮がちな声が響いて来る。

「歓迎しますよ」

「こんにちは、アレシアちゃん」

 扉を開けて私の部屋に入ってくるアーザス君。私を見るなり爽やかな笑顔で挨拶をしてくる。

「こんにちは、アーザス君」

「失礼します」

「失礼しま~す」

 アーザス君の後から入って来たのは同じ年頃の二人の子供。

 一人は女の子でとび色の髪を腰の辺りまで長く伸ばして水色のワンピースを着ている。幼いながらも目鼻立ちのくっきりした美しい顔で口元に清純な笑みをたたえており、優等生として男子の憧れになっていそうなイメージ。

 もう一人は男の子で、顔は綺麗な造りなのだが、薄い茶色の髪をぼさぼさにしているのとほがらかな笑みを口元にたたえている事で愛嬌があるように見える。

「この方々は?」

「紹介するよ、こっちはイグヴァ」

「よろしく、アレシアちゃん」

 男の子の方はイグヴァというそうだ。にしても、イメージ通りなのんびりとした口調で話すんだなあ。

「彼女はヌァム」

「よろしくね、アレシアちゃん。ところで、その隣の子は誰なのかしら?」

 あんたもイメージ通りの反応だな。というか、なにこの美形三人衆。嫌味なのか?

「ワタシ、チャーイだよ」

 よくよく見るとベッドに腰掛け足をプラプラさせているチャーイちゃんも美しいと形容は出来ないが、茶髪がふわっと波打ってる感じ……ソバージュとかそんな髪形がよく似合ってて可愛らしい。

「近所の子で、遊びに来ていたんです」

 チャーイちゃんが名前しか説明しなかったので、私からも軽く事情説明させて貰う。

「チャーイちゃんもボク達と遊ぶかな?」

 ふわふわした笑顔でチャーイちゃんに微笑みかけながら、イグヴァ君が遊びに誘いかける。

「遊ぶ!」

「でも、アレシアちゃん体調が悪いんだってね。外では遊べないね」

 アーザス君無理して私に合わせようとしないでいいよ。

「彼女の体調が悪いのが悪いけど、仕方ないわ。今日は室内で出来る遊びにしましょうよ」

 そうして貰えれば助かるね。

「そうだね、そうしよう」


 新たに知り合ったイグヴァ君とヌァイちゃんを加え、皆で室内で出来る遊戯で時間を潰しているとあっという間に日が傾いていた。

「いけない、そろそろ帰らないと」

 アーザス君が慌ててそう言う。

「そうね。では帰らせて貰いましょう」

 ヌァムちゃんもそれに賛同。

 あれ。そういやチャーイちゃんはどうなるのだろう。

「チャーイちゃんはどうするんです?」

「一人で帰るよ」

 ここロミリアは地球の日本には及ばないが特別治安が悪い訳でもない。だが、それでも幼児が日暮れに出歩いても大丈夫なのかね。

「それはいけないね。アーザス、お家まで届けてあげようよ」

 私と同じ思いをイグヴァ君も抱いたようだ。

「そうだね」

 アーザス君も付いて行くようだし、これなら安心だろう。

「では、玄関までお見送りさせて貰います」

「悪いよ」

「いえ、私を訪ねて来て貰ったのですからそれ位はさせて下さい」

「そっか。じゃあ行こう」

 アーザス君が筆頭に、皆でぞろぞろと歩き始める。

「あ、皆は先に行ってて。ワタシとアレシアちゃんは女同士のお話があるから」

 どんな用事が私にあるのだろう? ヌァイちゃんに引き留められた。

「なら下で待ってるよ」

 皆が階下に下りた所を見計らって、私から会話を切り出す。

「えーと、何でしょうか?」

「死ね」

 ん?

「はい? 失礼ですが、聞き間違えかもしれません。もう一度述べて頂けませんか?」

「死ねば良かったのに、何で帰ってきてんのよ」

 さっきまでの清純そうな少女は成りを潜め、現在の彼女からは負の感情が満ち溢れている。何だ? まさか、魔族の残党!?

 だとすれば、下手な動きは出来ない。彼らの力を以てすればこの家もろとも私を攻撃する事が可能なのだ。私を傷付けられるかは分からないが、階下のアーザス君やお母さんを無傷で救えるか……。くっ、頭だけ潰して満足していた私が愚かだった。

「はあ」

 ともかくここはまず、敵意を見せず無害な存在に徹しよう。何とか隙を付いて出来たら捕獲、最悪殺傷しなくてはならない。油断を誘う為に、気のない返事を返しておく。

「アーザスにはもう近付かないで」

 ん? 話がおかしくなってきたぞ。

「成る程」

「分かったわね」

 何だか知らないが、アーザス君と私を会わせない事が目的なのか?

