二十七、認識
情報を得るべくパンヌ屋さんに入店する私。鈴の音を鳴らし店内に入ると、案の定大人達が立ち話をしている。だが、私の入店と共に皆口がつぐんでしまった。困ったな、どうしよう。まあ先ずはパンヌを受け取ろう。店の奥から顔を出して来たモファラスさんの元に近寄り、声を掛ける。
「おはようございます、モファラスさん」
「よう、今日も来たか。ほれ、貸しな」
モファラスさんは籠を持ってすぐに店の奥へと引っ込んでしまう。さて、この待ち時間の間に聞き出せるだろうか。
「あらあらまあまあ、アレシアちゃん。お使い?」
仲のいい近所のおばさんから話し掛けてくれた。ありがたい。
「はい」
「偉いわねえ。ウチの子なんて朝はいっつもお寝坊さんよ」
「あたしゃ情けないよ、ウチの馬鹿息子の怠け具合と違ってどうだいこの子は! 見上げたものじゃないか!」
うーん、会話の輪の中に入る事は出来たけどどうやって新聞の内容について聞き出せるかな? はったりでもかましてみるか?
「そう言えば、今日の新聞見ましたか?」
という事で、餌を投下。
「ああ……」
「そりゃ、見たさ」
食いついてはくれたんだが、新聞の話題になって一気に空気が重くなったな。よっぽど酷い事が書かれていたのだろう。問題はその中身が何なのかだ。
「まさか、ゲルマフィリオ州が魔獣にやられて死傷者数百万名も出るとはね。ふん、軍は一体何をやっていたんだか。」
何だって!?
「ちょっと、おばあちゃん! 子供に聞かせる内容じゃないでしょう!」
「何さ、この位そこらを歩けば自然と耳に入るよ。黙ってた方が子供に毒だよ」
おっと、動揺が目に見える形で表れてしまったかもしれない。新聞の内容を漏らしたホーエル家のお婆さんが叱られてしまった。
「アレシアちゃん。気にしなくても大丈夫だからね! 軍にいるアレシアちゃんのお父さんが魔獣なんて全部やっつけちゃうからね!」
「そうさ! ロミリアの軍は世界最強! 魔獣なんかぼっこぼこだよ! だから安心しな!」
そして、周りの大人達から続々と入るフォロー。これに応えない訳にもいかず、曖昧に微笑んでおく。そしたら何故か周りの大人達の中から固まったり、顔を赤く染めだす者が現れる。何なんだ。
「お嬢も大変だな。ほら」
「ありがとうございます、モファラスさん。では、また明日」
「ああ」
そこに上手い事モファラスさんが現れてくれたので、パンヌ屋さんからは早々に逃げ出した。
朝食を終えた私は自室に篭もり、ゲルマフィリオ州方面に無人機を展開する方法を考えていた。
未だ衛星網の構築が成されていない以上、私自身が出張る訳にも行かないし、現地の情報を知るには無人機を【物質創造】して送り込まないとならない訳だが、その操作には片眼鏡装着式統合多目的指揮統制及び情報表示装置(VER1.0)《Monocle mOunted joiNt multi-purpOse Command control and information dispLay vErsion1.0》、略してモノクルが必要なのだ。衛星網が完成していてもこれは変わらないのだが最大の違いは命令の伝達方法だ。
衛星網が構築されていれば、モノクルを付けた私から衛星を中継して無人機に命令を下せるのだが、衛星網がない場合直接私と無人機が結ばれる。まあどちらにしろ命令は下せるのだが、無人機が超遠距離を飛翔している為私は強力な魔力を使用しなくてはならない。すると、お母さんやお祖父さん、何よりお父さんに見つかってしまう。我が家は魔法の扱いの上手い人間ばかりで困ったもんだ。
となるとプログラムに沿った飛行をさせて行きと帰りの僅かな時間のみモノクルを【物質創造】させなければならないのだが、それだとちゃんと情報を持って帰って来れるか不安なのである程度の数を飛ばさなくてはならない。確かゲルマフィリオ州の広さがおよそ二十五万平方キロメートルで、ロミリアからの距離は一番遠い場所で二千キロはあるから、燃料事情を考慮しないとしてもなるべく早く帰って来て貰うには……州境付近を軽く調べてすぐ帰って来るのに一機、深く調査するのに一機、その他に二機あればいいか。それで最短四時間二十分は待たなくてはならないのか。遅いな。でも仕方ないか、高速で飛翔する偵察機なんかないもの。
さて、と。私は自室の窓を開け、空を見上げる。都合のいい事に曇り空だ。これならロミリア市民に見られる心配もないぞ。我が家には魔力の扱いに長けた人がいるので、気付かれないようこっそりモノクルを【物質創造】し、耳に装着。久し振りにこの緑色の画面を見たなあ。モノクルに高度な指令を任せ上空にRQー4”グローバルホーク”を……て、あるじゃないかSR-71が! あれならマッハ三で飛べるぞ! 操縦は機械兵に任せればいい!
