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二十六、曇り



「疲れましたね」

「そうだね。でも、楽しかったよ」

 ラインラ君達とはついさっき別れ、アーザス君と一緒に私は帰路に就いている。久し振りに子供に返って遊ぶのも以外と悪くなかった。動き回ってストレスが大分発散されたかもしれない。たまにはこういうのもいいよね。

「もうすぐ家に着きますね」

 太陽ももうだいぶ傾いてる。またお母さんから不穏な呟きを聞かされるかもしれない。

「あっという間だったなあ」

 私があの発言の真意について考えようとしていたら、ふいにアーザス君がぽつりと呟く。

「何がです?」

「ん。遊んでた時間がさ」

「確かに、つい時間を忘れちゃうんですよね」

 楽しい事程、時間は短く過ぎちゃうんだよなあ。

「じゃあ、ここまでだね」

 私達はアーザス君の家の前に到着した。明るい時分には白い壁が目に映えていたが、この時間帯だと紺色に塗りたくられているように見える。

「今日は誘ってくれてありがとう。アレシアちゃん」

 日が暮れて表情は見えないけど、もし本心からそう思っているのなら嬉しい。

「こちらこそ、一緒に遊べて楽しかったです」

 アーザス君はそのまま私に背を向け離れていったが、家の扉の前で立ち止って振り返る。

「あ……明日も会えるかな?」

 そんなおずおずと尋ねる事もないのに。

「特に予定もないですし、会えるんじゃないでしょうか」

「そっか」

「はい」

 アーザス君は再度振り返り、家の戸を叩いて中の人に帰って来た事を知らせる。少しの間を置いて扉は開き、デウラテさんが姿を現した。デウラテさんは手のひらを上にかざして光球を浮かせている。そんなに強くはない光だけど、デウラテさんとアーザス君の周りはぼんやりと明るくなった。

「ただいま、お母さん」

「おかえりなさい、アーザス。アレシアちゃんも遊んでくれてありがとね」

「こちらこそ楽しかったです」

「アレシアちゃん、また明日!」

「さようなら、アーザス君、デウラテさん」

 今度は私がアーザス君達に背を向け、我が家への帰り道に就く。

「待ちなさい、アレシアちゃん。アーザス、アレシアちゃんを見送ってあげなさい」

「いいですよ。すぐ近いですし」

 ここから私が家に入るのが見えるのに、そんな手間かけなくてもいいじゃないか。

「なーに言ってるのアレシアちゃん。アレシアちゃんなら三ロメルの間に一回は拉致られちゃうわ」

「それはないですよ」

 いくらここロミリアの治安が悪いったって、五メートル毎に子供が拉致されてちゃお終いだ。

「さ、行こう。アレシアちゃん」

 アーザス君もその気なの? まさか真に受けちゃったんじゃないだろうな。ま、いっか。別に害もないし。

「行ってきます、お母さん」

「頑張りなさいアーザス!」

 何やら気負いこんでいるけど、私の家とアーザス君の家は隣だからね?

 当たり前だが何の支障もなく我が家の前に到着する。が、アーザス君は何を警戒しているのやら、辺りを見回すのにせわしない。

 私はアーザス君を気にせず戸を開けると、玄関天井に設置されている魔力灯の橙色の輝きが出迎えてくれた。ああ、やっぱり人工の明かりを見るとホッとする。何でこんな気持ちになるんだろう。帰って来たと体が実感するのかな。

「アレシアちゃんの家、鍵掛けてないの!?」

 アーザス君は心底驚いているが、何でだろう。結構我が家にアーザス君は来てたように思えるけど今まで気付かなかったのか?

「我が家は私が帰って来るまでは施錠しないんですよ」

「それなら、アレシアちゃんが帰って来たらちゃんと鍵掛けるんだよね?」

 そんなの当たり前だろう。施錠しないと何があるか分からない。

「勿論です」

「それなら安心だね」

 私の事を心配しているのか分からないけれど、ちょっと反応が過敏だと思う。いちいち生死に関わるような驚き方をされたり九死に一生を得たような笑みを浮かべたりされると、こっちもびっくりするんだよね。

「おかえりなさい!」

 私達が家に入らず玄関前で鍵談義をしていると、お母さんが食事室から駆け寄って来た。私の肩を両手で掴み、がっちりホールドして来る。

「ああもう、随分と汚れてるわね」

 ナヂュルのゲームルール上、土が付いちゃうのは仕方ないとはいえ白い服だと汚れが目立つなあ。お母さんが洗うのだと考えたら申し訳ない気持ちになる。

「すみません」

 この服は後で私が洗濯しようかな? でもお母さんの洗濯テクの高さには敵わないし、余計なお世話になりかねないんだよな。

「いいのよ、謝らなくて。もうすぐご飯できるから、その間にお風呂に入って来なさい」

「分かりました。アーザス君、見送りありがとうございました」

 見送りの意味はともあれ、心意気には感謝を示したい。

「アーザス君!? き、気付かなかったわ! ごめんなさい!」

 気付いてなかったんかい!?

「ボクは気にしてません。アレシアちゃん、また明日」

 本当かなあ、さっきまであんなにオーバーリアクションしてたのに。アーザス君って意外と敏感なんだね。

「はい、明日も会いましょう」

 今度はちゃんと会わないと、彼の心を傷付ける恐れがある。どうせこれからの予定も決まっていないのだし、この社交辞令のような別れの挨拶も履行しておくべきだろう。

 ともあれ、先ずは体の汚れを洗い落とすのが先決だ。




 私がシャワーを浴び終え食事室に入室すると、私以外は全員が席に着いていた。

「さっぱりしたかね」

 お祖父さんが声を掛けてくる。

「はい」

 流石に長時間動き回っていたからね。シャワーだけじゃ少し物足りない気分もあるが大分すっきりした。でも、湯船にも浸かりたいと思ってしまうのは日本人だからだろうか?

