二十八、先遣的な【物質創造】開始
「アレシア、遅いですわよ!」
突如として開かれる扉の音に反応してすかさずモノクルを消す。
「お姉ちゃん……」
まずい。見られたか?
「何をしていますの? もう準備が出来ましてよ」
ふう、大丈夫だったようだ。それにしても、予想だにしていなかった情報を前に時間の経過を失念してしまっていたな。私があんまり遅いのでお姉ちゃんが私を呼びに来てしまった。
「すみません」
「ほら、行きますわよ」
私はお姉ちゃんに腕を取られて食事室まで引っ張り込まれた。食卓には様々な料理の詰まった大きな籠がいくつも並べられ、既にお母さんとディーウァ、それにお祖父さんが着席して私達の到着を待っていた。
「凄いわよアレシア! このお肉トルアンス産ですって!」
料理にはしゃいでいたお母さんだったが、私を見た途端表情を固くする。
「アレシア、どうかしたの?」
いけない、私の態度に問題があったらしい。だが、お母さんを巻き込む訳にはいかないんだ。何とか取り繕わないと。
「ちょっと昨日はしゃぎ過ぎちゃったのかもしれませんね。少し疲れてるみたいです」
「大丈夫なの?」
う、真面目に心配してくれるお母さんに罪悪感が……しかし、仕方ない。「実は州境でのロミリア軍と魔物が交戦する画像データを取得して、それに衝撃を受けているんですよ。ははは」なんて言える訳がない。
「……はい」
少し肯定するのにためらってしまったが、何とか怪しまれる事は無くお母さんは信用してくれたようだ。
「昨日何かありましたの?」
ありがたい事に、上手くお姉ちゃんが話題を変えてくれる。
「近所に住んでいる友人達と遊んだんです」
それにしても、昨日までのほほんと生活出来ていたのが嘘のような気分。これからどうなるんだろう。
「羨ましいですわね。私達もいつか遊びに行きましょう」
そう出来れば私も嬉しい。でも、果たしてその願いは叶うのか。
「いいですね」
心から私はお姉ちゃんの提案に賛成した。
だが正直な所、私は食事なんてほっぽり出して当該地域の魔獣群についての情報収集並びに従事し、必要とあれば爆撃しに行きたい。
至急片付けなければならない仕事を抱えているのに、子供の遊びに付き合わなくてはならないお父さんみたいな気分。子供の遊びに付き合うのは楽しいが、仕事の事が頭を放れず素直に楽しむ事が出来ない。仕事さえなければとため息を付く所も私の心境と似ている。
だが、例えとして挙げたお父さんと異なる点は下手に動くと事態を悪化させる恐れがあるという事。ここは慎重に行動しなくてはならない。先ずは偵察機から得た情報を整理してこの状況が何を示しているかを判断しよう。だからお願いだ。さっさと私を自由にしてくれ。
私としては普段通りに行動していたつもりだったのだが、どうやら周りからは疲労しているのに無理していると判断されたらしい。今の私は自室のベッドに寝かされている。
「ほら、しっかり休みなさい」
お母さんが横になった私にシーツを掛けてくれる。
「はい」
「全く。だらしないですわね」
お母さんの幾分後ろに立つお姉ちゃんは不満そうだ。当然だろう、わざわざ訪ねて来てくれたのに私がこの様なのだから。
「すみません」
本当に申し訳ない。今抱えている問題が解決された時、今日の埋め合わせをしたいと思う。
「今日は帰りますわ。次来る時までにしっかり体を休めなさい……無理は禁物ですわよ?」
仏頂面のお姉ちゃんだけど、私を心配してくれているようだ。嬉しいんだけど、これが嘘なので心に刺さる。
「勿論です。今日は来てくれて嬉しかったです」
ただ、タイミングが良ければもっと嬉しかったんだがね。