よし、SR-71”ブラックバード”出撃!
あれから、四十分。そろそろ出撃させたブラックバード二機の内、一機が帰って来る頃だ。この二機の内一機には州境付近の偵察を、もう一機には州内をくまなく偵察して来るように命令してある。操縦する機械兵はそれなりに状況判断が可能なAIが積まれているし、有用な情報を集めて来てくれると期待する。モノクルに表示されている光点もじりじりと私の元へ接近中だ。
「アレシア、入るわよ」
お、お母さん!? くぅ、よりによってこんな時にっ! ノックの音と共に扉が開きだす。
「? どうしたの、アレシア?」
「な、何がですか?」
馬鹿な、もうモノクルは消したし、疑問を持たれるような点はない筈。
「慌ててるように見えるけど?」
態度自体に疑問持たれてる!?
「そんな事ありませんヨ?」
「寒いのに窓開けて何してるのよ?」
「ちょっと空気の入れ替えをしようと思ったんです」
何とか誤魔化せたか?
「そうなの」
「はい、それより何か用ですか?」
話題もさっさと変更してしまえ。疑念を抱かせたら負けだ。
「サハリアちゃんが訪ねて来て、居間でアレシアを待ってるわ」
えー、来るなら来るでもっと遅く来てくれれば助かったのに。
「分かりました」
やむを得ない。私はお母さんと一緒に居間に向かった。
「アレシア!」
「うわ」
居間に入るなりお姉ちゃんに突撃された。
「会いたかったですわ~!」
そして、同時に抱き締められる。
「ちょっと、何なんですかいきなり」
後少しで情報が得られたにも関わらず、妨害されてこっちは不機嫌なんだ。そういう行為は慎んで欲しいね。と、表情で遺憾の意を表明する。
「あぁ、怒った顔もいいわぁ」
駄目だこりゃ。日本人なら表情から察してくれたろうに。
「お母さん! この人何とかしてくれませんか!?」
困った時の親頼み。
「え? あ、ああ、そうね。サハリアちゃんよくやったわ」
「お、お母さん?」
何を言っているんだいお母さん。お姉ちゃんの行為の何処によくやったと言える部分がある?
「サハリアちゃん。ようやく私達の願いが叶うわね……」
「やっと、ですわね……」
え、何なの? この流れ。
「一体何が始まるんです?」
「よくぞ聞いてくれましたわ! 私とお母様はアレシアがいない間、アレシアにどんな服装をさせるか想像してお互いを慰めあっていたのですわ!」
「そして今日、その空想が現実化するのよ!」
私がいない間この二人は何やったんだ……色々とおかしいだろ。
「先日、体の採寸は済ませたから、後は着せるだけなのですわ!」
冗談じゃない! こんな事に時間を費やしていられるか! さっさと逃げるぞ!
抱き締めた位で私の動きを封じる事は出来ない。首に回されたお姉ちゃんの両腕に私の手を突っ込んで隙間を作り、しゃがむ事でお姉ちゃんの拘束から抜け出す。そして一直線に居間から廊下に出る扉へと駆け出す。
しかし、扉を開けた先にはディーウァが立ち塞がっていた。
「ディーウァ、裏切るんですか!?」
お前は私の言う事を聞くべきじゃないのか!?