「外で遊ぶのは楽しかったかい?」

「はい」

「そうかそうか。で、誰と遊んだんじゃね」

「ラインラ君とアーザス君とルール君とガーン君とドウス君の五人と遊びました」

「ほうほう、それは良かった」

「何をして遊んだの?」

 今度はお祖父さんに代わってお母さんからの質問。

「ナヂュルです。これだけをお昼からずっとやり続けてました」

 思い返すと、同じ種目延々やってた事になる訳だ。よく私飽きなかったな。

「ナヂュルか。懐かしいわねえ」

 その時、玄関の扉を叩かれた音が聞こえた。慌てているのかせっかちなのか、激しく連続でドアノッカーを振り下ろしているようだ。夜だというのに迷惑な訪問者。

「様子を見て来る。皆は食事を続けてくれ」

 お父さんが立ち上がり、食事室から出て行く。

「こんな時間に何の用かしら」

「さて、何じゃろうかのう」

 私達が席を立たずにだらだら喋ってたら、何やら緊迫した表情のお父さんが戻って来た。

「すまない、急ぎの用事が出来た」

「何かあったの?」

「……何とも言えないが、当分家に戻れるか分からない。マリー、荷造りを頼めるか?」

「分かったわ」

 お父さん位のお偉いさんが夜間に緊急招集を受けるとは、軍務省で何が起きたのだろう? 魔族のトップは潰したから大した事じゃないと思いたいけど、魔族が暗躍しなくとも人間は争うからな。

「アレシア。心配せんで大丈夫じゃ。アレシアのお父さんは優秀じゃからな」

「はい」

 お父さんとお母さんのいなくなった食事室は少し物静かになった。それを打ち消そうとしてかお祖父さんが話し掛けてきたが、私はお父さんの事が気になって仕方がなかった。




 食事を終えた私は台所で食器をディーウァと一緒に洗っていた。お母さんはお父さんの見送りに時間を取られたのでまだ食事の最中だ。

「ディーウァ」

 私はタイル張りのシンクの中の洗い残しの食器類から手を離し、ディーウァに話を切り出す。

「何で御座いましょうか?」

「衛星網の方はどうなっていますか?」

 もし完成していなくても一部が使えるんなら、情報収集が出来るんだけど。

「現在の所、衛星網構築の諸条件計算をしている所で御座います。衛星の稼働は後四日待って頂けませんか?」

「分かりました」

 仕方ないか。ここは地球ではないのだから、色々と勝手の違う部分があるんだろう。

「何か御不安が?」

「お父さんの招集の件、どう考えますか?」

「何か不審な点が御座いましたでしょうか?」

 ディーウァには疑問に感じる部分がなかったらしい。だが、私だって具体的に不審な点を示せと言われても答えられない。杞憂に過ぎないと私だって思う。事務手続きの問題に過ぎない可能性だってあるんだしね。

「心配のし過ぎで御座いますよ」

 なら、いいんだが。どうにも嫌な予感がする。

「偉いわアレシア、ありがとうね。でも、子供はそろそろ寝る時間よ。後はお母さんに任せなさい」

 台所に食事を終えたお母さんが入って来た事で、ディーウァとの会話は中断されてしまった。

「もうすぐ終わりますから」

「いいから。お母さんのやる事がなくなっちゃうじゃない」

 そこまで言われると断れない。どうせもう三皿しかないんだし、お母さんに任せても負担にはなるまい。

「じゃあ、私は先に寝てます」

 私は台所を後にした。




 私が目を覚ますと自室のベッドで寝ていた筈なのに、お母さんに抱きすくめられていた。

「あれ?」

 周りを見回したが、ここは間違いなく私の部屋。という事はお母さんの方が私の部屋に入り込んで来たのか。窓からはまだ太陽の光が差し込んでいないところを見ると、未だ夜なのだろう。

「……あら。アレシア、起こしちゃった?」

「お母さん?」

 吐息に混じるアルコール臭。これは酔っているな。

「駄目でしょうアレシア。自分の部屋で寝ちゃ。ちゃんとお母さんのベッドで寝なさい。アレシアが自分の部屋でなんて寝るから、お母さんアレシアの部屋に来ちゃったじゃない」

「……はあ」

 私も寝覚めだから何とも言えないが、多分お母さんは理不尽な事を言っているのではないか。

「さ。お母さんと一緒に戻りましょう」

 私はお母さんに抱っこされ、自室から夫婦兼用の寝室へと移送された。もう何かどうでもいいや。お休みなさい。




「あれ……あ、そうか」

 私は昨日の夜の間に移動していたんだっけ。寝る時は自室だったのに、起きたらお母さんとお父さんの部屋にいたんで一瞬混乱してしまった。

 ベッドから抜け出し部屋を出る。階段の窓から今日の天気を見てみると、空全体が雲に覆われ朝だというのに何処か薄暗かった。雨でも降りそうな雲行きだ。そのまま階段を下りて居間に入ると、新聞を慌てて畳み出すお祖父さんとお母さんの姿を目撃する。何と言うか、あからさまに怪しい。

「何かあったんですか?」

「アレシアには関係の無い事よ」

「なあに、子供にはつまらない大人の問題じゃよ」

 これ、自白したようなものだよね。まあいいや、先ずはパンヌを取りに行こう。

「そうですか。私はパンヌ屋さんに行って来ます」

「気を付けてね、アレシア」

「はい」

 ふふふ、新聞に載る程度の情報なら大抵の大人なら知ってるって事だよね。パンヌ屋さんで、ちょちょっと世間話でもすれば今日の話題のニュース位分かってしまうのさ。

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