「そう?」
「はい」
来てくれた事自体は本当に嬉しいよ。
「では、御機嫌よう」
「はい」
「さあ、少し眠るといいわ」
「はい」
「お母さんお皿洗って来るけど、すぐ戻るから」
そう言い残してお母さんは部屋を出て行った。
「はい」
時間は今しかない。モノクルを【物質創造】して、入手した情報の解析を開始……良し、終わった。何々、長さ約五百キロにも及ぶ州境線上に展開しているロミリア軍戦力はおよそ八万六千。対して群がる魔獣はおよそ十二万。ふむ、展開地域の広大さ故、軍団規模で丸々交戦している部隊もあれば、魔獣の監視の為戦闘に参加していない部隊もある。ただ幸いにも、いや兵士達にとっては幸いではないだろうが、魔獣は人間目掛けて動いているようだ。兵士を餌と判断し、わざわざ兵士の多くいる場所目掛けて突撃しているようだから、防衛線からの取りこぼしはそこまで多くない。
主な戦場は二つにまで絞れそうだ。この主戦場においては”火力の鬼”と呼ばれている第二魔法軍団が、爆炎のカーテンを歩兵部隊と魔物の群れの間に引く事で大幅に魔物の数を削って、ロミリア軍側が優位に戦況を進めている。画像から判断するに、第二魔法軍団は数キロ四方を一回で制圧しているっぽい。恐ろしい火力だ、地球にある最新鋭の兵器を備えた軍隊だって中々真似出来ないだろう。しかし、ロミリア軍側がこの優位を保ち続ける事は出来ないだろうね。第二魔法軍団がロミリア軍随一の火力投射能力を持っているとしても、彼らも人間だ。いつかは歩兵への支援が出来なくなる時が来る。そうなった時、防衛線が持ちこたえられるとは到底思えない。
私からも、ロミリア軍に戦局を傾かせる事が出来るだけの早急かつ強大な火力支援をしなくてはならない。もししなかった場合、他の地域にも甚大なる被害が発生する。時間はほとんどない。お母さんが皿洗いをして戻るまで……いや、ディーウァが手伝っているからもう戻ってくるかもしれないぞ。
州境防衛に死力を懸けるロミリア軍兵士達の為に私が出来る事は何だ?
弾道ミサイルに核兵器並みの破壊力を持つN2弾頭を搭載して叩き込むか? 駄目だ、座標が分からないから命中精度に期待出来ない。偵察機の航行データから指定座標の数百メートル以内に投下は可能だが、その程度の命中精度では下手すればロミリア軍側に被害が及びかねない。とすれば、N2を使うならば爆撃機に搭載するしかないか? しかし爆撃機じゃ間に合うか分からない。いや、命中精度が数百メートル程度でも後方に叩き込んで、魔物の混乱を誘えればいい。そうして稼いだ時間でどうにか爆撃機を送り込む。
まずい、誰かが階段を上る音だ!
私はベッドから跳ね起きて窓を開き、魔獣目掛けてパーシング弾道ミサイルとB-1爆撃機、それにU-2偵察機を【物質創造】しロミリア軍支援に送り込んだ。
私がモノクルを解除した次の瞬間、お母さんが扉を開き室内に入って来た。
「何しているのアレシア?」
変な目で見られるのも仕方ない。今の私は疲れてベッドに横になっているべきなのに、窓から顔を突き出しているのだから。
「空気の入れ替えを……」
我ながら苦しい言い訳だ。
「今日はもうしたでしょう?」
お母さんにいぶかしげな目線で見られているが、もうこの言い訳で押し通すしかない。
「でも入れ替え足りなかったんですよ」
感情論に持っていけばどうにかならないだろうか。
「十分よ。寒いんだから閉めなさい」
お母さんは、肩をいからしてずんずんと私に近づいてきてぴしゃりと窓を閉めてしまった。
「分かりました」
でも、間に合ったから良しとしよう。
さて、私の火力支援は効果があるだろうか。