「前向きに検討させて頂きます」

 じゃあ、魔族ではないのか? どうなんだろう?

 うーん、私をものすごい形相で睨んでいるけど魔力は確認できないなあ。魔族ではないと考えて動いておいた方がいいな。もし一般人だったら後々厄介だ。

「……今日はこの位にしてあげるけど、もし近付いたらどうなるか分かるわね?」

「はあ」

 これって、どういう意味なんだ? 

「その態度ムカつくわ。やめなさい」

「善処します」

 もしかして、ホの字って奴?

「あんた馬鹿にしてんのっ!?」

 おおっと。私が適当に返答していたせいか、張り手をかましてきやがった。

 ヌァイちゃんが振り上げた右手。うーん、迫力に欠けるなあ。

 少し派手にしようと、回避で思いっきり後ろに跳躍してベッドに着地してみる。

 もふ。あーもう寝てしまいたい。

 でもこの修羅場っぽいのを解決しないと。面倒だなあ。

「駄目ですよ大声あげちゃ。アーザス君に本性ばれますよ?」

 最初に、追撃にずんずん近寄ってくるヌァイちゃんへ牽制の意味を込めた言葉を発する。

「……とにかく! アーザスとはもう会うんじゃないわよ!」

 やっぱ、アーザス君にはいい格好しておきたいようだね。ヌァイちゃんは足を止めて捨て台詞を吐き、くるっと背を向けて立ち去ろうとした。

「あ。もしかしてアーザス君を好いているんですか?」

 そこへ確認の一言を発射。

「……言わないで恥ずかしい! もう! アーザスは私が狙ってるんだから、あんたがいたら困るのよ」

 あるぇ。もしかして、この子与くみし易い?

「私もアーザス君を兄のように慕ってますが、あなたもそういう感情をお持ちなんですか。仲間ですね」

 私は微笑を口元に浮かべながら仲間宣言を投射! この餌にかっかるっかな~?

「あんたと一緒にしないで! って、え? あんた……こほん、あなたはアーザス君の恋人じゃないのかしら?」

 私の餌に見事掛かった! ヌァイちゃんが顔を真っ赤にして路線修正に入ろうとしだした!

「恋人? ははは、何ですそれ? あいつを恋人ってないですよ。ないない」

 ここで最後の一押し。少しアーザス君に失礼な気がするが、これ位言わないと止めにならない。

「そんな事ないわ! アーザスはとっても優しいし、頼りになるし、いてくれると心が温かくなるし……アーザスを馬鹿にするとワタシが許さないわよ!」

 恐ろしいまでの入れ食い。意外と大物かもしれない。

「すみません。でも、さっきのは私の意見なんでね。あなたがどう思ってもそれはあなたの自由ですし、おおいにやってくれて構いません」

 あ、これは失点一か?

「そうなの……ごめんなさい!」

 んんん? 何か流れが更におかしくなってはしないか?

「何ですか唐突に?」

 性悪女みたいな態度を一変させ、今この部屋に人が入って来たら私が悪役と思われかねない程完璧な”可哀想な薄幸の美少女”に見える。

「実は、アーザスと仲良く話してるあなたを見てアーザスを取られるんじゃないかって思っちゃったの。今まではアーザスに一番近かったのはワタシで、学校でもワタシとアーザスの間はウワサになってた。ワタシがアーザスの彼女だって浮かれてた。でも今日あなたに会ってその自信がなくなっちゃって……焦って焦って、気付いたら脅迫してた。何でこんな事しちゃったのかしらワタシ」

 要約すると、私を恋敵と誤認して攻撃したって事ね。気が付いたら体が勝手に動いていたって奴ね。

「本当に許せない事をしちゃったって思っているわ。ごめんなさい!」

 おいおい、泣き出すなよ。ますます私が悪役然としてきた。

「あなたの話を聞く限り、それだけアーザス君を愛しているという事が分かりました。兄のようなアーザス君にこんな素敵な彼女がいてくれると、私も嬉しいです」

 日本人的技法。”とりあえずおだてておく”を発動。

 ここで勝てると思って責め立てたら逆切れされて、また面倒な事になるかもしれない。それなら、なあなあで済ませたくなるのが普通だ。

「アレシアちゃん……こんなワタシにそんな言葉を掛けてくれるのね」

 泣きながら、抱き着いてきたヌァイちゃん。あんたも怒ったり泣いたり忙しい奴だ。演技してるんじゃないかと思っちゃうね。それでも、どうにか厄介事は回避出来たようだから一安心。

「ん……アレシアちゃん気持ちいい」

 ん?

「ふああ……」

 頬を擦り付けてくるヌァイちゃん。今日チャーイちゃんが私にくっ付いていた時と同じ表情を浮かべている。

「ふふふっ。アーザスからアレシアに鞍替えしようかしら」

 状況が二転三転ってレベルじゃないぞ!? 何なんだよもう!