「偶には親孝行をするもので御座いますよ?」
く……、仕方ない。少しだけ付き合うか。
あれからもう一時間は経過しただろうか。衣装の着せ替えという行為に時間を費やす事を無理矢理させられている私だったが、楽しげに動き回っている筈のお母さんが時折表情を陰らせている事に気付いた。それに気づいた私はさらに注意して観察してみると、お姉ちゃんもお母さんの顔から笑顔が消えたのを見た瞬間、ほんの一瞬だが難しい表情をしていた。お母さん達も新聞の内容は気掛かりで仕方がないのではないのだろうか。ならばやめればいいのにと思ったが、やめられない理由でもあるのか?
私の注意を逸らす為? そんな馬鹿な。私は証拠を残すようなヘマはしていない……と、思う。どうだったかな。でも、私が行動を開始したのはついさっきだぞ。この世界の情報伝達の速度からしてたった四十分やそこら。その僅かな時間でお姉ちゃんに情報が伝わり数十着にも及ぶ衣服を用意し馬車に詰め込みここまで来れるか? 無理でしょ。
ならば、このイベントは当初から予定されていたと考えた方が無難だろう。妨害のタイミングがジャストミート過ぎる気もするが、それは私の運が悪かったのかねえ。
となるとだ、このイベントは何が目的で行われているのかが分からない。純粋に衣服の着せ替えの為か? まあ女性はそういうの好きだろうしそれが理由でもいいだろう。でもそれだったら、何故あんな深刻そうな表情を一瞬垣間見せたんだ?
ん? そういえば、私は見た目が女性じゃないか。つまり、私も衣服の着せ替えに多大なる興味を持っていると思われていて、このイベントは私を喜ばせようとして企画されたのかもしれない。じゃあ、その思いを無下にするのも忍びない。
「アレシア、どうかした?」
「いえ、ちょっと疲れてきただけですよ」
お母さん、私の精神はそろそろ限界です。
「そうですわね。もうすぐお昼になりますし、休憩に致しましょう」
休憩……この好機を逃してなるものか。
「何処行くのアレシア?」
「ちょっと私の部屋まで」
「昼食は私が持参してましてよ。すぐに戻りなさいアレシア」
「分かりました」
ばれたら元も子もないが時間に余裕がないのも事実。慎重かつ迅速に自室へと舞い戻った私はモノクルを【物質創造】。急いで上空を旋回して待機している偵察機からの情報をモノクルに収める。見ている時間はないが、取り敢えず情報自体は手に入った訳だ。よし、さっさと戻ろうか……でも少し気になる。ちょっとだけ覗いて見よう。偵察機は画像データとして現場の情報収集をして来たようだから、無難に最初から見てみるか。
んー、一枚目から順番に眺めてるけど、特に何も変わらない森林と丘陵の写真ばっかり。まだこの地域の雪は融けきっていないんだな……ん? この写真、ロミリア軍が映ってる。結構多い、一千人はいるんじゃないかな。それだけの人数の兵士達が陣地を作って何かと戦っている。何かの方も凄い数だ。兵士達とも引けを取っていない。むしろ若干何かの方が多いようだ。この何か、以前私も戦った事のある。確か、一体ずつはそんなに強くはなかった。魔法さえ使えるならば、そこらの大人でも数人集まれば殺傷出来る位の強さ。でも、こいつらは群れを成して襲いかかってきた。数でゴリ押ししてこちら側の対処能力を飽和させ、着実に接近して来る嫌な戦法を取る。
でも、兵士達も同数ならばキツイだろうけど、ロミリア軍は質量共に充実しているから増援を呼べば撃退出来るでしょ。ん、ちょっと待てよ。ゲルマフィリオ州で死傷者数百万名とか聞いたな。という事はさ、もしかして、ロミリア軍の対処能力を超える数が侵攻しているんじゃ……?