「あ、あのっ。皆さんを待たせてます。早く下に行きましょう」

 これ以上の接触は危険だ。主導権を奪われそう。

「決めた。ワタシ泊まらせていただくわ」

 何でそうなるんだ!?

「駄目です! 連絡しないとご両親が心配しますよ」

「そういうのに厳しい子、嫌いじゃないわ」

 ええい! 私の頬に妖艶な目つきをしながら手で撫でるんじゃない!

「いいから、さっさと下に行きますよ!」

 私の頬を両手で撫でる為に両腕の拘束を解いたのは愚行だったな。

 後ろにステップを踏んで一端距離を取る。

「あ、待ちなさい」

 私に掴みかかってももう遅い。

 私は【身体強化】の魔法で肉体を強化し、オリンピック選手顔負けの速度で一気に自室を飛び出し階段を駆け下りた。

 玄関には、私らを待っていたアーザス君、チャーイちゃん、イグヴァ君に加えてお母さんが立っていた。

「どうしたのアレシアちゃん走ったりして」

「ははは……上で少々愉快なお話をしましてね」

 ほんと、愉快極まりなかったよ。

「?」

「あー、ヌァイちゃんまで走ってきた」

 イグヴァ君の間延びした口調が精神に優しい。癒される。

「はあ……はあ……ま、待ってアレシアぁ」

 きやがった。ていうか、息を切らす程何をしてたんだ? 私の部屋から廊下を少し通って階段を下りてもそんな距離ないだろうに。

「アレシアお友達を置いてきちゃ駄目でしょ!」

「すみません」

 お母さんそりゃ理不尽だ。あの子普通じゃありませんぜ。

「さ、皆。急いで帰らないといけないわ」

 お母さんが一人先に進んで玄関の扉を開き、皆に帰宅を促す。

 確かにそうだね。もう日が随分低い所にある。

「今日はありがとうございました」

「ありがとーございました」

 扉を支えるお母さんにアーザス君、続いてイグヴァ君が感謝を述べる。感心だ、教育が行き届いているんだなあ。

「ありがとーございました!」

 二人に手を繋いで貰ってるチャーイちゃんも見習って挨拶しだす。

「あ、ありが……とうございました」

 ヌァイちゃんはまだ息が整っていないみたい。

「今日は来てくれてありがとうね。アレシアも喜んでいるわ」

「じゃあねアレシアちゃん」

「さようならアーザス君」

「ボクも楽しかった。さようならアレシアちゃん」

「私もですよ。さようならイグヴァ君」

「また会える?」

 チャーイちゃんそんな寂しそうな顔をしないで。

「勿論です」

 むしろ会いに行くから。

「じゃーね!」

「はい、さようなら」

「……」

 何で無言なのかなヌァイちゃん? 無言で無表情というのは中々に威圧感があるからやめて欲しい。

「さ、さようなら」

 取り敢えず挨拶してみる。

 すると耳元に口を近寄せて来る。何だ何だ?

「……いつか、ワタシのものにしてあげるわ」

 ひいい。背筋に寒気がぁ……。

「さようなら、また会いましょう」

 一転してもうそれはそれは清純な笑顔でもって微笑みかけられたが、もうあんたの印象は良くならないよ。

「は、はい……」

 苦笑するのが精一杯。


 それから三分も経たずに、ラインラ君がルール君を引き連れてやってきた。

 チャーイちゃんを迎えに来たとの事。

 一階居間にてお母さんとお祖父さんとで談笑していた私が、何故か二人に後押しされ一人で応対している。

「何だよアーザスと一緒に帰ったのかよ」

 途端に不機嫌になるラインラ君。

「一足遅かったですね」

「ちっ」

 舌打ちをすると、ルール君に目配せ。

「おい、帰るぞ」

 二人して背を向けて歩き出す。ああ、この二人見ると何か安心するなあ。

「案外ラインラ君妹想いなんですね」

「うっせえ!」

 おっと、口が滑った。

 乱暴に閉じられる玄関の扉。同時に外からラインラ君とルール君が走って去って行く足音が聞こえてくる。

 ふふふ、からかい甲斐がある奴。

「あら、帰っちゃったわ」

「うーむ、良い仲じゃの」

 居間からにょきっと延びる二つの首。

「見てたんですか」

「ふふ」

「ほっほっほ」

「もう、何ですかその意味深な笑みは」

「何でもないわ」

 ちゃんと言って貰いたいんだがね。何を企んでるんだい?

「何、アレシアの元気な姿が見れて嬉しいんじゃ」

「そ、そうですか」

 お祖父さん……さらっと重い事言うなよ。


 元気な姿を見せ続ける為にも、魔物を州境線上から出す訳にはいかないな。

 ディーウァもだが、私も頑張らないと。


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